第二話 綺麗に陽がさす南の丘で
辺りには木々が生い
僕たちは丘を目指し森の中を歩いていた。
今回は景色が目的ではないけれど、時間もぴったりでこんな晴天だ。先輩の足取りが軽いのも
「それにしても、
先輩は悩み顔をすると「そうね……」とため息まじりにつぶやく。
「でも、恵ちゃんに弟がいるとは知らなかった……」
* *
昨日、先輩に
そこには彼女のお母さんもいて、検査の結果、異常は無かったことを教えてくれた。
それを
そこから、思い出の音を探すべく、お母さんに話を聞いた。
母
そのお寺はちょうど一年前に取り壊されていて、これは症候群の『存在しない場所』にピッタリと当てはまる。それならあとは弟さんの声を聴かせるだけだ。でも……
「秀樹は小さい頃に事故に
そう、秀樹さんはすでに亡くなっていたのだ。ショックを受けた先輩は「近くにいたのに、私は恵ちゃんのこと全然知らなかった」と悔しがり
それに加えて、彼女を治すのがそう簡単でないことも発覚してしまった。
だって弟さんの声を、もう聞くことはできないのだから。
* *
「古書の『無くなった場所の音や声を聴かせる』の所はつい納得してたんですけど、よく考えてみればおかしいですよね。無くなった場所なんだから音や声なんて残ってるワケないんですから」
「そうだね……」
先輩は「んー」っと
* * *
僕らが黙々と歩いていくと、暗かった視界が急に開け、辺りには一面の緑が広がった。
空から届く太陽の光がまぶしくて、緑もみずみずしく輝いている。ただ、時間が早かったらしく、傾きかけの陽は、まだ茜色に染まっていない。
僕たちはお寺の跡地に行ってみたけれど、そこは雑草がボーボーと生えた更地だった。あまりにも
「じゃあ、丘の上行こっか」
先輩のあきらめ混じりのため息に、僕がゆっくり頷くと、二人で丘を登った。頂上からは南陽岡全体を見渡すことができるけど、建物もまばらな田舎だから、見えるのはほとんど森だ。
子供の頃はこの景色がつまらなくて、走り回ってたんだっけ……
そうやって、景色をボーッと眺めながら、遠い昔に想いを馳せていると、先輩の声がした。
「
この景色に思うことは、先輩も同じなのかもしれない。
「はい、覚えてますよ! 親に連れてきてもらって、景色そっちのけで走り回ってましたよね!」
先輩はうんうんと頷くと、そこでピタリと言葉が止んだ。途切れた声が気になって振り向くと……
「マジカルアターック!!」
いきなり掛け声と共に、先輩は木の棒を振った。
「あ、ずるい! じゃあ、ガード!」
僕は何も持っていないから、持ったフリで手を振った。
「悠くん何も持ってないからアウトね!」
「ぐはっ……やられた……」
僕がお腹を押さえて崩れこむと、先輩は「ぶっ……」と吹き出し、そこからお腹を抱えて笑った。だから、僕もつられて笑顔になった。
「懐かしいね……ほんと……」
よっぽど面白かったのか、涙を浮かべて笑う。
「でも、あのステッキもどこかいっちゃった」
「僕が山の中に投げたやつでしたっけ」
「ううん、悠くんが投げたのは鏡よ。悠くん小さい頃は本当にやんちゃだったんだから」
「僕はいつも先輩を困らせてばかりですね」
でも先輩は、僕が困っていたら必ず助けてくれた。転んだ時もおぶって帰ってくれたし、失くした鏡だっておばあちゃんの遺品だったはずなのに必死に「大丈夫だよ」って言ってくれたり……
「先輩、本当にありがとうございます!」
先輩には何度も助けてもらって、感謝してもしきれない。だから、今感謝を言わなきゃいけないような気がした。
「な、なによ。いきなり改まって……」
先輩は目を逸らしながら頬をかくと、「でも……」とつぶやく。
「私も、悠くんが残るって言ってくれたこと、感謝してるんだよ」
高校に進学するとき、街の高校に行くか、南陽岡高校に行くか迷っていた。そして僕はここを選んだ……ハズなんだけど、僕はイマイチ覚えていない。
「私、この丘も、学校も、自然も……この南陽岡が結構好きなんだ」
先輩は丘の向こうを見つめている。
「だから作ったんですよね、南陽岡歴史研究部を」
「そう! 私にとって夢のような部活だよ。南陽岡の資料にたくさん囲まれているし、それに……悠くんがいるから」
話しているうちに、徐々に傾いていった陽差しは、先輩の頬を朱く染めた。先輩は茜色に染まった丘に、一人
僕は雰囲気に当てられて、想いが抑えられなかったのかもしれない。
「先輩、あの!!」
口をついた言葉に、先輩は驚いて振り向く。
「な、なに?」
あたりは一面の茜色。ふたりだけが向き合って、目と目を合わせる。先輩の瞳は大きく透き通っていて、少しも逸らすことができない。だけど、見つめる先輩の顔があまりにも美しくて、声が出なくなる。
「ど、ど、どうしたの?」
先輩もいつもと違う雰囲気は感じていて、声は震えていた。男の僕がこんなんでどうするんだ。これまで助けてもらってばっかりなんだから、ちゃんと口で言わなきゃ。
僕は
「僕は先輩のことが……」
緊張のあまり脳内回路はショートして、頭がクラッとする。でも、それを乗り越えてこそ、初めて先に進める。大きく目を見開いた先輩に、僕はたった四文字を伝えようと口を開くと……
「ヴゥーーーーー」
それよりも先に、鼓動にへばりつくサイレンが、辺りを支配した。
もう五時だった。
あたりに遮るものがないこの丘では、恐怖を感じる
一分間、長々と鳴いたサイレンが止む頃には、先輩も苦笑いをしていた。幻想的なムードもそこにはなくて、言葉を失った。
「あ、も、もう五時だね、そろそろ帰ろうか?」
「は、はい! そ、そうですね?」
僕は平然を装ったが、頭の中では絶叫していた。だけど、いくら叫べど僕の中でサイレンは鳴り止まない。
今日のことは悪夢として何度も出てくるだろうし、このサイレンを聞くたびに
胸焼けしそうなほど焼けた、
だけど、こんな絶望だからこそ、僕の中で色々なものが繋がって、一点の
「…………そうだ、これだ!!」
「はい?」
僕がいきなり叫ぶもんだから、先輩が不思議そうな顔をして首を傾げていた。
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