第49話 エルザ戦

獣王武術大会6日目。

本戦4回戦の朝である。


「そろそろ、いきましょうか。まずは防具屋です」


ホテル1階のエントランスルームである。

今日は他の日より早めにホテルを出るおっさんらである。

従者に馬車を出してもらい寄るところがあるのだ。


昨日はロキの試合後、獣王国音楽隊による演出があったが見ることなく帰ったおっさんらである。

明日は獣王御前による決勝戦である。

対戦相手の攻略からけじめの打合わせなどやることが多い。

時間はないのだ。


本戦3回戦が終わったあとにしたこと

・パメラとロキのために防具屋に行く

・王都の郊外で固有スキルの分析

・ホテルの会議室でエルザ戦の打ち合わせ

・【武術大会けじめメモ】の共有と打合わせ


防具を新調しなくてはならないのだ。

パメラの防具はカロンとの試合でかなり傷んでしまったのだ。

夕方ホテルに戻り、既に気力が満タンになったパメラを連れて防具屋に行くのだ。


一晩で作ってほしいと土下座する勢いでお願いしたら、了解しましたと防具屋の店主に言われたおっさんである。

武術大会を勝ち上がった闘士が、武器や防具が壊れて武器屋や防具屋に駆け込むのは武術大会あるあるとのことである。

そんなあるある知らないおっさんだ。

1割ほど高くなったが、快く対応してくれた防具屋に感謝である。


大会を敗退したロキも当然新調する。

明日は獣王が武術大会にやってくる。

予期せぬことが起きることもありうるのだ。

皆の装備は万全でありたいのだ。


「なんか、すごい人ですね」


防具屋に寄ったおかげで、いつも通りの時刻に武術大会の闘技場に着いたおっさんらである。

日々満員御礼だが、今日は昨日に比べてかなり人が多いように感じる。


馬車を降りると、パメラに一気に注目が集まるのだ。

中にははっきりと声援を送るものもいる。


「カロンを倒したことが、とてもすごかったようですね」


「昨日は、大会がかなり盛り上がったからな」


昨日の試合は大いに盛り上がったのだ。

拳聖と言われたカロンを激闘の末倒した仮面の獣人パメラ。

去年の武術大会の優勝者ガルガニ将軍を倒した戦血のエルザ。

その後、ガルガニ将軍への殺人未遂からのセイネイ宰相による大立ち回り。

王国の英雄であり、王国最強の槍使いを激闘の末倒した獣王国最強の男ヴェルム。


本日の対戦カードを建物内の掲示板に貼られたスケジュール表で確認するおっさんらである。


本戦4回戦

第1試合 王国「A」パメラvs故公国「ダブル」エルザ

第2試合 帝国「ダブル」ルーカスvs獣王国「シングル」ヴェルム


大会も6日目になってずいぶん対戦カードが減ったなと思うおっさんだ。

今日は準決勝戦なのだ。

パメラはこのまま闘士の待機部屋にいくとのことで、別れ観客席に向かうおっさんらである。

第1試合は9時開始であるのだ。


観客席のいつものところに行くと、ブレインや王国からやってきた騎士や従者達が既にいる。

席を取ってくれたお礼を言い席に着く。


「観客席もパメラの話でもちきりですね」


ブレインがおっさんの言葉に反応をする。


「仮面も被っているから、なおさら気になるんだろ。俺には仮面取ったとこ見せてくれよ」


「まあ、大会が終わったらパメラに聞いてみます」



パメラの素顔がどうも観客席にいる獣人達も気になるようだ。

パメラの話題が勝ち進んでいくうちにどんどん大きくなっていく。

闘技場や王都におっさんら10人が描かれた広告版が至る所に飾られている。

その絵もパメラは仮面を被っているのだ。

仮面を被ったパメラがニヒルに笑っている。

これはウガルダンジョン都市でダンジョンを攻略しているときから仮面を被っていることを意味する。


どんな顔をしているのか。

なぜ仮面を被っているのか。

その正体はいったい誰なのか。


「おお、やっときたか。魔導士ケイタ殿」


おっさんが、パメラの話題について考えていると、どこかで聞いた声がする。

振り向くと、犀の獣人が配下を数人連れてやってきている。

ガルガニ将軍である。


「これはガルガニ将軍、もうお体はよろしいのですか?」


(飛んで火にいるガルガニ将軍とはこのことか。あちらからやってきたぞ。出向く手間が省けたでござる)


おっさんが挨拶をする。

当然フードも取るのだ。

将軍だからきっと偉いのだろうと敬語を使う。

おっさんは肩書に弱いのだ。

おっさんが来てすぐやってきたところをみると、おっさんを待っていたようだ。


ソドンが声だけがびくっとなり、俯いてしまう。

不自然にならない限界まで顔を見られない姿勢になる。

ソドンとガルガニ将軍は顔見知りである。


「うむ、聞いたぞ。回復魔法を掛けてくれて救ってくれたのだな。あの時は本当に感謝する。助かったぞ」


どうやらおっさんにお礼を言いに来たようだ。

頭を下げ、礼を言うガルガニ将軍である。


「いえいえ、意識が戻ってよかったです」


「素晴らしい回復魔法だな。顔の傷が全て消えて若干恥ずかしいぞ。できれば礼がしたいのだが、今度時間を作ってほしい」


苦笑して顔をさするガルガニ将軍である。


「では、本日の5の刻(18時)に緑園亭はいかがでしょうか?」


「きょ、今日か!?」


ガルガニ将軍に言われて、おっさんが宿泊しているホテルに18時にこいというおっさんである。

相手は将軍であり、伯爵だ。

一緒にやってきた将軍の配下が怪訝な顔をする。

おっさんの顔は真顔なので冗談ではないと思うガルガニ将軍だ。


「5の刻に緑園亭か。うまい酒を持って参るとしよう」


ガルガニ将軍は応じてくれるようだ。

ガルガニ将軍が見えなくなったところでも気になったことを口にするおっさんである。


「顔の傷がなくなったことを気にしてましたね」


ガルガニ将軍の顔がエルザと戦う前は、無数の切り傷があったのだ。

腕なども同様である。

おっさんの回復魔法Lv4により無傷の生まれたままの卵肌の状態になったのだ。


「まあ、将軍は顔に傷があることが勲章であるからな。それだけ部下を思っているという証である。3大将軍は皆そうであるな。ハーレン将軍はその結果片目を失ったと聞いているであるぞ」


ソドンが理由を教えてくれる。

魔法使いに厳しいこの世界。

毎年戦争をしているガルガニ将軍。

怪我を負っても、自分の回復を優先すれば、配下が死ぬかもしれないのだ。

回復魔法隊の魔力には限界があるのだ。

回復魔法は将軍であってもぎりぎりまで我慢するとのことだ。

顔の傷が多いほど、部下を思っているということになるのだ。


「なあ、そんなことより、なんでガルガニ将軍をホテルに呼ぶんだよ?」


席に戻るとブレインがおっさんに肩を組んでくる。

好奇心のままに生きているなと思うおっさんである。

冒険者らしい冒険者にあった気がする。


「いえいえ、ちょっとよからぬことを」


冗談っぽく言うおっさんだ。

これはおっさんが昨晩【武術大会けじめメモ】を共有した結果である。

カロンにパメラが勝ったら共有すると決めていたのだ。

おっさんの仲間達もガルガニ将軍をホテルに誘うことは知っていたので、驚きはしないのだ。


昨日は大忙しであったのだ。

けじめのやり方についても皆で話し合ったのだ。


「なあ、おれも結構仕事しているぜ。俺も混ぜてくれよ。別に依頼とかじゃなくていいからよ」


ブレインはよからぬたくらみに鼻が利くようだ。


(ふむ、どうするかな。ブレインは予定にないのだが、王都やその周辺に詳しい冒険者もいたほうがいいかな?)


皆を見るおっさんである。

あまり反対している雰囲気はない。


「しかたないですね。では、メルトスの実を1000個ほど市場で買ってきて、それを持って同じく5の刻に緑園亭にお越しください」


「は!?酔い止めの実がなんでそんなにいるんだよ」


「そうですか、残念です。ではこの話はなかったことに」


「な!?冗談だよ。メルトスの実1000個だな?」


お金を渡し、買い物には従者も馬車も使っていいというおっさんである。



ブレインとの会話もそこそこにしていると、派手な道化の格好をした総司会ゴスティーニが闘技台に上がっていく。

定刻の9時である。

王都のどこかで鐘の音が聞こえる。


『それでは、皆さま長らくお待たせしました。6回戦の第1試合を始めたいと思います』


観客が歓声で総司会の言葉に答えるのだ。


『本戦もあと残り2日になりました。昨日は皆様眠れましたか?素晴らしい試合でございましたね。本日も素晴らしい試合を見ることができると思いますよ!!』


パメラとエルザが闘技台に上がっていく。

そして、獣王親衛隊もである。

獣王親衛隊がいるのは、紐で縛られたエルザと闘技台に上げるためである。

パメラの前に立たされるエルザである。

拘束具をはずし、エルザの武器を獣王親衛隊2人がかりで持ってくる。

2人でもエルザのバトルアックスは重そうである。

そんなバトルアックスを片手で握るエルザである。


開始の合図を待つエルザである。

その様子を見て何も言わないパメラである。

エルザの生い立ちやこれまでのいきさつを昨晩聞いたパメラだ。


かなりショックを受けているようだった。

だが、だからといって勝ちを譲るわけにはいかないのだ。

負けられない理由があるパメラである。


『この試合の勝者が、明日獣王の御前で試合をすることになります。どちらが勝つのでしょうか!!』


パメラにもエルザにも話しかけない総司会ゴスティーニである。

パメラもエルザもこの大会で1度も総司会ゴスティーニが話しかけても答えていないのだ。


審判もそれが分かっているのか、すぐに2人の間に入る。

試合開始の合図をするのだ。


『はじめ!』


合図とともに、バトルアックスを掲げ突っ込んでくるエルザである。

その顔に一切の表情がない。

始めろと言われたから始めたのだ。

ずっとこうやって戦ってきたのかと思うパメラである。

誰かの指示で殺戮を行ってきた。

表情も感情もなくなるには十分な環境であったのだと。


「今、お主の戦いも終わらせてやる」


誰にも聞こえないほど小さく呟いたパメラである。

オリハルコンのナックルがアダマンタイトのバトルアックスに激突するのだ。


「くっ」


吹き飛ばされるパメラである。

片手で棒きれのように振るう数百キロのバトルアックスである。

力900を超えているパメラよりエルザの方が、力があるようだ。


素早さを活かしエルザの元に疾走するパメラである。

しかし、巨大なバトルアックスを華麗に捌き、距離を詰めることができないパメラである。


膠着状態が30分ほど経過する。

大皿の炎が1つ消されたのである。


「なかなか強いですね。やはりスキルを使用しないと厳しいですね」


「うむ、む?エルザの方が先にスキルを使用するようであるぞ」


(ふむ、あまり駆け引きをするようなタイプではないということか)


おっさんとソドンが試合の状況を分析するのだ。

膠着状態が続きこのままでは勝てないと判断したのか、エルザの体から蒸気か湯気のようなものが立ち込める。

気力を消費し始めたようだ。


一気に力が増えるようだ。


(これは力2000以上になった気がするな)


スキルを1つ使い、力を2倍にしたエルザである。

片手だった持ち手も両手に変えパメラに迫るのだ。


受けられないと判断するパメラである。

パメラの体からも蒸気か気力のようなものが発生する。

拳技Lv3を使い素早さを3倍にしたのだ。

寸前のところでエルザのバトルアックスを避けるのだ。


素早さ3000に達しつつあるその速さにより迫るのだ。

気力と気力による攻め合いを続けるエルザとパメラである。

パメラの体よりかなり大きいバトルアックスが闘技台の上で舞う。

すでにAランクからも外れつつある速度と力、そして闘技台の上を躍動する2名の闘志に歓声の声が大きくなっていく。


パメラの素早さについていけず、バトルアックスが空を切る。

一度距離を取り、一気に殴り掛かるパメラである。

その時、さらにエルザから蒸気か湯気のようなものが出る。

寸前のところでかわされる。

エルザの素早さが3倍になったのだ。


「エルザが2つ目のスキルを使ったようです。1つ目が力2倍、2つ目が素早さ3倍だと思います」


(なんの技か知らないが、レベル1とレベル2のスキルかな。ここまでは予想の範囲内かな。素の素早さがパメラの方があるから同じ素早さ3倍でも、パメラが有利か)


おっさんのゲーム脳は、PvPの対人戦で必要なステータスは素早さ一択であるのだ。


おっさんが分析するスキルの仕様状況

パメラ 技Lv2素早さ3倍

エルザ 技Lv1力2倍、技Lv2素早さ3倍


「う~む、エルザはパメラ様の動きについていけているであるな。パメラ様の固有スキルのタイミングが大事であるな」


「固有?」


ブレインが反応する。


「パメラがカロンさんを倒す時に使ったスキルです」


端的な説明にブレインが不満そうである。

緑園亭のホテルで聞こうと思うのである。


昨日、夕方パメラの防具を修理、新調しに行った後、王都の郊外に出かけたのだ。

パメラが6時間の休息で気力が戻っていたため、固有スキル『ビーストモード』の効果を検証ができたのだ。

固有スキルの効果が分からなければ、作戦が立てられないのだ。


「固有スキルを使って、騒ぎにならなければ良いのだか」


ソドンが不穏なことを呟くのである。

ソドンから昨晩、事情を聴いているおっさんらは頷くのである。

ソドンは王都の郊外でパメラのスキルを見て膝をつき号泣したのだ。


『一進一退の攻防が続いています!準決勝にふさわしい試合です。瞬きする間もないほどの動きです!!』


総司会ゴスティーニも技と技の掛け合いにより、Aランクでは到達できないほどのステータスに達した2人の闘士を称えるのだ。


お互いスキルを使用したため、振りだしに戻ったのか、膠着状態が続いている。

エルザの方がパメラより力が圧倒している。

パメラの方が素早いが圧倒的な速度で振るうバトルアックスでパメラを近づけさせない。

2つ目の大皿の火が消えるようだ。

試合が始まって1時間が経過したのだ。


そのときである。

接近戦を続けていたパメラがエルザから距離を取る。



「ビーストモード」



パメラが小さく一言、固有スキルの名をつぶやいたのである。

勝負を決める時であると判断したようだ。


パメラの湯気か蒸気のようなものが溢れてくる。

無色透明だったそれは、段々黄色を帯びていくのだ。

パメラと同じ黄色であった気力は黄金に輝きだすのだ。

まばゆい光に包まれたパメラを観客も総司会ゴスティーニも見るのである。


『こ、これは、またパメラ闘士の体が輝いて…』


カロン戦の時と違い、疾走中ではないのでスキルによる変化がはっきりと見えたようだ。

驚く総司会ゴスティーニである。

しかし、セリフは最後まで言えなかったようだ。


『こ、これは始獣王ガルシオ様が纏った黄金の光じゃ!!』


総司会ゴスティーニの言葉を被せるように、貴族席側に設けられた解説者の1人がマイクを持って大きく叫びだすのである。

賢人席に座る年配の獣人である。

立ち上がり絶叫した声は闘技場全体に響き渡る。

その体は全身わなわなと震えている。


『我ら獣人達を繁栄に導いてくださった黄金の光じゃ!始獣王ガルシオ様がとうとう1000年ぶりにお戻りになられたのじゃ!!』


興奮が収まらないのか、続けざまに絶叫する。

ガルシオ様がと騒然する貴族席。

騒然は一気に一般席に波紋のように広がっていく。


「や、やはり騒ぎになるであるぞ。これはまさくしガルシオ獣王国1000年の歴史に刻まれた伝承のとおりである。獣王国を建国した始獣王ガルシオ様のお力がパメラ様に宿ったのだ」


ソドンはパメラが固有スキルを使えば騒動になると予想していたようだ。

黄金に輝くパメラを見て騒然とし始める観客席である。

パメラの固有スキルには獣王国建国の歴史があるようだ。

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