あなたにころされてたべられる。

ジョセフ武園

番号4676441の記録

 物心着いた頃には、わたしの傍には彼しか居なかった。


 彼は美味しいご飯を毎日くれて。

 お部屋を綺麗に片付けてくれるの。


 そしてお昼には、一緒にお外へお散歩して。

 お風呂で一生懸命綺麗に身体を洗ってくれるのよ。


 生物には親というモノが存在すると隣の部屋のおばさんに教えてもらった事があるわ。


 それが、どういったモノなのかよく解らなかったけど。

 きっと、わたしにとっては彼がそれなのかもしれないと思う。


 だって彼がわたしの頭を撫でてくれると

 嬉しくて、気持ちが溢れそうになるわ。

 胸が高鳴って

 1日がとても幸せなのよ。


 これが親というものかしら?


 でもね?

 おばさんにそう聞いてみると。


「あの人は、違うわよ。

 あの人は自分の為に、貴方に優しくしてるだけ」

 そう冷たく言うの。


 でも、明日も彼は変わらずとても優しいの。

 だからいいわ。

 おばさんの言葉が嘘でも本当でも構わない。

 彼と一緒にいれるこの時間がわたしはとても楽しいもの。


 春は桜並木を一緒に歩こうね。

 お日様の温かさと

 花の香りに2人は包まれて

 ピンク色の景色を進もうね。


 夏は脇道の小川に行こうよ。

 冷たくて気持ちいいあの川。私大好きよ。

 彼にお水を掛ける悪戯もね。

 夜に、お家の外で皆でする花火はとても綺麗。

 暑すぎるのがちょっと参っちゃうけどね。


 秋は少し寂しいし、すぐに寒くなるからちょっと嫌いかも。

 でも、ごはんにサツマイモが入るのが嬉しい。

 あんまり食べてる所を、そんなに嬉しそうに視ないでほしいわ。

 太っちゃうの。恥ずかしいわ。


 そして、冬は彼のぬくもりが一番感じられるから。一番好き。

 肌が凍って割れてしまいそうな冷たい空気の中でも。

 彼が触れてくれたところはポカポカポカポカ。

 彼も嬉しそうに笑ってくれる。

 そうすると

 体の奥もポカポカポカポカするの。

 寒いけど

 すっごくあたたかいのよ。


 そんな冬の或る日だったわ。おばさんが突然言って来たの。


「貴方、あのニンゲンがそんなに好き? 」

 フフンと鼻を鳴らして嫌みそうにそう言うわ。


「ニンゲン? 彼の事を言ってるの? 彼はニンゲンと言うの? 」

 わたしが尋ねると、気怠そうにおばさんは寝っ転がったままこちらを見るの。


「そう、貴方が産まれてここに来る前までは、こっちでも乳用の子達がいたからね。

 その子達に聞いたのよ、全部ね。

 アタシや……貴方が辿る運命も」


「どういうことなの? 運命ってなに? 」

 わたしの頭はこんがらがるわ。解らない事ばかり言われるんだもの。


「……貴方、彼が自分よりいつの間にか小さくなってる事に気付かなかった? 」

 おばさんはそう言うと「ふふふ」と笑ってズイッと顔をこちらに伸ばして来たわ。


「あれはね? あのニンゲンが小さくなったわけじゃないのよ?

 貴方がね? どんどんと大きくなったの。

 何故か?

 それはね? アタシ達が別の生き物だからよ。

 アタシ達はね? ニンゲンじゃないの。

 じゃあ、何でニンゲンはアタシ達に良くしてくれるのか? 」


 その時のおばさんの顏はきっとずっと忘れれないわ。

 とても怖くて……そして、本当に彼とわたし達は違う生き物だって理解ったから。



「それはね? アタシ達を……」



 翌朝、おばさんを知らない人が迎えに来たわ。

 わたしが、その様子を見ていると。


「ごめんなさいね。自分が食事を抜かれているのに隣でグチャグチャ音をたてて大飯を喰らってる貴方を視てると、イラついて昨日は色々言ってしまったわ。

 だけど、こうやってアタシの最後を視てて頂戴。

 みっともなく、鳴き叫ぶ事もせず。立派に努めてみせる。

 そして貴方が次のアタシ達にその姿を見せてあげてね。

 何も知らない後輩ちゃん達にはせめて最後くらい怖がらせたくないから」


 振り返ってそんな事を言うの。


 知らないわ――そんな勝手な事言われたって。

 それに、わたし信じてないもの。

 わたしは、彼を信じているもの。

 彼が例えニンゲンで。わたしと違う生き物だとしても。

 わたしを食べたりなんて酷い事。

 絶対にしないわ。

 彼はとっても優しいのよ。


 わたしは、キッとおばさんを睨むと、おばさんの目から何かが落ちたの。


「これは涙。と言うらしいわ。おかしいわね。

 先輩が流しているのを見た時、アタシも不思議に思った。

 でも、今なら解るわ。アタシ、きっと死にたくないのね。

 こんな狭くて暗くて寒い場所で

 食べたくもないのに、いっぱい食事を食べさせられて

 目も良く見えなくなって。

 本当の性別も奪われた。

 そんな状態なのに。

 きっと生きていたいのね」


 知らないわ。

 とっても、嫌な気持ちになったのでわたしはおばさんから目を逸らしたわ。


 大丈夫。大丈夫よ。

 おばさんは、嘘を吐いているだけ。


 おばさんがお家から出て行ったあと、色んな所から色んな声が聴こえたわ。

 悲しそうな声も。

 怒ったような声も。

 全部が、車の音の後、ゆっくりと小さくなっていったの。


 変だわ。

 嘘だって

 思っているのに。

 ひどく胸がざわざわするの。


 そんな時でも。

 彼が笑顔で会いに来てくれると。

 わたしのこころは安らぐのよ。


 今年の春も、桜が綺麗。

 穏やかな風はまるで心を洗ってくれているよう。

 潺が聴こえる小川のほとりを、一緒に歩いてくれる彼の背中が小さく見える。


 今年の夏も、とっても暑いわ。

 飲んでも飲んでも喉が渇く。

 おかしいわね。去年よりも身体が重い。嫌だわ。きっと太っちゃった。

 あんまり大きくなっちゃうと彼に嫌われちゃうかしら? そうだと嫌だな。


 今年の秋も少し寂しい風が吹いているの。

 すると、彼と彼によく似たニンゲンに連れられて、女の子がわたしの隣の部屋に入ったわ。

 そして、彼は出ていく前にわたしの鼻をそっと撫でてくれたわ。その手は昔は頭を覆ってくれる程だったけど、今は鼻で手一杯。


『そろそろ、この子も頃合いだべぇ? 』

 彼に、彼によく似た白い毛のニンゲンが何か話してるわ。


『ん……年明けくらいにだと思うべや』

 彼の声。何を言ってるかは訳らないけど、優しい響きで大好きな声なの。

『……おい。おまぁ、情が移ったんじゃなか?

 むっかしから、いぬっころや動物さ、かわいがりょうたげっちょ? 』


 彼は、優しい瞳でわたしを見るの。

『ああ……こん子さ初めておらぁが育てた子じゃいけぇ……でもこっがらおらぁもこの牧場さ継いだら、数えきれんくらいこうやって、見送らにゃならんでげ……』


 白い毛のニンゲンが、彼の肩に手を置くと、彼は少し微笑んで手をわたしの口の横に持って行ってくれて優しくぽんぽんと叩くの。


「ここはどこ? 」

 彼等が立ち去った後、連れてこられた女の子が怯えた様に尋ねるの。

「大丈夫よ。ここはとても安全な場所。ご飯も掃除も、お風呂だってあるから、何も心配いらないわ」

 わたしは穏やかに答えたわ。

「おかあちゃんは、どこ? ぼく、とっても痛いの。おかあちゃんの所に帰りたい」

 それには答えられない。


「おかあちゃーーーん」

 鳴き叫ぶその子を落ち着かせる事を諦めてわたしは眠りについたわ。


 夢の中で、わたしは小さな身体を手に入れて。そして、彼の隣に居るの。

 ああ……よかった。わたしは彼と同じ、ニンゲンになれたのね。




 でも、その夢は幾度かの朝陽と共に終わる。

 その日、彼はまず私のお部屋に来るとお部屋を掃除してくれたわ。


 あれ? 今日は、ご飯の前にお掃除なの?

 そう思っていると、彼はわたしの鼻を撫でて部屋を出ていこうとする。


 ちょっとちょっと、あさごはんを忘れてるわ。

 彼にそう声を掛けると、彼は優しそうな瞳を私に向けてもう一度鼻を撫でるわ。

『ごめな、今日から水だけなんだぁ……腹ぁ、空くよな? でも、数日の辛抱だかんな? 』

 何を言ったのかは判らない。でも、ご飯は貰えないみたい。


 ああ、お腹が空いたわ。

 すると――隣の部屋から「クチャクチャ」と大きな音をたててあの子がご飯を食べてるわ。

 どうして、わたしだけ……。


 ?


 何か、似た様な事が前にもあった気がする。でも、いつだったかしら?

 まぁいいわ。どうせ明日は彼がお腹いっぱいごはんを作ってくれるもの。

 そう思いながら、わたしはもう一度瞳を閉じたわ。


 すると、まだお散歩の時間でもないのに、彼と白い毛のニンゲン達がやってきたの。

 そして、わたしの部屋を開けるわ。

『おいで、ルール』

 彼がわたしを呼ぶ。

 今日は、散歩も早くから始めるのね。

 彼がわたしの顔に紐を着けるわ。


 そして外に出ると、彼はわたしを普段の散歩コースではなく大きな入れ物を積んだ車へと引いたの。

 思い出した。


 今朝の事。


 わたしは、今までにない程必死に抵抗したわ。

 すると、ニンゲン達がわたしを抑圧おさえ付けようとする。

 痛い痛い痛い。そんなに乱暴に押さえないで。


 そんな時――。優しくわたしの鼻を彼が両手で包み込んでくれたわ。


『おらぁが一緒にいぐ。すれば、この子も落ち付くべぇ』


『ああぁ? おまっ、食肉センターまでか? んあことして、牧場さどうずっぺぇえ? 』

『いや、親父。孝之たかゆきん好きにさせたりたぁや。こいつ、動物さ好きで飼育関係の仕事さ就きたかったの、むんりに跡継がせたのわしらじゃあ。今回だけ、我儘さ許してやっでくれや』

 彼が一番大きなニンゲンに頭を下げたわ。


『ありがどぉ、おどぅ。じいちゃ。ありがどぉ』

『孝之、じゃがんどこれが最初で最後じゃどぉ? 』


『運転手さぁ、すまんなぁ。代わりに水やりとか糞の世話ぁこの子にやらせればええがら』



 ほら……。

 やっぱりあの話は嘘だったのよ。

 だって、彼はとても優しい瞳でわたしをその箱の中に誘ったわ。


 でも、このお部屋は嫌い。狭いし、真っ暗。お腹が空いてるのに、あるのは少しのお水だけ。

 それに、わたし以外にも変わった生き物が何匹か入ってる。

 時々彼が会いに来てお部屋を掃除したりしてくれるわ。

 でも、ご飯はくれない。


 そうして、そのままやがて中に居る皆は元気がなくなったわ。

 わたしも、お腹が空いて動くのも辛かった。


 そんな時、ようやっとお日様の光が見えたわ。

 それを背に、彼が居た。


 ああ、ようやっと帰ったのね。

 早くお部屋に戻ってごはんが食べたい。


 彼に連れられて。

 私は真っ白い場所に入ったの。

 そこにもたくさんのニンゲンが居たわ。

『この度は、我儘をすいません』

 彼が、そのニンゲン達に何かを話している。

『いえ、色々な経験が糧になると思いますので、どうぞご見学されて下さい。

 でも、きっと育て主様ならお辛い現場だと思いますので、気分が悪くなった時は直ぐに仰って下さいね? 』


 ニンゲンが、何かを私の眉間に当てるわ。

『では、まずは失神させます』


 次の瞬間、私の目の前は真っ暗になったの。


『では、このまま頸動脈を切って、血抜きをします。

 大体5~6分くらいで絶命します』


『……よろしくお願いします』


『……はい、終わりました。

 あとは、この血が……あ……起きちゃいましたね』


『……痛い……でしょうか? 』


『最初の一撃で頭蓋骨を割っていますので、恐らくは夢見心地ではあると思いますが、多少の苦痛はどうしても……‼ 』



 ああ……。

 ああ…………。


 ほらね、わたしは知ってたよ?


 彼はとっても優しいの。

 わたしをとっても大事にしてくれるのよ?


 苦しいわ。

 痛いわ。

 でも、大丈夫。

 

 だから。

 だから、お願い。


 泣かないで。

 アナタが泣くと。

 わたしはこころが苦しくなるの。

 

 アナタのぬくもりが好きだった。

 アナタの笑顔が好きだった。

 毎日毎日、とっても楽しい日々だったわ。

 だから、泣かないで。

 また、お散歩に行きましょう。

 

 冷たい空気の中、アナタの両手であたためられて。

 温かい風が吹く春が来たら。

 あの桜を見に


 ああ……。

 ああ……。

 目が良く見えなくなってきた。でも、アナタの声が聴こえる。

 あと、どれくらい一緒に居れる?

 お願い神様、1分でもいい。1秒でもいい。

 もう少しだけ、彼のぬくもりを感じさせて。


 幸せなあの日へ

 戻れるように。

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