第48話 ヴェルム戦

獣王武術大会5日目。

本戦3回戦の第4試合である。

現在ロキとヴェルムが闘技台の上で向かい合っている。


ガルガニ将軍を救ったおっさんはセルネイ宰相に注意を受けたのだ。

観客席から闘技台に降りたことは法に触れるという部分についてである。

観客が暴徒化しないための当然の措置だ。


誰だと聞かれて降りたがどうも駄目であったらしい。

ではどうしろと思うおっさんだ。

しかし、何か罰則があるかというと今回はないようだ。

ガルガニ将軍に回復魔法を掛けたことについても罰則はない。


そもそも勝負は主審の判定出ており、エルザの勝利は決まっていたのだ。

その後の救護処理としての回復魔法であったのだ。

救ったのは獣王国で20人ほどいる将軍の中で3大将軍と呼ばれている、ガルガニ将軍である。

回復魔法を掛けたおっさんを処罰できるはずのないセルネイ宰相である。

10万の国民がセルネイ宰相の対応を見ているのだ。


3大将軍の1人が死にかけているのに獣王魔法隊が一切動かなかったため、回復魔法を掛けたおっさんである。

ガルガニ将軍を救護班の運営担当者に任せて見殺しにしようとしたのだ。

鷹の目のおかげで貴族席が良く見えたおっさんだ。


(パメラ側についた、民からの人気の厚い将軍は邪魔だということかい?)


7割以上がパメラ側に着いた内乱である。

今現在もパメラ派であった、ハーレン辺境伯、ガルガニ伯爵、ストレーゼム侯爵は健在であるのだ。

獣王であっても、いきなり全て自分を味方してくれた身内で固めることなどできないのだ。

内乱が終わって、まだ3年かそこらなのだ。

自分の味方をしてくれた貴族を王都の大臣達など要職に起用しているが、それも全てではないのである。

妹をだまし打ちしたという噂があり求心力もない。


(そのための、武術大会であると)


ブレインやソドンの話、そしてガルガニ将軍を見殺しにしようとした状況をみて理解できたおっさんである。


今回の騒動の結果であるが、エルザの勝利であり、エルザがそのまま4回戦に出場する。

審判の判定を無視したエルザは今後処罰を受ける。

どうも大会が終わったら処刑されるらしい。

3大将軍を殺そうとした罪はとても重い。

去年参加したメクラーシからの参加者同様に処刑となる予定だ。


現在、エルザは牢屋に入れられており、試合の時だけ外に出されるという話だ。

抵抗することなく、獣王新親衛隊に連れて行かれたエルザである。


セルネイ宰相としては、ガルガニ将軍がこのまま決勝に進出するより、ガルガニ将軍を圧倒したエルザが進出したほうが良い。

そのエルザを獣王の最側近の1人ヴェルム親衛隊長が倒し、優勝するという形でこの武術

大会が終わることが獣王の求心力に繋がると考えたのだ。


当然、エルザではなく、拳聖を倒したパメラが勝ち上がってきても良いとも考えている。

ヴェルムが強者と戦い優勝するならどちらでもよいのだ。



『それでは、3回戦の最後の試合を始めたいと思います。3回戦もこの第4試合も終わりです。そして、その最後にふさわしい対戦カードになりました!!』


ものすごい歓声である。

3回の試合を応援した観客とは見えないエネルギーだ。

獣人がどれだけ武術大会が好きなのか伺える。


『この試合を観戦できる皆さまは運がいいです。まずはロキ闘士。王国からやってきた王国最強の槍使いです!パメラ闘士はなんと拳聖カロンを倒してしまいました。ロキ闘士もこのまま勝ち進んでいくのか見ものです!!』


ロキはヴェルムを睨んだまま聞いている。


『そして、獣王国最強の男が帰ってきました!!10年近く武術大会の参加を見送ってきた男は、獣王の親衛隊長になっていました!!』


大きな歓声である。

ヴェルムが獣王武術大会でどれだけ盛り上げてきたか伺える。


「ん?何か言いたそうだな。まだ結婚式のことを根に持っているのか?ちいせえ男だな」


挑発をするヴェルムである。


「ずいぶんな人気だな。お前は誰かに従う男ではなさそうだが、なぜ親衛隊長やっているんだろうなと思っただけだ」


ロキがヴェルムに問うのだ。

ロキとヴェルムが会話を始めたため、総司会ゴスティーニも審判も会話が終わるのを待つのだ。

お互いの因縁も何もかも含めて武術大会である。

ただ戦って勝ち負けではないのだ。

それが、大会を盛り上げることを知っているのだ。


「あ?何だそりゃ?つえーやつがいるかもしれないからに決まっているだろうがよ。獣王武術大会もずいぶん腐ってしまってよ。獣王の息子やらガルガニごときが優勝する陳腐な大会になってしまったんだよ。興味が失せたぜ」


現獣王すらぼろかすに言うヴェルムある。


「ほう」


ロキも別にヴェルムが興味あってこんなことを聞いているわけではない。

仲間であり、獣王に因縁のあるパメラのためにと話しかけているのだ。

ヴェルムはソドンに代わり獣王親衛隊長をやっているのだ。

どんな経緯があるのか聞くためである。


「だがよ、セルネイが言ったんだよ。もっと暴れてみないかってよ」


「内乱で弱い方について、暴れるために親衛隊長になったと?」


「ああ、だが内乱はつまらんかったぜ。数だけでつえー奴がいねえからよ。だが、そのお陰でこの大会があると思えば、何年も我慢したかいがあるってもんよ。これが終われば帝国に攻めて出るって言っているしよ。ワクワクが止まらねえぜ。お前も俺を失望させてくれるなよ」


王国最強の槍使い、拳聖を倒したパメラなど強い奴と戦えると思えば、何年も我慢した甲斐があるというヴェルムである。


このヴェルムという男の全てを否定することはできないと思うロキである。


力が全てを支配する世界だ。

現実世界と違い、成長の限界がなく、条件が揃えば常人の数十倍の力が得られる世界である。

100mを走るのに0.01秒を競う世界ではない。

100mを1秒切ることもできる世界だ。

kg単位で重量上げを競う世界でない。

t単位でものを持ち上げることができるようになる世界だ。


力を手に入れたヴェルムのような者が対戦相手を失って空虚になることも、この世界で語られる物語でよくある話である。


ロキの主であるおっさんも、どちらかというと楽しみたくてダンジョンに行ったり、武術大会への自身の参加を決めたりしている。

だが、おっさんとヴェルムの間に大きな隔たりを感じるロキである。


家を追い出されたセリムを救い、ダンジョンで家族を失った遺族のためにダンジョンを攻略したおっさん。

パメラのけじめのため、救済のため、武術大会の優勝を目指すおっさんである。


ロキがニヤリと笑いオリハルコン製の槍を構えるのだ。


「そうか、俺とは違うようだな。良き主に仕えることができたことに感謝だな。この試合勝たせてもらうぞ」


「何だそりゃ?まあ、いい。始めようぜ。簡単に負けてくれるなよ」


ヴェルムもオリハルコン製のナックルを構えるのだ。


『お互い戦う動機のある闘士のようです。これは獣王国最強の男は、王国最強の槍使いとどう戦うのか、皆さん瞬きも禁止ですよ!』


帝国と戦争云々には反応しない総司会ゴスティーニである。

審判が間に入るのだ。


『はじめ!』


審判が片手を下し、試合開始の合図をした時である。

ロキの体から、蒸気か湯気のようなものが発生している。

気力を消費し始めたのだ。


「ピアシングベリル!」


ロキの槍が一気に輝きだす。

ロキが渾身のスキルを繰り出すのだ。


「な!?いきなりかよ」


「ちっ」


寸前でかわすヴェルムである。

ものすごい衝撃波が脇の横を通り抜けることを感じる。

一度距離を取り、また一気に距離を詰めるヴェルムである。


「おらよ!」


さっきの一撃の挨拶代わりと拳を繰り出すのだ。

ものすごいスピードだ。

ロキの素早さではかわすことができない。

ロキとヴェルムで倍近い素早さの差があるようだ。

拳が腹に食い込む。


腹に激痛が走り、全身が吹き飛ばされる感覚を覚えるロキである。

その時である。

腹に食い込むヴェルムの腕を戻す間も与えない。

槍も使い、ヴェルムの伸ばした腕ごと押さえ込むロキである。


驚愕するヴェルムである。

相手は槍使いだったよね?と思うのだ。

驚愕の力で締め上げようとするロキ。

全身の力を使い振りほどき、体に密着するロキに肘鉄を食らわせるヴェルムである。


苦痛で顔が歪むロキだ。

その隙に、一度距離を取るヴェルムである。

槍使いがどうとか、騎士の戦いがどうとか関係のない戦い方である。


体も騎士とは思えない頑丈さである。

タンク系の牛や犀の獣人と戦っている感覚を思えるヴェルムである。


おっさんからロキに言われた作戦の1つである。

ロキがヴェルムより優れているのは耐久力だけなのだ。


「無茶苦茶だな。だが、いいぞ!これだ、こうじゃなくちゃあよ。上品な戦いなど!!」


ヴェルムの顔から笑顔が漏れる。

強くなってしまったために、つまらなくなってしまったこの10年近い人生が吹き飛ぶように感じるようだ。



そして1時間が経過する。



そこには、ヴェルムが1人立っている。

フラフラで、片手がおかしな曲がり方をして折れて、息も切れてしまっているが無事なようだ。


そして、全身ボコボコにされて、アダマンタイトの鎧も無残に壊れたロキが地に伏している。

腹を殴られすぎたのか、吐血している。


力も素早さも2倍近い差があり、ヴェルムがスキルを使ったため、戦いにステータス以上の差が生れてしまったのだ。

今のロキの力では片手を奪うことが限界のようだ


審判がこれ以上の戦いは生命にかかわると判断したようだ。

ガルガニ将軍とエルザの試合同様に、生命にかかわると判断した場合はジャッジを下すのだ。

ヴェルムの折れていない方の手を掲げ勝利を宣言するのだ。


『なんと激戦の末、親衛隊長ヴェルムの勝利です。そして、最後の最後まで戦い抜いたロキ闘士にも大きな拍手を!!』


ものすごい歓声が起きる。

当然、ヴェルムに送られるのだが、ロキにも激しい声援が送られるのだ。

最後の最後まで戦い抜いたロキを称えているようだ。


諦めず最後まで戦うことが獣人の心に響いたのだ。


獣王国は、最後の最後まで戦い抜くことに美学と感じる文化である。

どんなに泥臭くても、どんなに相手は強かろうが諦めるなという文化だ。

戦いをあきらめたら、帝国に滅ぼされるのだ。

どんな状況になっても諦めず戦い抜くべしという文化、教育が獣王国の根底にあるのだ。

それはガルシオの時代から延々と語り継がれているのである。


担架に乗せられ、拍手の中運ばれていくロキであった。

医務室に運ばれた先に漆黒の外套を着たおっさんが待機している。

医務室に入る前に回復魔法で全快にするおっさんである。


「お疲れ様です。もうちょいでしたね」


全然もうちょいではない試合であったが、おっさんなりのねぎらいの言葉である。


「ヴェルムのスキルを1つ使わせるに留まってしまいました」


どうやらヴェルムについて調べるために、騎士ではなくパメラの仲間として戦ったロキであったのだ。


「反省会と作戦会議はホテルでしましょう。その前に防具屋でロキの鎧も新調しないといけませんね」


ロキにとって武術大会が終わったが、武術大会だけが目的ではないのだ。

装備は万全でないといけない。

決勝戦に向けて行動に移すのであった。





・・・・・・・・・


ここは獣王国の1室である。

大会5日目が終わって、結構時間が経つのか日は完全に落ちている。


狐の獣人が1人薄暗い部屋の1室に入るのだ。

誰かに後ろをつけられていないか警戒心が全身から溢れている。


部屋の奥には不気味な置物が置かれている。


「それでセルネイよ。魔導士ケイタの魔力は確認できたのか?」


「は、はい。仰せのとおり、魔導士ケイタに魔力を使わせる機会を設けました」


昨日行われた演出の催し、そして今日ガルガニ将軍について使った回復魔法について、事細かに怪しい像に報告する狐の獣人である。

誰かに聞かれたくないのか、とても小声だ。


「ほう、その程度の魔力であったか」


「そ、その程度?」


獣王魔法隊が全員を相手にしても敵わない相手である。

どこがその程度だと思うが、そのようなこと決して口に出せないのだ。


「そうだな。演出のために、使った魔法であろうが、吾輩の相手ではないな。しかし、ふむふむ。やはり魔人は3体分用意して正解であったか」


不気味な置物が目をピカピカさせながら言葉を発するのだ。

狐の獣人の会話をしながら、何か思案をしているようだ。


「魔神が3体?」


魔神と魔人を聞き間違えた狐の獣人だ。


「まあ、こっちのことだ。セルネイよ。誰のおかげで、お前がその立場にいれるのか分かっているだろうな?」


「は、はい」


「ならいいのだ。では、また連絡する」


不気味な置物が反応しなくなる。

薄暗い部屋には震える獣人が1人いるだけであった。

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