第45話 パメラ夢を見る③

ドカッ


ドカッ


(ん?何だここは?カロンはどこだ?)


パメラは状況が分からないようだ。

周りを確認する。


草原を馬に乗って走るパメラだ。

前にも後ろにも馬に乗る騎士達がいる。

パメラを守るように並走して走る騎士達がいる。

レミリアもソドンもいるようだ。

どうやら、パメラは馬に乗って騎士達と移動をしている。


(なんだ?余はまた夢を見ているのか?)


「そろそろ休みましょう!先行している親衛隊と合流したほうが良いでしょう!!」


馬に乗ったソドンが大声でパメラに話しかける。

パメラも分かったと言い、騎馬の集団がパメラとソドンに集まってくる。

100人近くいるらしい。


馬を休ませ、皆に休憩を取らせるソドンである。


「それにしても、急に和平とは、やはり3大将軍がこちらについたことが大きいでございますな」


「ソドン、これは両親の葬式と対話の機会を設けるという話であったぞ。まあ、和平になればよいのだがな」


(そうであったな。兄妹による獣王国の崩壊を憂いて命を賭した母上と、そして獣王であった父上の国葬を行うので一度王都に戻ってきてほしいと。使者に伝えてきたのであったな。それから話し合いたいことがあると)


「王都を離れて2年ですか、あと少しですね。ベステミア家がどうなったか心配です」


レミリアが会話に参加する。


「さすがに、母上の家は公爵家だ。そうそう手は出せないぞ。まあ、窮屈な思いはしているであろうがな」


(そうか、余はまたこの場面を見るのだな。これは余の罪よな。王族でありながら、自らの立ち位置もはっきり言わず、祭り上げられて、そして…)


パメラから悔やみのような感情が溢れてくる。


「そうです、無用な心配でございます。レイミスティア様」


会話をしていると、先行していた親衛隊の騎士が戻ってくる。

パメラの前に跪くのだ。


「ご、ご報告します」


顔が真っ青である。

地に付けた手が震えている。


「ん?どうしたのだ?パルメリアート様をお迎えする準備がまだできていないというのか?期日どおりきたであろう」


ソドンが親衛隊の様子を察し声を出すのだ。


「い、いえ…」


「では、何だというのだ、殿下の御前である。はっきりというのだ」


「あ、あの。武装を解除せよと」


「ん?武装?これから和平の話し合いだ。そこまでの武器は持ってきておらぬが?」


ソドンはまだ理解できないようだ。


「い、いえ。これは策謀であったようです。我々は数千に上る敵兵に囲まれております。武装を解除して投降するならば命までは取らぬと。も、申し訳ありません…」


そこまで言って、地面に顔をこすりつけて嗚咽する親衛隊の騎士である。

地面で握りしめた拳からは血がにじみ出ている。


「そ、そんな、殿下を策謀にかけるなど。我々はここにくることを残してきた将軍たちにも伝えてある。このような、このようなことをしても…」


ソドンが絶対にありえないという言葉を発する。

こんな姑息な手を使って妹を討ち取ろうものなら民はどう思うのか。

妹にさえ汚い策を使い獣王になったと吹聴されるであろう。

当然、軍属や貴族達についても同じことである。

誰も獣王と認めぬとそういうわけである。


「…それでも3大将軍がこちらに着いた余らと一戦を交えるよりもマシであったということだな。余さえ、いなくなれば後はどうにでもなると」


「「「………」」」


パメラの言葉に誰も何も言えないようだ。

それが全てであったのだ。


「兄上の軍はどちらだ?」


「いかが、されるのですか?ま、まさか…」


「知れたことよ。余1人でいくのだ。皆、すまなかった。この2年間、余のためによくついてきてくれたな。獣王家に仕えることは難しいが、王国なら…」


「な、なりませぬ!!」


パメラの言葉は最後まで言い切る前にソドンが遮る。

ソドンが断固反対する。

パメラとソドンが口論を始めるのだ。

パメラの命がかかっているのだ。

ソドンも一切折れないようだ。

そこへ、馬にかけていた、パメラの真っ赤な外套を持ってくるレミリア。

レミリアが外套を持ってきてくれたことに気付いて手を差し伸べるパメラ。

しかし、レミリアは外套を渡してくれないようだ。


「ソ、ソドン…」


「ぬ」


レミリアが震えるような声でソドンに話しかける。


「私レイミスティア=ベステミアが囮になります。パルメリアート殿下をよろしくお願いします」


「な!?何を言っている!!それこそあり得ぬわ!!」


パメラが反対をする。


「…それしかないであるか」


ソドンは諦めに近い表情でそう答えるのだ。


「馬鹿な!ソドン何を言っている!余が行けば済むことなのだ!」


「皆の者もそれでよいですね?10人ばかり残します。人選は速やかに、ソドン」


親衛隊の騎士達がレミリアの言葉に強くうなずくのだ。

誰もがこれしかないという表情をしている。

誰もパメラの話を聞こうとしない。

パメラを馬から無理やり遠ざけるソドン。

短時間で編成と作戦が決まっていくのだ。


「ソドン、では私が進軍しますので、殿下をよろしくお願いしますね」


「うむ、御武運を」


レミリアがこれから特攻する親衛隊全員をゆっくり見る。


「親衛隊たちよ!今こそ主君を守るときぞ!少しでも注意を引くのだ!!絶対に簡単に死ぬでないぞ!!!」


「「「おおお!!!!」」」


親衛隊の騎士達の雄たけびが草原に響く。

パメラの叫びを無視して、真っ赤な外套を着たレミリアがほとんどの親衛隊の騎士達を引き連れて、走り去っていく。


(余は、余は…)





『も……負はつ……のか!』

『立ち……れ…い!』

『拳……ロンは一切……!!』


(こ、ここはどこだ?闘技台?カロン?戦いは終わっていないのか?)


パメラの意識が戻る。

カロンの一撃で吹き飛ばされた場所で意識が戻ったようだ。

大皿の炎を確認するパメラだ。

4つのうち2つ目が消えている。

少なくとも30分は意識を失っていたようだ。

残り時間は1時間を切っているのだ。


震える足に激を入れ立ち上がるパメラだ。


『おおっと!!立ち上がるパメラ闘士!!奮闘しましたが、降参を宣言するのか!?あの拳聖カロンを相手に奮闘しましたがこれまでのようです!!』


30分も気を失っていて、立ち上がるパメラを見て、総司会ゴスティーニが降参を宣言すると予想するのだ。

震える手で無理やり構えるパメラだ。


『な!?なんとパメラ闘士は降参しないようです!何ということでしょうか!これほどの拳聖の力を見て、覇気が一切衰えておりません!!』


殴りかかるパメラ。


「ひょひょひょ。それでは何度しても同じじゃて」


「ぐっ」


パメラの拳を容易にかわし、殴り飛ばすカロンである。

あまりの衝撃で自らの重さがなくなるような浮遊感を感じるパメラである。


(い、意識は飛ばないでくれ。余は、余は負けるわけにはいかぬのだ!!)


吹き飛ばされた先で、震える自らの両足を殴るパメラだ。

軽くはねた後、さらに攻撃を仕掛けるパメラだ。

カロンはその場を一歩も動かない。

ただただ、やってくるパメラを絶望的な力差で殴り飛ばすのだ。


何度となく吹き飛ばされるパメラである。

もう誰もしゃべるものがいない闘技場の観客席だ。


観客席も総司会ゴスティーニも賢人席に座る解説者も分かっているのだ。

パメラは相手を目の前にして30分ほど気を失っていた。

そして、誰が見ても分かる絶望的な力の差。

このまま2時間粘っても、結果は同じなのだ。

判定まで持ち込めたとしても、審判と副審は全てカロンが勝利と判断するであろうと。


瀕死でない限り審判は動かない。

誰も止めろと言うものはいない。

獣王武術大会に参加する闘士全てに敬意を払うのだ。

負けを認めることができるのはパメラしかないのだ。

負けを諭すことができるのはカロンしかいないのだ。


さらに10分が経過する。

そして20分が経過する。


運営担当者が3つ目の大皿の炎を消すようだ。

大きな蓋を2人がかりで運んで、大皿に被せて火を消すのだ。

残り時間は30分である。


目線の端でそれを確認するパメラである。


「もうよいじゃろうて。お主もようがんばったのじゃ」


「………」


返事はしない。

ただ構え、立ち向かうのみのパメラである。

そして、何十回目かの拳がパメラの腹にきまるのだ。


吹き飛ばされ、嗚咽するパメラだ。


(か、考えろ。もう時間がないぞ。ケイタは何といっていた?気力は何といっていた)


パメラは何度となく拳技Lv1のパワーナックルを使っている。

カロンを捉えることはできないのだ。

当たれば、Aランクモンスターも1発で爆散する必殺技も当たらなければ意味がないのだ。

ただ当たったところで通用するかどうか分からないほどの実力差である。


さらに10分が経過する。


(気力は魔力と同じ。一度に沢山消費すればそれだけ効果があると)


痛みと衝撃で消え去りそうな意識の中でパメラは必死にケイタが天空都市イリーナで、獣王国の王都で言って聞かせてくれたことを思い出す。


(一度に沢山、一度に沢山…)


そして20分が経過する。


(勝たねばならぬ。余のために、余なんぞのために…)


「勝たねばならぬ!!」


パメラが朦朧とする意識の中で叫ぶのだ。


「ひょひょひょひょ」


パメラが意識取り戻したときから、カロンは移動していない。

その場であざ笑うかのように飛び跳ねるのである。


パメラが叫んだ時であった。

体から今まで以上に大きな蒸気のような湯気のようなものが出てくる。


(なんだ?ケイタが言っていた拳技れべる2というものか?いや今は時間がない、もっと早く、カロンがかわせないほど早く)


パメラが一気に加速する。

拳技Lv2の効果により素早さが今の3倍に達したようだ。

既に観客席からも総司会ゴスティーニからも、視界からパメラが消えたのだ。


「ひょひょひょ。それじゃないのじゃ」


しかし、一気に加速したパメラの一撃はカロンには当たらない。

素早さ2300に達しても当たらないようだ。

容易にパメラの拳を躱す。

カロンの拳をくらい吹き飛ばされるパメラである。


「ぐっ。まだだ、もっとだ、もっと早く」


拳技Lv2による素早さ向上を続けるようだ。


(ケイタは言っていた。対人戦は素早さが全てであると。素早さがほしい、もっと…)


気力をどんどん消耗していく。

しかし、それどころではない。

もう時間がほとんどないのだ。


ドクン


運営担当者がそろそろ4つ目の大皿の火を消すようだ。

時間を気にする運営担当者たちである。


運営担当者たちが4つ目の大皿に被せる蓋に手を取るのだ。

まもなく試合終了だ。


ドクン


(もっと早く、カロンより早く、誰よりも早く)


何もかもかスローモーションのように見えるパメラである。

観客席も、総司会ゴスティーニもカロンも止まって見える気がしたようだ。


ドクン

ドクン


(余は、余のために大勢死んだのだ。父上も母上もレミリアも死んだのだ。亡くなった多くのもの達のためにも、余はあきらめるわけにはいかぬのだ!!)


ドクドクッ


パメラがやけに心臓の鼓動を感じると思ったその時であった。

パメラを纏う蒸気のような、湯気のように色のない気力が、パメラの髪のように黄色に変わっていく。

段々その色は濃くなっていく。


「ほう、ずいぶん手間がかかった末裔じゃよ」


カロンが何か言ったようだ。

そんなことはもうパメラの耳には入らない。


パメラの目つきは野性味を帯びていく。

むき出しの犬歯が見えるのだ。

まるで獣人が獣に戻るようだ。



「ぐるおおおおおおおお!!!」



パメラが雄叫びをあげたのだ。

そこに王族の気品はかけらもない。

両手も地面につき移動を始める。

拳技Lv2の数倍の速度だ。

四足歩行の獣となったパメラが闘技台を駆け抜けるのだ。


4つの手足で一気に距離を詰める。

カロンの拳がスローモーションのように感じるパメラだ。

しかし、かわせない。

意識に体が追い付かないのだ。

殴られ吹き飛ばされるパメラである。

しかし、宙で回転しバランスを取り、着地とともに一気に距離を詰めるのだ。

痛みはいつの間にか感じなくなったようだ。

それすらもどうでもよくなっていく。

腹の底から力がどんどん湧いてくる。

かわされ、殴られ、吹き飛ばされ即座に立ち向かうパメラである。


スーパーカメラで写したようにスローモーションの世界で、音すら置き去りにした激戦が繰り広げられる。

カロンに吹き飛ばされる度に、どんどん素早くなっていく。

黄色がかっていた気力は既に金色へと変わっている。

全身が金色の気力に覆われたパメラだ。


それは金色の光に包まれた1匹の獣だ。


そして運営担当者たちが蓋をかぶせ、4つ目の大皿の火を消したときである。



ズウウウウウウウン



金色の獣となったパメラがとうとうカロンを捉えたのだ。

渾身の一撃を腹に受けたカロンは一度もバウンドすることなく100m以上吹き飛ばされる。

カロンの体が、闘士達が闘技台に上る通用口の扉に激突する。

頑丈な鉄柵でできた扉を薙ぎ払い、はるか先まで吹き飛ばされ、どこかの壁に激突するのだ。

地響きが起き、土煙が舞う。

観客席も衝撃で大きく揺れたのだ。

ざわめく観客たち。


『へ?こ、これはどういうことでしょうか?』


パメラが吠えたところまではなんとなく分かった総司会ゴスティーニである。

目にも止まらぬ素早さで動き回り、何か一瞬強く輝いたと思ったら、カロンが消えたのだ。


朦朧とした様子のパメラだ。

金色の気力も湯気のような気力も今は消えている。

全身あざだらけのパメラが闘技台の中央で必死に立っているのだ。


吹き飛ばされた先に走っていく副審の1人である。

ほどなくしてカロンを抱えてくる。

土煙に覆われたカロンは目をつぶって動かない。

生きているのか分からないが、少なくとも意識はないようだ。


そこで初めて、カロンが殴り飛ばされたことを知る総司会ゴスティーニである。


『な、何ということでしょう。こ、これは、パメラ闘士がとうとう拳聖カロンを殴り飛ばしたようです!闘技台の遥か彼方まで殴り飛ばしたようです!!』


状況を理解した観客席が騒然とするのだ。


審判たちがカロンを抱きかかえる副審に集まってくる。

協議をし、総司会ゴスティーニに何かを告げる主審である。

そこまで時間はかけないようだ。


『主審及び副審の協議の結果、最後の拳聖カロンに対する攻撃は有効とします!最後に立っていたパメラ闘士こそが勝者です!!苦戦の末、なんと拳聖カロンを倒してしまいました!!!』


総司会ゴスティーニがパメラの勝利を宣言する。

パメラの奮闘を称え歓声を浴びせる観客たち。

主審の審判があざだらけでボロボロになったパメラの腕を掲げたのだ。


パメラは仮面の奥で微笑み、もう一度意識を手放したのであった。

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