第30話 メクラーシ

イリーナにこってり絞られた翌日である。

全力で土下座したら許してくれたようだ。

ベロベロであったので、何とか寝かしつけたのだ。

イリーナが2日酔いのため、治癒魔法をかける。


「おはよう」


「おはよぅ…」


頭痛は引いたが、朝食はいらないとのことである。

髭剃りに出かけるといっておっさんは部屋をでる。


貴族になってよかったことが1つあるのだ。

それはメイやアリッサが毎日髭剃りをしてくれるのだ。

ウガルダンジョン都市でも、ダンジョンの中では控えていたが、拠点では髭を剃ってもらっていたのだ。

髪の手入れもである。

おっさんは、年は取らないが、髭も髪も他の人と同様に伸びるのだ。

これもおっさんが年を取らないと思わなかった理由の1つである。

侍女が手入れしてくれていたのだ。

それは侍女から準男爵になっても変わらなかったのだ。


今日は皆自由行動だ。

思い思いにペルンの街で活動するのだ。


ホテルのフロントに髭剃りのサービスがないか確認しに行くおっさんである。


廊下を歩く。

高価な絨毯の中フロントを目指すと、廊下に設けられた休憩スペースに腰かける男が1人いる。

ソドンである。

何か考え事をしているようである。

目が合ったので挨拶をして、横切るのである。


フロントに聞くと、もちろん髭剃りサービスはあるとのことで、案内してくれるとのことである。

フロントの兎の獣人についていくこと、ほどなくして、建物内にある散髪する部屋に案内される。

あの3色の独特のやつは回っていないが、朝ということもあり、獣人が散髪や髭剃りのサービスを受けているのだ。

髪も一緒にセットしますとのことだ。

髪は切る必要ないのになと思ったおっさんである。

メイから髪を切ってもらって結構経つので、ついでに切ってもらうかと思うのだ。


椅子に座って、待っていると、灰色の髪に褐色の女性がやってくる。

獣人ではない。

獣人ではないのか、というかペルンの街でたまに見かけた人種だなと思うおっさんである。

おっさんの大通りを見た情報ではペルンの街の8割強は獣人である。

その次に多いのが、褐色の肌に灰色の髪で、フリフリした白い服を着た人たちなのだ。

褐色の肌をした獣人以外の人もいるにはいるといったところである。

この辺の地域に多いのかなと思うのだ。

向うも獣人ではないので、一瞬挙動が悪くなるのだが、すぐに平常に戻って髪を切ってくれるのだ。

一瞬嫌な顔をされた気がするおっさんである。

一切会話はないのだ。


30分かそこらで髭剃りも手早く終わってお礼を言うおっさんである。

お代をというと、ホテルのサービスの一環ですとのことだ。

ではチップをと言うおっさんである。

一瞬間が空く褐色の女性である。

それなら受け取るといったので、金貨を1枚渡して後にするのだ。

1枚の金貨を渡された褐色の女性はその場でたたずんでいたのであった。


フロントに戻るおっさんである。


「さきほどは、案内ありがとうございました。フルーツと何か飲み物をほしいのですが」


「かしこまりました。ではお部屋にお持ちします」


二日酔い明けのイリーナに果物でもと思うおっさんである。

これもサービスで届けてくれるらしい。

さすが高級ホテル。

中々のサービス精神であると思うおっさんである。


イリーナのいる部屋に戻るおっさんである。

途中でソドンにまた出くわすのだ。

さっきまでいた、廊下にある休憩スペースに今も座っているのだ。

思いにふけっているように見える。

廊下を通るおっさんに気付くソドンである。


「ケイタ殿、少しよろしいであるか?」


(ソドンと2人で会話するのは久々だな。ダンジョンでは結構あったけど)


「なんでしょう?」


休憩スペースのソファーにおっさんも座るのだ。


「………ん?髪を切ったであるか?」


(何か間があったな。何の間だ?)


「え?はい。ホテルの方に切っていただきました。髭もです。褐色の女性にです」


「ん、ふむ、そうであるな。ケイタ殿は知らないかもしれぬな。あの者達は移民でな、滅びたメクラーシ公国の民なのだ」


「滅びた?」


ソドンがメクラーシ公国と獣王国の話をしてくれるのだ。

おっさんがこのあたりの常識や情報に疎いのは周知の事実であるのだ。

メクラーシ公国は獣王国に接している。

獣王国からすると王国の反対側、帝国の南の国なのだ。

この大陸は別に、帝国、王国、獣王国、聖教国だけではない。

このあたりはおっさんも知っている。

この大陸には大小10数個の国や組織が支配している地域があるのだ。

王国や獣王国は中規模の国に当たるのだ。

帝国は全方位的に戦争を仕掛けているのだ。

その中で小国だったメクラーシ公国は3年前に帝国に征服されたのだ。

獣王国は、隣国であり、同じ敵国の帝国と共同戦線を張りながら、帝国と共に戦ってきたとのことだ。

しかし、メクラーシ公国は小国で帝国が軍の比重をメクラーシ公国に大きく傾けたら、あっという間に滅んでしまったとのことである。

ちょうど獣王国が内乱中のことで、応援できなかったという話だ。


「じゃあ、戦争難民ってことですか?」


「ん?まあ、そうであるな」


戦火を逃れて一部のメクラーシ公国の民は獣王国に避難してきたのだ。

もちろん、民や貴族、軍人等ほとんどが帝国に占領されたのだ。

しかし、いち早く国を脱出した貴族、私財や移動の手段があった商人、獣王国に接していた街の民が獣王国に逃げてきたのだ。

獣王国も無下に入国を断らなかったとのことである。

しかし、国が違う中での仕事がままならず、食うに困る元メクラーシ公国の民は多い。

一部は身をやつして奴隷にまで落ちた者も多いのだ。


メクラーシ公国は獣人と違い、手先が器用で工芸品や美容や料理が得意であったのだ。

逆に獣人はとんでもなく不器用であるのだ。

そういった需要に溶け込んで生活をしているとのことである。


(ひげを剃ってくれた人は俺を帝国の人だと思ったのかな。獣人じゃないし)


「ケイタ殿がカレーと言っていたのは、メクラーシ公国から入ってきたものであるな」


「そうだったんですね」


「………」


「何か相談があるのですか?」


再び沈黙の間が開くのでおっさんから聞くのだ。

メクラーシ公国の話をしたかったわけではないということは分かるのである。


「パメラ様はけじめをつけようとされておるのだ」


「そうですね」


(兄貴をぶっ飛ばすんだよね)


「たとえそれがうまくいっても、パメラ様が命を落とすかもしれぬ」


現獣王をボコボコにするのだ。

すぐ近くには獣王親衛隊も獣王魔法隊も恐らくいるのだ。


「………」


「できれば、パメラ様だけでも逃がしてあげてほしいのだ」


「すいません」


「そうであるな。それこそわがままなお願いであるな」


わざわざ、招待券を手に入れ、策を練って獣王国の王都まで入れてくれたのだ。

獣王にももっとも近づける機会まで与えられたのだ。

ソドンとパメラだけではこのようには行かなかったのだ。

目もつぶり、せめて自分が何をすべきか考えるソドンである。


「ああ、勘違いさせてしまいました」


「ぬ?」


「私は、パメラもソドンも殺させるつもりはありません」


「な!?」


(何のためにASポイント使って全ステータスを取ってると思ってるんだ)


おっさんは目に映る範囲のモンスターを倒すだけでいいなら知力特化のステータスにすればいいのだ。

ブログネタを優先するなら四次元収納ももっと早く取れたのだ。

力や素早さはいらないのだ。

幸運力もである。

しかし、常にステータス向上はLv1から2、Lv2から3へと優先順位は決めつつも全て上げてきたのだ。

それは、魔力が尽きたことも想定している。

敵がモンスターではないことも想定している。

戦闘だけではない、攻撃を受け続けることも、制圧も逃避も想定しているのだ。

力や耐久力、素早さは仲間支援魔法で1000を超えるのだ。


「すいませんといったのは、もしもの時にけじめよりパメラとソドンの命を私は優先しますということです。仲間ですからね」


「…そうであったか。すまぬ」


「いえいえ、う~ん、そうですね」


「どうしたであるか?」


「ソドンにも心配させてしまったなと反省してます。一度、パメラとロキにも大会に向けて話をしておきますね」


(仲間支援魔法を武術大会では使わないとか、色々話はしっかりしておかないとな)


「うむ、そうしてくれると助かるのである」


部屋に戻るおっさんである。

既にフルーツと飲み物は届けられており、少し元気になったイリーナからお礼を言われるのであった。





・・・・・・・・・


ここは薄暗い部屋である。

3人の何かがいるようだ。

真っ赤なテーブルに座る3人の何かである。

大きさも様々でどうも人間には見えない何かであるのだ。


「それでヴェルギノス、魔導士ケイタは武術大会に誘い出したということだな?」


「はい、間違いなく来るかと。しかも、何と『武術大会』が正解のようです。大変興味を持ったと吾輩が報告を受けた次第です」


その中の1人は体中に血管が浮き出た紫色の筋肉質な体だ。

巨躯な体格の何かが頭を下げて報告をしているようだ。

お互いの関係が伺えるようだ。

この巨躯の何かがヴェルギノスというらしい。

貴重な情報を持って帰ったのかヴェルギノスは大変上機嫌である。


「ふむ、我は『ダンジョン』かと思ったのだけどね。ずいぶんご執心だったと聞いているしね。あれこれ興味が定まらなくて、何か我の知っている使徒とは違うようだね。1人で行動しているわけでもないんだろ?」


「はい、仲間共に武術大会に参加するようでございます」


報告を受けたもう1人はどこか怪しい中性的な声である。

ヴェルギノスと答え合わせをしているようだ。

どこかに疑問があるのか、巨躯な何かから報告を受けたが、こぶしを顎に当て考え事をしているようである。


「え~、そんなのいいじゃん。どうせ殺すんだろ?」


今まで黙っていた10歳くらいの小さな子供が、その容姿に合わないようなことを言うのだ。

椅子に座っても足が地面に着かないのか、両足を退屈なのかバタバタさせているんだ。

メクラーシ公国が褐色の肌なら、この小さな子供は真っ白な肌をしている。

どうも、血行は悪そうである。

それなのに目は深紅に染まっているのだ。


「プリムラ。君は来たばかりだから知らないかもしれないけど、使徒は成長をするのだ。機会を見つけ確実に始末しなくてはいけないのだよ。多くの同胞を失い、我々は学んだのだ」


「ん~」


口をとがらせ、不満な顔をする小さな子供である。


「そういうわけだ。ヴェルギノス、確実に始末してくれるってことでいいのかな?確実にだよ。一度逃がすと手が付けられなくなるからね。『美容』や『占い』のときはひどい目にあったと聞いている。同胞のほとんどが封印か始末されたってね」


「は!もちろんにてございます。必ず始末しましょう、パルトロン様。種は既に撒いております」


そこまでいうと3人はいなくなる。

会話はここまでのようだ。

まもなく獣王国の王都である。

武術大会もまもなく始まろうとしているのだ。

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