第三話 陽の当たる病室で


 先輩がスマホで録音を再生すると、冬芽ふゆめ先輩の目がピクピクっと動いた。


 そのきざしに一番驚いていたのはお母さんで、すぐさま病室を飛び出した。お医者さんを呼びに行ったらしい。



 告白に失敗した翌日、僕と先輩は再び丘に向かうと、お寺跡地からサイレンを録音した。


 僕が「サイレンや木のざわめき、風切音って思い出になると思うんです」と言うと、先輩は納得したように頷いていた。『現に思い出になった人がいるんです』とも続けたくなったけど、それは辞めた。ちなみにその時も告白できなかった。



 ベットで眠っていた彼女は、朝陽を浴びたように目をむずむずさせると、ゆっくり目を開いた。そして突然起き上がると、何かを探すように、辺りをキョロキョロと見渡す。


 先輩は目覚めた彼女へ駆けよると、嬉しそうに手を握った。「恵! 私だよ! 目が覚めて本当によかったよ!」と握った手を興奮気味に振りながら、嬉し涙を浮かべている。


 次に、医師を連れて来たお母さんも、起き上がった娘を見て、飛んで抱きついた。娘をキツく抱きしめながら「よかった、本当によかった……」と嬉し涙をポロポロと流す。


 病室には温かい秋陽が差し込み、先輩もお母さんも笑顔で涙を流す。さらには駆けつけた医師さえも涙を流す。まるでドラマのワンシーンのような幸福な空間だ。 



 だけど、その空間で、一人だけ。



 この病室こうふくにはそぐわない様な、悲しい表情かおをして、静かに涙を流す者がいた。

 

 彼女は母に抱きつかれた裏で、「秀樹ひでき、秀樹……」と弟の名を口にしながら頬をらす。


 そして、母がそっと腕を離すと、彼女は歪んだ泣き顔を隠すようにうつむいた。


「なんで秀樹行っちゃうの? なんだか、サイレンがやけにうるさくなったと思ったら、秀樹が時間だよ? って。そんなの無いよ……」

 

 彼女の口元だけのつぶやきは、僕には感情的ななげきに聞こえた。だけど、お母さんは「怖かったんだね、もう大丈夫だからね。結女ゆめちゃんが起こしてくれたよ」と、泣く子供をあやすようになだめる。


 先輩のほうを見ると、「南陽岡症候群について知ってたけど、実在するとは思ってなかったよ。お手柄だよ雨津あまつさん!」と医師にほめめられて、先輩は嬉そうに「はいっ!」と返事をしていた。


 その後しばらくは、先輩とお母さんが冬芽先輩にべったりで、彼女も状況に慣れて、友達同士仲良さそうに話していた。


 そして一段落ついたところで、病室を出る。ドアを開けた先の廊下はずいぶん冷たくて、ふと温かい病室を振り向くと……



 一瞬だけ。わずかな違和感を感じた。



 だけど、病室はすっかり祝福ムードで、逆らう余地もなくて、僕は違和感を押し殺した。

 

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