第66話 帰還

朝の8時過ぎに目覚めたおっさんである。

ばっちり寝たおかげで目覚めが良い。

その横で寝顔を見せるイリーナである。


おっさんの影響からか、イリーナの朝も異世界の人に比べたらずいぶん遅くなってしまったようだ。

異世界の人は太陽が昇るころである6時前には活動を開始するのだ。


「ん?おはよう」


イリーナを見つめていたら、起きたようだ。

おはようと返事を返し、今日の予定を思い出す。


(今日はパメラのためにパレードするんだっけ)


ちょっとトイレに行ってくるといって部屋を出るおっさんである。

集合時間は9時の鐘の時に会議室に集まろうと皆に伝えたおっさんである。

異世界のホテルは現実世界のビジネスホテルのように廊下にびっしり扉があるわけではない。

いいホテルであることもあって渡り廊下も長いのだ。


歩いていくと曲がった先に3人の男が立っている。


1人はおっさんの見覚えのある男である。

王国からやってきた3人の近衛騎士の1人だ。

もう1人は獣王国の騎士で親衛隊の格好をしている。

そして、中央に立つ狸の獣人はよさげな恰好をしている。

会ったことはないが獣王国の貴族だと思われる。


「これは、おはようございます。大魔導士ヤマダ様」


「おはようございます。え?私に御用ですか?」


(え?いつからいるの?)


この状況から、起こしに行くのは失礼だとおっさんが起きるまで待っていたようだ。

そして、跪いて要件を伝えるのだ。


「………」


「え?」


すぐに返事帰ってこない。

朝から狸の獣人に見つめられるおっさんだ。

よく分からない『間』が生れる。

正直に言ってあまりうれしくはない。


「申し訳ございません。私は獣王国で内務大臣をしているブルベハル=ヴァン=ドゴラスでございます。王城へのご案内を拝命しております」


「はあ」


(ん?内務大臣って結構偉くなかったっけ?王国とたしか獣王国って大臣の役職って同じだよね)


王国でも獣王国でも大臣の格は同じである。

同じ時期に帝国から分裂をした王国と獣王国だ。


獣王国で一番偉いのは獣王である。

次に偉いのは大臣である貴族ではない。

次に偉いのは王族だ。

獣王太子が獣王の次に偉く、その次に王位継承権がある王族である。

王位継承権がある王族なので、獣王の子供とは限らず、継承権があれば獣王の兄妹も含まれる。

王位継承権にも順位があって、王位継承権第2位が一番偉い。

王位継承権1位が獣王太子であるので、獣王太子の次に偉いのは2位の王族となる。


次に偉いのが、貴族である宰相だ。

その次が内政を取り仕切る内務大臣である。

内務大臣と対になる外務大臣がいるのだが、内務大臣の方が内政全体と取り仕切るので偉いとされている。

その次は元帥が軍のトップにおり、将軍たちに指揮をしている。

内務大臣の下には財務大臣など内政を取り仕切る各役職の大臣がいるのだ。


おっさんの目の前には獣王国のナンバー3がいる。

セルネイ宰相が亡くなっており、宰相が不在の獣王国において、獣王、パメラの次に偉い者が跪いている。


「今後のお話がございますので、お話をするお部屋にご案内します」


それはそれはと返事をし、トイレがあるので用が済めば向かうと伝える。

お話をするお部屋とやらの場所を聞く、ずっと使ってきた昨日の会議室である。

内務大臣に先に向かっておりますと言われ、トイレに向かうおっさんである。

その間もずっと跪いている。

仰々しいなと思いながらトイレに行き、一度イリーナのいる部屋に戻る。


先ほどの経緯の話をすると先に行っていてくれと言われたのでイリーナを置いて会議室に向かう。

女性は朝の準備が色々とあるのだ。


漆黒の外套は上位魔神パルトロンとの闘いで失ったので、ウガルダンジョン都市で劇を見るために変装用に買った白い外套を着て会議室に向かう。

今後はクリーンなイメージの白い外套だなと思うおっさんである。


中に入るとおっさんの仲間達はパメラとイリーナを除いて皆いるようだ。


(あれ、こんなに狭かったっけ)


この会議室はかなり広めだ

それ以上に人がいる。

会議室なので机上があるのだが、床にも親衛隊が座っている。

普段と人数の違いで圧迫感を感じるおっさんである。


10人いてもゆったりできるのだが、20人近くいる。

見慣れない獣人も多い。

おっさんが部屋に入ると皆立ち上がるのだ。


何事だと思いながら、空いている席に着くと皆着席するのだ。


「えっと、お待たせしました。話の方は進んでるのですか?ロキ」


「今、パレードの細かい時間や段取りを確認しているところです」


とりあえず身内に状況を確認するおっさんである。

話を聞くとどうやら、今宿泊しているホテルから王城までパレードをしてほしいとのことである。


(また、パレードか。異世界と言えばパレードなのか)


何か、ことあるごとにパレードをしている気がするおっさんである。

ロキの話を聞いている間、同じ席に座る獣王国の貴族と思われる人たちがちらちらとおっさんを見るのだ。


ドゴラス内務大臣がロキをチラチラ見ている。

どうやらもう1つ言ってほしいことがあるようだ。

念力のようなものすら感じる。

ロキが気付いておっさんに言うのである。


「それで、馬車なのですが、立って乗る形式と、箱馬車があるのですが、どちらがいいかという話になっています。ケイタ様としては立って乗る形式で問題ありませんか?」


「え?」


(ああ大衆に見せる形式かそうでないかということか。フェステルの街で乗った馬車が立って乗る形式だったな)


ブサイクなおっさんが大衆に顔を出さないといけないと思って顔が曇る。


「な!?申し訳ございません!!大魔導士ヤマダ様は箱馬車が所望である!!」


すぐにドゴラス内務大臣が親衛隊に伝える。

親衛隊も幹部なのか配下に伝えて動こうとするのだ。


「へ?えっと別に私は立って乗る形式でも問題ないですよ。パメラの折角の王城への帰還ですからね」


(パメラの王城への凱旋だしな。獣王武術大会優勝のパレードもきっと立って乗る形式だっただろうし)


5年ぶりにやっとパメラが王城に帰れるのだ。

昨日行う予定であった、王都をねり歩く獣王武術大会の優勝パレードが行えていないのだ。

パレードの行程がホテルから王城に変わったが、パメラの晴れ姿を王都の民に見せることは大事だと思うおっさんである。

自分の意思よりパメラのことを優先する。


「は!ではそのように!!」


再度、ドゴラス内務大臣がそういうと獣王親衛隊の幹部たちが配下に指示をするのだ。


「ソドンはどうするのですか?」


「ぬ?某であるか?どのようにとは?」


ソドンに話が振られ、なぜソドンという顔をするドゴラス内務大臣である。

誰もピンとこない。

沈黙する会議室である。

十分に間を取って、おっさんが話すのだ。


「ソドンはパメラが乗る馬車の横を獣王親衛隊長として騎乗して並走したほうがいいと思いますが、それは厳しいでしょうか?ドゴラス内務大臣」


王都を追い出され、死亡したと言われているパメラである。

復活すべきパメラの名誉のためにこのパレードはとても大切なことであるのだ。

しかし、復活すべき名誉がもう1つあるぞと言うのだ。


失った名誉と立場はパメラだけではない。

獣王親衛隊長から追われ既に別の者がソドンの立場にいるのだ。

パメラを守ってきたものが誰なのか、皆に見せるためにもソドンはパメラの最も側で獣王親衛隊長として振舞わせるべきだと言ったおっさんである。


ドゴラス内務大臣が声を詰まらせ、沈黙する会議室である。

会議室の机上に座ることができない、獣王親衛隊が泣き始めたのだ。

きっと内戦前にソドンのお世話になった若い親衛隊である。


そこにイリーナとパメラが会議室に入ってくる。

沈黙の中、すすり泣く親衛隊がいるこの状況に何事だという顔をしている。


パメラに事情を説明するソドンである。


「ドゴラスよ、分かったな。ケイタとはそういう者だ。そのように取り計らうがよい」


ではそのようにとドゴラス内務大臣が言い、動き出す。

ロキはおっさんの騎士団長なので、ロキもそれっぽくお願いしますとざっくりとしたお願いをして、そのようにとり計らいますと言われたおっさんである。

そのあといくつか確認事項を確認し会議すべきことは終わった。

会議が9時過ぎに終わり、パレードは12時に行う。


パメラは衣装があるので、獣王家に仕える女中達に連れられて部屋をでる。

イリーナはこのままで良いとのことである。


定刻の12時である。

ホテルの外には馬車が用意され、その周りを天幕が張られている。

道はとても太いので、ホテルから道路の半分しか天幕を覆っていない。


今回のパレードは獣王国の東西南北に走る最も太く長い道で行われる。

ホテル緑園亭は東に走る道沿いにあるのだ。

そこから獣王都の中央に行き、北上して王城に入るのだ。


(昨日の今日で随分本格的だな、まあ元々パレードはやる予定だったわけだし、内容を一部修正した感じか)


おっさんが皆疲れているだろうと思って、範囲回復魔法を振りまいていると金の馬車が運ばれてくる。


(馬車が来たな。この大きさなら余裕で全員乗りそうだな。5人しかいないし)


馬車に乗るのは、パメラ、おっさん、イリーナ、コルネ、セリムの5人である。

おっさんも乗ると聞いたのでロキにはおっさんの騎士団長っぽく騎乗するように伝えたのだ。

ロキとソドンは馬車の両側を騎乗して並走するとのことである。


なお、おっさん達5人が立って乗る馬車の後ろにはもう2つほど馬車が走る予定だ。

普段なら4位までの入賞者が2つ目の馬車に乗るのだか本日は違うのだ。


魔人はレイド戦でやったので50人くらいの討伐の参加者がいるのだ。

大きめの馬車に半分ずつに乗せるという話である。


ドゴラス内務大臣に聞いたところ、Sランクモンスターを討伐できたのは300年ぶりとのことである。

普段はSランクモンスターの位置を把握し、王都近郊に接近する前に進行を変更することが精いっぱいなのだ。


そんな中、この50人の冒険者はSランクモンスターである魔人3体を倒した英雄達であるのだ。


お陰でパレードの列がかなり長くなり大規模になったとのことである。


ガルガニ将軍がシュクレイナー連隊長とラングロッサ師団長を引き連れてやってくるのだ。

パレードの先頭を騎乗し先導するとのことである。

獣王親衛隊だけでなく、ガルガニ将軍率いる1000人の軍隊も今回のパレードの引き立て役を行うとのことである。


まもなく出発のようだ。

隊列ができていく。


パメラが最後に親衛隊に連れられてホテルから出てくる。

王女であるがドレスではなく鎧を着ている。

金の装飾のある絢爛豪華な鎧である。

王族が大切な行事で着るのだろう。

とても昨日今日で準備できるような鎧ではない。


馬車に乗る込むおっさん達である。


(くう、これはパメラのパレードだし凱旋じゃないし、ブログネタは決して被っていない。被っていない)


なぜか自分に言い聞かせるおっさんである。

同じブログネタを書いてもしょうがないので基本的に別の話になる。

凱旋の話はオーガの大群を倒した後行われたフェステルの街で書いている。


フェステル街編

第37記事目 凱旋


【ブログネタメモ帳】

・パメラのパレード ~王城への帰還~


パメラを前面に出したブログにしようと構成を考えていると、12時の鐘がなる。

パレード開始の合図を鳴らす鐘である。


天幕の外にはかなりの人がいるようだ。

鐘の音とともにざわざわしだすのだ。


天幕を2手に分かれて獣王親衛隊がめくり剥がしていく。

馬車の上でおっさんが見たのは万を超える王国の民たちであった。

なお、獣王国の王都には現在200万人近い民がいる。


(うわ!?天幕ぎりぎりまでパレード見に来た人がおるで)


天幕の外には、一斉に押し寄せた民たちがいたのだ。

必死にパレードのための道にはみでないようしているが親衛隊だけでは当然足りない。

王都を守る兵達がほとんど動員されたようだ。

はるか先まで敷き詰められた獣王国の民と兵隊たちであるのだ。


今回の獣王国武術大会にパルメリアート殿下が参加したことは王都の民は皆知っている。

そして、獣王に対して試合せよと言って、正々堂々と獣王に勝利したこと。

最後に、獣王武術大会にやってきた魔神達から避難するために発令された非常事態宣言であること。

激戦の末、魔神を倒してからのパレードであるのだ。


武術大会に参加していなくても非常事態宣言がなんだったのかを聞いて武術大会の観戦をした観客達に聞いて回れば、王女の武術大会の参加を知ることになる。


5年ぶりに王女が戻ってきたのだ。

獣王武術大会に優勝して戻ってきたと聞いて衝撃を受ける民たちだ。

獣王国の武術大会に優勝したこともあって王都の民からの熱い視線を強く感じる。


波のようにうねる王都の民とは逆に、微動だにせず隊列を維持する騎士達である。

王都の定刻を知らせる鐘の音が止まるのだ。


パレード最前方の楽歌隊がラッパを鳴らし始める。

ひとしきり演奏した後に、楽器を吹き鳴らすことを止め、また静寂が生れる。


群衆の視線がパメラに集まる中、大きくソドンが息を吸うのだ。



「これより、パルメリアート=ヴァン=ガルシオ殿下の御帰還である!隊列よ前に進め!!」



豪華な鎧に、装飾された馬に騎乗するソドンが号令を出したのだ。

ゆっくり先頭から歩みを進める。

ガルガニ将軍から急遽であるがソドンに号令を変更したのだ。


ソドンの声が震えている。

思いが強すぎたのか、貼り上げる声が少し裏返っていた。

感無量の涙がこぼれるソドンである。

何度も夢に見た光景のようだ。


目をつぶり、先獣王に約束を果たした旨報告するソドンである。


ゆっくり馬車が進みだす。

出発と共に、相変わらずだなとイリーナにフードを剥がされるおっさんである。

特に抵抗はしないのだが、着けたままでいいなら着けたままでいたいと思ったようだ。


大きな道路を埋め尽くした歓声の中、馬車はゆっくり進んでいく。


視線を集める金色の鎧を着たパメラだ。

それに匹敵するくらいにおっさんに視線が集中する。


(ん?なんか俺も見られているな。優勝していないんだけど)


不思議がるおっさんであるが、獣王武術大会の会場を破壊するくらいの死闘を演じたおっさんである。

その話も既に王都全体に広がっているのだ。

何万という観客の前で行われた、人ならざる力を示したおっさんである。


若い女性の獣人が黄色い声援を送っている。


(それにしても、さすが獣王国だ。猫耳もうさ耳もおるで。ヤダマ領はモフモフの溢れる領にしよう。なんとか領に獣人を呼ぶ方法を考えねば)


そんな観衆の注目とは余所に邪念を全開にするおっさんである。


10km以上あるパレードであるが、一切人が切れることがない。

100万人以上がこのパレードを見に来ている。

歓声も切れない中、ふとパメラを見るおっさんである。

肩が震えている。

普段、高貴で気丈に振舞っているが、泣いているようだ。


道は北門を抜け貴族街に入る。

奥の方の丘の上に建物が見える。


(獣王国のお城だ。丘の上だから高く見えるが3階建てくらいかな。王国の王城より低いな。横幅がある感じか?)


貴族街に住む貴族やその子らにより歓声を受けながらさらに進んでいく。

大きな城門が見えてくる。

門が開かれ、王城がはっきりと見えるのだ。

王城を見つめるパメラ。

さらに涙がこぼれる。


パメラと目が合うおっさんだ。


「ありがとう、ケイタ…」


泣きながら感謝の言葉を言われたおっさん。

パメラが5年ぶりに王城への帰還を果たしたのであった。

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