第31話 到着

ペルンの街を出発したおっさんらである。

今はペルンの街から2日目。

行き交う馬車も増え、まもなく獣王国の王都だ。


ペルンの街ではソドンと会話した後は、イリーナと過ごしたおっさんだ。

開墾の時はほぼキャンプな2か月半であったが、高級なホテルもいいなと思うのだ。


メクラーシ公国について知らなかったおっさんである。

おっさんは異世界に1年もいるが、おっさんの周りには騎士や元従者や元侍女ばかりなのだ。

しかも結構若かったりする。

情報化の進んでいない世界で、男爵家や士爵家の話がほとんどであるのだ。

なかなか狭い常識の範囲内の情報しか入ってこなかったりするのも仕方がないのである。

これがもしも500年生きたエルフを仲間にしたとか、世界を旅した冒険者とともに旅をしたら、もう少し話が変わってきたかもしれないが、おっさんはこの異世界についてあまり知らないのだ。

雑記ブロガーであり、目の前のこと全てがブログネタになることも原因の1つだ。


現在獣王国であるので、獣王国のことを知りたいと揺れる馬車の中でソドンに尋ねたおっさんだ。

久々に何もしない移動だけの2日であるので、せっかくであるなとソドンが話してくれるのだ。


何か聞きたいことがあるかと聞かれて気になったことをおっさんは聞くのだ。

なぜ王国は獣王国と仲良くするのかという話だ。

皆なぜそんなことを思うのかという顔をする。

しかし、おっさんとしては、隣国であっても他国である。

仲良くするにはそれなりに合理的な理由があると思ったのだ。

異世界ものでは結構獣人の国に厳しい国が多いのも気になる理由の1つである。


ソドンがそれではと、王国と獣王国の関係について話をしてくれるのだ。

仲良くする理由は主に2つあるとのことだ。


1つ目は地理的な理由とのことだ。

単純に獣王国が滅びたら王国は帝国と直接に接することになるのだ。

今は王国と帝国の間には、ウェミナ大森林と大連山が壁になっている。

王国の南には獣王国がある。

獣王国が滅びれば、次に毎年のように帝国が王国の南から戦争を仕掛けてくるようになる。


獣王国からの視点では、獣王国は毎年のように帝国と戦争をしている。

その獣王国が王国と戦争すると、帝国と王国の2方面で戦争をしないといけなくなる。

だから獣王国は王国を基本的に攻めようとしない。


長い歴史の中で王国と獣王国の仲が悪かった時代もあった。

局所的に接する地方領主同士が争ったこともあった。

しかし、仲が悪いとデメリットの方が大きいため、王国も獣王国もお互いに攻めたりはしないのだ。

攻めたために獣王国が崩壊しようものなら、帝国がやってくるからだ。


この話を聞いておっさんは、それは分っていたことであった。

地理的に政治的決断で仲良くしているのだろうくらいの想像はついたのだ。


しかし2点目は歴史的な理由があるというのだ。

王国には獣王国に負い目があるという話だ。

これは王国出身者の多い馬車の中だ。

知っておいた方がいいが言葉にするにはためらいがあるというソドンである。

構わないから教えてほしいというと、2点目も教えてくれるのだ。


王国は獣王国に負い目がある。

これは、2つのことは関連しているというのだ。

王国ができて1000年である。

獣王国も帝国と戦争をして1000年である。

両方とも1000年なのだ。

この1000年には意味があるという話だ。


1000年前の出来事について教えてくれるソドンだ。

1000年前、王国も獣王国も帝国の一部だったのだ。

なお聖教国は300年前に王国から分裂をしたのだ。


昔この大陸には帝国しかなかったとされているという話だ。

帝国は今もそうだが、昔から獣人に厳しかったのだ。

そんな圧政に苦しむ獣人の中から立ち上がった獣人がいた。

獅子の獣人でガルシオという男だったのだ。

今は獣王の家名であるが、昔は違った。

名前であり、家名ではない。

ただのガルシオだ。

獣人が貴族になれるはずもなく、家名など持てなかったのだ。

獣人は全てほぼ奴隷のような扱いであったのだ。


そんな時代に圧制と差別から立ち上がり挙兵したガルシオである。

帝国から独立し、獣人の国を作ると獣人達を呼びかけたのだ。

大陸全土からものすごい数の獣人が集まったそうだ。

しかし、圧制に苦しんで独立を目指そうとしたガルシオ達獣人を帝国は握りつぶそうとしたのだ。

軍を大挙して攻め滅ぼそうとしたのだ。

その軍の数は100万を超えるという話である。

それは獣人の数が半分に減るほどの大虐殺であったとのことだ。

それでもあきらめなかったガルシオである。

その時にガルシオが仲間達に言い続けた言葉が、獣人の中でも今でも1000年語り継がれているのだ。


『獣神リガド様は諦めないものをお認めになる!』


そうして、大陸の東のはずれの領土を勝ち取ったのだ。

たくさんの血を流し、たくさんの同胞を失って。

ガルシオ獣王国を作ったのだ。


そして獣王国が独立を勝ち取った時代の王国の話だ。

ガルシオ獣王国の上には帝国の貴族であるヴィルスセン家があった。

ガルシオ獣王国ができたときに便乗してヴィルスセン王国として独立をしたのだ。

ガルシオ獣王国の北にあったヴィルスセン家が、帝国に強い反感を持っていたからである。

独立した際に、ガルシオ獣王国が土地的に盾になることも想定しての対応だったのだ。

獣王国との闘いで、帝国もかなり疲弊いており、今しかないと判断したのだ。


王国は血を流さず独立をしたのだ。

王国はその時の負い目もあり、獣王国とは仲良くする方針であるとのことだ。

同じ時期に独立した者同士仲良くしていこうという話である。


1000年前に便乗して独立国した国はたくさんあったのだ。

しかし長く独立を維持した国は少ないのである。

大陸の中心にある帝国が、勝手に独立した、そもそも我らが帝国の領土であると主張し続けているのだ。

帝国の一部という理由の元、1つに戻すという名目で軍を送り続けてくるから、抵抗する力のない国は滅びてきた。

帝国から独立し征服される歴史がずっと続いているという話だ。

ヴィルスセン王国のように長く独立を維持した数少ない国なのだ。


この地理的な理由と歴史的な理由により王国は獣王国と仲良くしているという話だ。

獣王国が帝国と戦争をする時期には食料や資材を支援していたりするのだ。

無料ではないが、格安で物資を売っているのだ。


「こういった取り組みは、なにか王国と獣王国の間で話し合いの場のようなものがあるのですか?」


「うむ、そうであるな。定期的に外交部の大臣がお互いの国に行き来し、融通し合っているな。外交官もお互いの王都に滞在させているである」


「そうなんですね」


「あとは、王族同士も5年に1度、お互いの国に行き来するといったこともしているな。前回の王族会議で獣王国の商人であれば、王国での競りも非課税にするといったことも決まってであるぞ」


(通年の税制なんかはさすがに、国家元首同士で話し合うのか)


「へ~、国王が行き来するんですね」


「いや、さすがに国王や獣王は他国に行くことはないので、王子や王太子、獣王太子などが代表で会いに行くであるな。もちろん王族だけで話し合いにならないので大臣も引き連れていくであるぞ」


そういった前回の王族会議によって、獣王国からの商人であっても、貴重なAランク魔石を含む全ての競りの参加を認めている。

今でこそ大量に出回ったAランクの魔石であるが、王国で年間100個かそこらしか競りに出なかった5年前からずっとである。


貴重な話を聞いてお礼を言うおっさんである。

タブレットにメモして記録する。

ペルンのホテルで知ったメクラーシ公国についても道中に記録を取るのだ。


【ブログネタメモ帳】

・メクラーシ公国の民

・帝国と王国と獣王国


「お!獣王国の王都が見えてきたぞ!」


イリーナが馬車から顔を出し、獣王国の王都に気付く。

それは、いつものように高い城壁に囲まれた王都であった。

城壁に囲まれた街はいくつも見てきたおっさんである。

しかし、獣王国の歴史を聞いてから見た王都は、その城壁に意味を感じるのだ。

何から何を守ろうとしたのかという話だ。


凄い行列が獣王国の門にできている。

行列を整理する兵士にいくつかある行列のどれに並ぶのか尋ねる帯同する騎士である。

王国の紋章のある馬車は、貴族側の入り口から入れてくれるようだ。

武術大会が近いからか、王都に入ってくる馬車も多いのだろう。

長い行列が貴族側にもできている。


「すごい行列だな」


「うむ、獣王国で一番の大会だからな。参加者も観覧する人も多いのだ」


イリーナの驚きに返事をするソドンである。

大会10日前ということもあり、今が一番獣王国の王都に入ってくる人が多いとのことだ。

ペルンの街でも聞いたが3000人近い参加者もそうだが、他領からも観覧に来るとのことである。

獣王国に住むものなら一生に一度は見てみたいと思うのだというソドンだ。


貴族専用の入り口の順番が来たので、帯同する騎士が対応する。

入口で悪魔堕ち判定を受けて牢獄に連れていかれたことを懐かしく思っていたら、すぐに騎士が戻ってくる。

通っていいとのことである。

おっさんの後ろもすごい行列なので、問題ないと判断すればどんどん通すらしい。

王家の紋章のある馬車に、王家から預かった特別な許可証を携えているのである。


街を守る大きな外壁

大きな門

くぐっていく王家の馬車が3台


そこは獣人達の都であった。

多くの獣人達が大通りを行き交っている。

初めてウガルダンジョン都市に入った時にも感じたフェステルの街などとの雰囲気の違い。

食文化も違うためか、街の匂いも違って感じるおっさんである。

ペルンの街同様に1割かそこら程度の元メクラーシ公国の民もいるようだ。

この暑さ、独特のにおいが異国の街にやってきたことを五感に伝えてくれる。

おっさんも、とうとう獣王国の王都だなと思うのだ。


最初に獣王国に行こうと思ったのはウガルダンジョン都市の冒険者ギルドでパメラの話を聞いてからである。


「とうとう戻ってきたぞ」


ずっと黙っていたパメラが小さくつぶやく。

馬車の中でもつけている石膏の仮面越しに獣王国の王都を見る。

しかし、どうやら大通りを行き交う獣人達は見えていないようだ。

もっとずっと先を見ているようである。


(ここからだと見えないけど、パメラの見る先に獣王国の王城があるのかな)


パメラはその一言だけ言い、小さく拳を握りしめるのだ。



馬車は大通りを進んでいく。

パメラのつぶやきで沈黙した空気を変えるようにイリーナが話を振る。


「これからどうするのだ?」


「今から宿泊先のホテルに行って、それからでしょうかね。とりあえず、国王様の親書を渡さないといけませんしね。それから武術大会の闘技場も視察しておきたいですね」


実は国王から親書を預かってきているのだ。

マデロス宰相から帯同する騎士に持たせたものだ。

この親書は、いくつか意味を持っている。

獣王国からの魔石のお礼の親書の返事。

獣王国の宰相をわざわざおっさんの結婚式にきていただいたことへのお礼。

武術大会の参加者が獣王国の王都に着きましたという到着確認。

当然手紙1枚だけではない。

お礼の品を王家から馬車に詰めて持ってきている。


(これから、何から始めるかな。王都も回ってみたいし、武術大会の申請とかどこかにいけば分かるんだっけ?)


大通りを通る馬車である。


「たしか、この先のホテルは武術大会のある闘技場に一番近いであるな」


「そうなんですね。では親書を渡して、この後の予定が決まったら見学に行きましょうか」


道中にソドンから、王都内にあるということを知らされるのだ。

とうとう、おっさんは獣王国の王都に到着したのであった。

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