第47話 戦血のエルザ

猿の獣人にトイレで化かされたおっさんである。

狐に摘まれたような顔で観客席に戻ってくる。


「試合はまだですよね」


「まもなくということですよ。結構遅かったですね」


ロキから遅かったと言われるおっさんだ。

タブレットで時間を確認するおっさんである。

トイレに行って帰ってきただけなのに20分以上過ぎているのだ。


時間の流れがおかしいなと思っていると、派手な道化のような格好をした総司会ゴスティ-ニが闘技台の上にやってくる。


『大変長らくお待たせしました。先ほどは大どんでん返しが起きましたね~。それでは第2試合を始めたいと思います!』


歓声が大きくなる。

2名の闘士が闘技台に上がると、観戦は最高潮である。


「すごい歓声ですね」


「ああ、去年の武術大会の優勝者な上に、3大将軍の1人だからな」


ガルガニ将軍がすごい歓声を受けるのだ。

32人の本戦出場者が決まった時、特にパメラが対戦しそうな相手を優先して情報収集に努めたのだ。

ガルガニ将軍は大会の出場回数が2桁に達しており、かなり多くの情報を得られたのだ。


親衛隊長であったソドンが詳しかったのも、情報が集まった理由の1つである。

話を聞くと、ソドンはガルガニ将軍とは定期的にお酒を飲む機会があったのだ。


3大将軍と呼ばれている。

帝国と接する南北にまたがる3領のうち真ん中を納める伯爵である。

犀(サイ)の獣人で、武器は巨大な戦槌(ハンマー)である。

毎年戦争がある国で将軍ということもあり人気があり、去年念願の優勝を果たした。

内乱時にはパメラ側についたという話だ。


(全体の7割以上がパメラ側についたんだっけ)


「前回の大会優勝者なんですね」


「ああ、まあ前回はかなり質素な大会になったけどな」


ブレインが去年の大会について教えてくれる。

去年は内乱後初の武術大会で予算も少なく、質素な大会になったとのこと。

なんでも内乱に勝つために国庫を使い果たしてしまっていたとかいう話だ。

質素な大会であったが、実力者であることは間違いないとのことである。


ガルガニ将軍が巨大な戦槌を肩で担いで闘技台に上がってくる。

顔にも担ぐ腕にもいくつもの切り傷がある。


その後ろにうつむき加減の表情が見て取れない女性がやってくる。

戦血のエルザである。

褐色の肌に灰色の髪を腰まで伸ばしている。

素足に、貫頭衣を1枚だけ来ている。

腕には巨大なバトルアックスを持っている。

両刃の斧である。

その大きさは2m以上あるガルガニ将軍より大きいのだ。

何百キロあるか分からないが、それを片手で持っている。


(初めてエルザを見た時、騎士達が引きずっていた棺桶みたいなのは武器を入れていたのか)


「あいつはかなりやべえぞ。もしも、エルザが勝ち進むなら棄権したほうがいいかもしれねえぞ?」


エルザが勝ち進むなら、パメラは棄権したほうがいいというブレインである。


「エルザさんの情報も手に入ったのですか?」


「ああ、まじで戦血だぜ。何万もの人間を殺している本当のバケモンだぜ。メクラーシが帝国と戦うために作ったモンスターらしいぞ」


闘技台を見ながらブレインの話を聞くおっさんである。

ブログのネタ帳にも記録を進めるおっさんである。


【ブログネタメモ帳】

・本戦3回戦 ~拳聖と戦血~

・固有スキルの可能性 ~100万ポイントなんて無理でござる~


『それでは、本戦3回戦の第2試合を始めたいと思います。ガルガニ将軍、今年も大変な声援ですね』


ガルガニ将軍にマイクを近づける総司会ゴスティーニである。


「がはははは!今年も盛り上げてくれようぞ!戦いこそが獣人の本分である。観客席にいる若人たちよ、ガルガニ軍は常に兵を募集している!王都にも窓口を設けているゆえに、大会が終わったらぜひ足を運ぶがよいぞ!!」


さらに歓声がでかくなる。

身を乗り出す若い獣人達だ。

ガルガニ軍へ行くぞという声まで聞こえる。


(え?ガルガニ将軍が毎年参加しているのって兵を募集するためにやってるの?)


何十年も将軍自らが参加し、大会を盛り上げ、軍を強化してきたことをガルガニ将軍の言葉で知るおっさんだ。

ただのお祭り男ではないようだ。


「この国の兵は徴兵ではなく募集兵なんですね」


「あ?基本徴兵だぞ?希望すれば正規兵になれるがな。俺は冒険者になったから免除されたしな」


ブレインの言葉で、獣王国は徴兵制度のある国民皆軍人の国家であること。

冒険者は免除されるようだ。

希望して軍に入れば、期間限定の徴兵ではなく、正規兵として兵隊になれることを知るおっさんである。


総司会ゴスティーニにマイクを向けられるエルザである。

しかし、無言どころか反応も示さない。

鷹の目Lv3で見ても一切の表情が見て取れないのだ。

目の前に2mを超える巨躯、巨大な戦槌を持った獣人を相対しても何も感じないようだ。


審判が2名の闘士の間に入る。

戦いの合図をするようだ。


『はじめ!』


「うおおおおお!!!」


合図とともに両手で握りしめたアダマンタイト製の戦槌を振りかざし、エルザに突進するガルガニ将軍。

ずっとうつむき加減のエルザである。

まもなく戦槌がエルザに当たろうかというところで、ようやくエルザが反応を示すのだ。

数百キロはあろうアダマンタイト製のバトルアックスを片手で棒きれのように振るうのだ。

お互いアダマンタイト製の武器であるのだ。

ぶつかり合う戦槌とバトルアックス。


「ぐっ!!」


戦槌ごと吹き飛ばされるガルガニ将軍である。

体全身を使ったガルガニ将軍より片手だけで振るったエルザの方が強いようだ。


どこかにスイッチが入ったのか、エルザがバトルアックスを片手にガルガニ将軍を襲いだす。

ガルガニ将軍も防戦一方だけではなく、攻撃を仕掛けていく。


(まじかよ。かなりステータス高くないか。これは聞いていた以上だな)


ブレインがメクラーシとエルザについて、詳しく教えてくれる。


メクラーシは昔から独立と属国を繰り返してきた国である。

乾燥した国で、砂漠も多く、帝国的にもうまみの少ない国なので、そこまで支配に力を入れていないとのことである。

しかし、独立するとなれば話が変わってくる。

帝国は数千、数万の軍隊を送り込んで、握りつぶしてきたのだ。


資源の乏しい弱小国家メクラーシ公国。

人も少なく、明らかな戦力差が帝国とメクラーシの間にはあったのだ。

そこで何が起きたかというと、エルザのようなモンスターを作るという話である。


ブレインが冒険者らを雇って集めた話を聞くおっさんである。

とても胸糞の悪い話だ。

パメラの次の試合の対戦相手になるかもしれないと我慢して聞いたのだ。


荒廃した大地で仕事も少ない。

そんな中、貧困で育てきれず手放す子供をメクラーシ公国の公家は引き取るのだ。

銀貨数枚のお金も貰えるとのことだ。

銀貨数枚で売られた子供たちに待ち受けるのは絶望であった。


激しい訓練を行うという話だ。

それはとても悲惨な訓練であると。


Dランクモンスターの徘徊する荒野に槍一本持たされる子供たち。

1か月ここで生きよと。

腹が減ればモンスターを狩って食べればよいという話だ。

この時点で7割の子供が死ぬそうだ。

モンスターの餌にほとんどの子供が成るのだ。

まずは戦いに向かない子供をふるいに掛けるのである。


そういった厳しい訓練をいくつも、何年も行うのだ。

12歳になるまでである。

5歳から8歳で入った子供は12歳を迎えられるのは10人に1人であるとのことである。


12歳まで生き残った者は100人力の力をその腕に宿すのだ。

100人力の戦士を、90人犠牲にすることにより10人作ることができるのだ。

公国の上層部は、これしかないと判断したようだ。


必死に生き抜いた子供たちに待ち受けているのはさらなる絶望であった。

帝国の軍に子供たちをぶつけるのだ。

1つの軍の塊が5000前後になる帝国の軍に数十人の子供たちをぶつけるのだ。

もちろん、5000人全員倒すことはできない。

半分どころか1000人も倒すと軍は撤退するのだ。


一度の戦争での生存率は、5割を切るのである。

12歳を迎えた子供の半数以上が初めての戦争で戦死することになる。


生き残った子供たちは次の戦争にぶつけるそうだ。

それでも生き残った子供はさらに次の戦争にぶつけるそうだ。


生存率5割に満たない状況で何度も戦争に使われる子供たち。

3回以内の戦争で子供たちはその一生は終えるとのことである。


「そんな中、生き抜いた子供がエルザさんということですね」


「ああ、そうだ。初めてぶつけた戦争で5000人を超える帝国兵を皆殺しにしたそうだぜ。メクラーシでも結構有名な話なんだってな」


滅びたメクラーシ公国から生き延びてきた元メクラーシの民が獣王国の王都にもたくさんいるのだ。

エルザのことを知るものはたくさんいたのだ。


一騎当千の戦いをしたエルザは冒険者ランクAを12歳で手に入れたという話である。

しかし、称えられるだけで自由はなく、次の帝国軍にぶつけられたと話だ。

最初は数十人の子供たちと一緒にぶつけていた。

3回目以降は1人で戦地に送られたエルザである。


それが3年続いたのだ。

帝国もエルザ対策に軍の数を倍にするなど、軍を強化したが効果がなかったのだ。

戦争に送られ、万を超える敵兵を皆殺しにするエルザである。

実際はエルザが戦場に現れれば、恐怖で逃げ出す帝国の兵が続出したという話だそうだ。

メクラーシ公国の軍が、戦争が終わった場所でエルザを回収すると、エルザの体が敵兵の血で真っ赤に染まっているのであった。


このことから『戦血のエルザ』と言われるようなったのだ。


3年前、メクラーシ公国は滅びたのである。

戦線は長く、エルザだけでは国は守れないのだ。


メクラーシに育てられた子供たちは帝国軍が回収をしたのだ。

帝国が争う各国の戦争に使ったのである。


占領した子供たちの中に、エルザのように一騎当千の働きをする者達が数名いたのだ。

このメクラーシが作ったバケモン達を帝国は有効活用しようとしたのだ。

単純に戦地に送るのではなく、武術大会への参加させることにしたのだ。


武術大会には1000人に1人や10000人に1人の実力者がいるのだ。

彼らを殺す方が戦地でその辺の兵を倒すより、王国の弱体化につながると判断したのだ。


「それが、去年と今年行われたという話ですね」


「ああ、そうだ。大会に出場させ、もっとも腕のあるやつなどを殺すように帝国に命じられているのさ。去年も1人やられて、その後そのメクラーシは処刑されたんだってな」


そこまで聞いて、帝国の思惑もエルザの生い立ちもほぼほぼ理解できたおっさんである。

試合開始以降ずっとガルガニ将軍が劣勢である。


(主審も副審もムキムキなのはメクラーシ対策なのかな。それにしても、エルザの力かなり高いな。力1000はありそうだな)


おっさんはダンジョン攻略中、イリーナやロキ、パメラなどの力の値が数百から1500程度になる過程をずっと見てきたのだ。

『鑑定』というスキルのない異世界で、ステータスの値を考察してきたのだ。


ガルガニ将軍一色の声援である。

だれも、エルザに声援を送るものはいない。

無表情に刃を振るうエルザである。


「ああ、これもメクラーシから聞いたんだがよ」


「え?なんですか?」


「メクラーシでの話だとな。エルザは破壊神バハド様の化身とか、破壊神バハド様が加護をお与えになったとか言われているそうだぜ」


獣王国でも獣神以外の神にも敬意を払うのだなと思うおっさんだ。

力が正義の世界で、力を与える神はその言葉以上の存在であるのだなと思うのだ。


『防戦一方です。戦血のエルザの肩書は伊達ではなかったようです!!ガルガニ将軍になすすべはないのか!!』


ガルガニ将軍への応援が大きくなる。

反撃をしていたガルガニ将軍であるが30分を経過したあたりから、防戦一方になってしまったのだ。

親子連れの獣人も来ているらしく、ちびっ子獣人達がガルガニ将軍を全力で応援をしている。

バトルアックスが振るわれる度に吹き飛ばされるガルガニ将軍である。


「ふむ、さすがのこのままでは負けそうだぞ。すまぬがこの支援、利用させてもらう」


ガルガニ将軍から蒸気か湯気のようなものが漏れていく。

気力を消費し、スキルを発動させる。


『おおっとガルガニ将軍が何かするようです!起死回生の一手になるか!!』


「フルコーリング!!」


ぶつかる戦槌とバトルアックス。

今まで吹き飛ばされたガルガニ将軍が吹き飛ばされなくなる。

力が拮抗したようだ。


(ステータスが結構上がったっぽいな。どういう技だろう)


スキル名を聞いたらピンときたかもしれないが、おっさんまで必殺技の名前が聞こえないのだ。

応援量に比例してステータス上昇させる槌技Lv2のスキルである。


ガルガニ将軍が優勢になり、声援がさらに大きくなる。

戦槌の威力がどんどん上がっていく。


(ふむ、ステータス上げる系か。斧か槌の技かな)


拳技や槍技も剣技もそうだが、どうやら威力のある攻撃だけのスキルではないらしい。

ブレインも素早さをアップした。

術の上位互換である技は2通りと分析をすすめるおっさんである。

・武器による攻撃の威力を上げる

・自らのステータスを上げる


おっさんが分析を進めているとエルザが初めて押され始める。

その時である。

初めてエルザが両手でバトルアックスを持ったのだ。


十分な距離から振るわれるバトルアックス。

エルザは歯を食いしばり思いっきり振ったのだ。

その1撃はアダマンタイト製の戦槌を砕いたのである。


『な!?』


総司会ゴスティーニも驚愕する。

どうやら全力であるが、技を使わない素のステータスのみの攻撃だ。


「ぐっ」


袈裟懸けのように肩から食い込むバトルアックスである。


『勝負あり!そこまで!!』


主審が下がるように言う。

これ以上の攻撃はガルガニ将軍の生命にかかわるのだ。


それでも止めず、両手でバトルアックスをめり込ませるエルザである。

主審がエルザを引きはがそうとする。

Aランク冒険者である主審1人の力などもろともしないようだ。

ガルガニ将軍も両手で引きはがそうとするが、エルザの力が上なのだ。

さらにバトルアックスがガルガニ将軍の鎧を砕きめり込んでいく。

吐血するガルガニ将軍である。


副審たちも加わり5人がかりでエルザをガルガニ将軍から離すのだ。

武器を奪われ地面に抑えつけられるエルザである。


『ただちに救護班を!!』


総司会ゴスティーニの一言で凄い勢いで獣人達が闘技台に上がっていく。

回復魔法ができる運営担当者たちである。


救護班の運営担当者達から叫び声がする。

さらなる救護班の応援を求めるようだ。

溢れる血が闘技台に広がっていく。

どうやら救護班の回復魔法では厳しいようだ。


絶望に顔を曇らせながらも、一向に傷がふさがらない肩から胸にかけて、回復魔法を掛け続ける救護班である。


その時である。

光の魔法陣が、ガルガニ将軍が横たわる地面に現れる。

ものすごい勢いで心臓にまで達した切り傷が消えていく。

時間を巻き戻すように完治するガルガニ将軍である。

驚愕する救護班である。


おっさんが回復魔法Lv4を掛けたのだ。


(100m以上離れてたけどいけたな。これも鷹の目のおかげか)


騒然とする闘技場である。

押さえつけられたエルザ。

まだ意識が戻らないガルガニ将軍。

観客席から騒ぎが起き始める。

その騒動を落ち着かせるものが発言をするのだ。



『静粛に。宰相のセルネイである』



セルネイ宰相が貴族席からマイクを持って発言をする。

賢人席の解説者用のマイクを使ったようだ。

鎮まる観客である。


『まずは観客に謝らねばならぬ。去年同様、今年も旧メクラーシ公国から参加があったので、十分な対応を獣王家としてもしていたが、今回のような結果になって申し訳ない』


メクラーシ公国からの参加者が去年も狙ってきたのだ。

その対策として、審判や副審4名をAランク冒険者にし、救護班の回復担当をすぐに動けるようにしていたのだ。

その上で起きた惨事である。


『その上で、今回の試合をどうするか決めねばならぬ。まずは、外野である観覧席から回復魔法を掛けた者は名乗り出るように』


(お?呼ばれた気がする)


手を挙げるおっさん。

手を挙げてみるが、満員御礼の10万人いる観客席である。

おっさんに気付いてくれないようだ。

仕方ないと塀を乗り越えて、漆黒の外套をきたおっさんが闘技台に降り立つのである。

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