第10話 招待券

割れんばかりの歓声の広場をゆっくり後にするおっさんとイリーナである。

おっさんはまだ顔が赤いようだ。

残念ながら、この真っ白な外套はフードがついていないため、顔は隠せないようである。

恥ずかしそうにするおっさんに対して何も言わないが、自分でやっといてという顔をするクルーガー家と騎士達である。


「つ、次は社交界でしたか?」


「うむ、そうだな!」


動揺しながら話すおっさんに対してイリーナが元気よく返事をする。

やりきった感があるようだ。

なお、おっさんがイリーナとキスをするのはこれが初めてである。


今回の結婚式は3部構成であるのだ。

まずは国王、王族と貴族達を集めての婚礼の儀式。

次に街の人達を集めてのお披露目式。

最後に王国外の来賓者を招いての社交界である。

当然3部目は、王国外だけでなく、王侯貴族に、両家の親族、仲間達も全て参加するのだ。


予行演習のとおり馬車に乗り王城に戻るおっさん達である。

王城に戻り、応接室に案内される。

イリーナは2度目の衣装直しで退席する。


3度目の社交界まで、2時間ほど時間があり、夕方前に始めるということなので、おっさんの両親は仮眠をとるらしい。

老齢に朝からなので大変お疲れである。

おっさんも椅子でまったりしているとそのまま寝てしまったらしい。


ふと目が覚めるおっさんである。

すると、今度は青いドレスを着たイリーナがおっさんを見ていた。

寝顔を見られていたと思うおっさんである。

ベッドでもたまにあることである。


「起きたか?そろそろ時間らしいぞ」


「え?あ、はい」


起さず、ぎりぎりまで寝かせてくれていたようだ。

侍女に軽く髪のセットを戻されるおっさんである。

騎士達に案内されて、謁見の間とは別の大広間に案内されるようだ。


社交界は立食形式のようだ。

既に始まっていたのか、入るなりものすごい拍手を受けるおっさんとイリーナである。

若干、拍手をする女性の顔が赤いようだ。

事前の打ち合わせ通り、イリーナが手を組んでくるのでエスコートをし、前の方に進んでいく。


(獣王国や帝国からも来ているんだっけ。獣人も結構いるな。でもそれ以外の国はちょっと見た目では分かんないな。きっと服装が国によって違うから他の貴族達はわかるんだろうけどさっぱりだな)


おっさんが既に始まっていた立食形式のパーティーのようなものの前方中央にある席の前に立つのだ。


(もうロキ達は来ているのか)


ロキ達も中央の端の席を用意されており、皆既にやってきているのだ。

そうこうしているうちに両家の親族もやってくる。

皆集まったようだ。

すると司会進行役の役人と思われる人が、始まりの挨拶を述べるのだ。

挨拶の内容に合わせて頭を下げるおっさんとイリーナである。


儀式ではないのか、あまり格式ばったものではないようだ。

司会進行役も下がってゆく。

もう開始するようである。

どんどんおっさんやイリーナに話しかけてくる貴族達である。


(たしか2時間くらいいたら退席してもいいんだっけ)


代わるがわるおっさんとイリーナの側にやってくるのだ。

社交界の時間もそこまでないため、代わる代わる話しかけてくる。


「聞きましたぞ!広場で熱い口づけをしたとか。うちの妻がうらやましがっていましたぞ」


「は、はあ」


2~3時間前のことであるが、既に王城に伝わっており、その話題で持ちきりのようだ。

一言二言の会話で返すおっさんとイリーナである。

特にイリーナは、女性の王侯貴族達からものすごい質問攻めを受けているのだ。

恥ずかしくなかったのかとか、王国の英雄についてあれこれ聞かれているようだ。

聖教国の使者や帝国と思われる使者も結構いるようだ。

やんわり帝国の使者から、帝都に誘われるおっさんである。

すぐには行く予定はないが、いつの日かとやんわり断るのである。


(結構忙しいな。まあ、これも結婚式の一部と思えば頑張らないとな。ロキやセリム達にも人だかりができてるな)


人気があるのはおっさんとイリーナだけではないようだ。

これを逃がしたら、次はないかもしれないのである。

全力で集まる貴族達である。


そして、やってくるのだ。

その者は、今回の社交界の主役の情報収集のために、到着後、王都を散策したようだ。

そしたら、王都の広場でとんでもない立て看板を見てしまったようだ。

しかも、国王の王名と王印付きである。


「ここにロキ=フォン=グライゼルはいるか!!!」


だれがロキか分からなかっため、とりあえず大声で叫ぶのである。

場は静まり返るようだ。

全身筋肉ムキムキでバッキバキの男である。

2mを超える長身で犬歯が口から飛び出ている。


「ぬ?私がロキであるが、貴様は?」


結婚式にふさわしくない態度であったためか、顔から嫌悪感が溢れているロキである。


「ほう、貴様が王国最強の槍使いか。思ったより小さいではないか。我はグリフェ=ヴァン=ヴェルム。獣王武術大会で優勝せしものだ。表に出て我と立ち会え!」


狼型の獣人のグリフェ=ヴァン=ヴェルムと名乗るものが、ロキに戦いを挑むようだ。

なお、ロキは身長180cmあるのでそこまで小さくはないのである。


(ぶっ、なんかすごいのが来たぞ)


「き、きさま、我が主の結婚式と分かっての狼藉か!!!」


「ん?何だ?別に殺したりはしないぞ?怖がらせてしまったようだな」


主人の結婚式の大事な社交界を荒らされたと思って、ロキが激怒する。

ニヤリと笑い、さらに挑発するヴェルムである。


(あれ、ソドンが後ろを見て、地面に座り込んだぞ。知り合いか?)


結婚式はパメラもソドンも仲間の結婚式ということもあって最初からずっと参加しているのだ。

仮面を被っていないソドンが影に隠れるのである。

でかい図体のためそこまで、隠れ切れていない。


「ほう、面白い、よかろう」


「なるほど、逃げない勇気だけは認めてやろう」


ロキが全力で挑発に乗るようだ。

すると、キツネ型の獣人が騒ぎを聞きつけて、走ってやってくる。

奥の方でマデロス宰相が見える。


「ちょ!おま!!ヴェルム親衛隊長、騒ぎを起こさない約束ではなかったのか!!」


「おう、アステム宰相と話は終わったのか?」


「今話しているところだったのだ!」


(アステム宰相?誰だっけ?ああマデロス宰相だ。マデロス=フォン=アステムって名前だったな)


「いかがされましたか?」


状況が混とんとしてきたのでおっさんも話に参加するようだ。

会話が成立しそうなキツネ型の獣人に声を掛けるおっさんである。

マデロス宰相もこちらにやってくるようだ。


「へ?こ、これは、王国の英雄のヤマダ子爵様。お初にお目にかかります。私はガルシオ獣王国で宰相をしております、クロトル=ヴァン=セルネイと申します。本日は御結婚おめでとうございます。獣王に代わり祝いの言葉をもって参りました」


頭を下げ挨拶をする獣王国セルネイ宰相である。

最初のやり取りから聞いていた周りの貴族や他国からの賓客達がざわつきだすのだ。

国を動かす王命の執行官である宰相がわざわざやってきたのだ。

獣王国のナンバー2であるのだ。

移動が安全でも短時間でもない世界である。

王族の結婚式であっても滅多にやってくることはないのである。

マデロス宰相が、外交的に失礼がないように接待中であったのだ。


「いえいえ、わざわざお越しいただきありがとうございます」


「ほう、お前が王国の英雄か。なよなよしていて、あまり強そうではねえな。やはり王国最強の槍使いの方がましだな」


「まあ、ただの魔導士ですから。見てのとおりですよ」


笑顔でヴェルム親衛隊長の挑発を流すおっさんである。

右手でヴェルム親衛隊長に殴りかかりそうなロキを制止している。


「ふ~ん。それでセルネイ宰相よ。武術大会の参加は承諾してくれたのか?王国最強なんだろ?」


(ん?武術大会?異世界ワードが飛び出てきたぞ。ブログネタの気配がびんびん感じるで!)


「今話をしているところだったのだ。ヴェルム親衛隊長は黙っていてくれ」


「それは失礼した」


ヴェルム親衛隊長はあまり悪く思っていないようだ。

そこにやってくるマデロス宰相である。


「それですいませんが、先ほどの話はお招きいただき頂き大変うれしいのですが、また別の機会ということで」


「はあ!?今年も断んのかよ!!」


マデロス宰相は武術大会の参加を断るようだ。

全力で不満を口にするヴェルム親衛隊長である。


「何のお招きだったのですか?」


「ケイタ子爵、実はロキ男爵を武術大会に誘われましてな」


「え?断ったのですか?」


「も、もちろんだ。お前達も封土を与えられて何かと忙しいだろ?」


慌てて理由を取ってつけたかのように言うマデロス宰相である。

まだ、正式には封土を貰っていないのに、これが断る理由である。


「そうなんですね。セルネイ宰相様、これってどんな大会何ですか?」


おっさんが大会に食いついたようだ。


「な!?いや、けい」


マデロス宰相は止めようとするようだ。


「おお!さすが、王国の英雄はこういうことにご興味があると思っておりました」


しかし、セルネイ宰相がマデロス宰相の言葉に被せるように詳しく教えてくれる。

年に1回、獣王国の王都にある闘技場で開催される大会であること。

武器の持ち込みは自由で、予選と本選があること。

開催は3カ月後で今からでも参加は十分間に合うこと。

詳細を延々と語るセルネイ宰相である。

どうしても来てほしそうだ。


(なんか、びっくりするくらいに必死だな。そんなに来てほしいのか?)


「これって獣王様も見に来られるんですか?」


「もちろんです。獣王国にはいくつかの街でこのような大会を行っていますが、最も大きくそして歴史が長いのが、今回お誘いしております、王都で開催するこの獣王武術大会になります」


誇らしく語るセルネイ宰相である。


「お誘いってことは、何か招待券か何かがあるのですか?」


(この会話の感じだと、元々俺を招待しようと思っていたけど、俺が思っていた以上に武術大会にはふさわしくなさそうなんで、王国最強の槍使いと知ったロキに変更したって感じだな。っていうのがヴェルム親衛隊長の語り口からありありと伝わってくるな)


「もちろんです、こちらです」


既に準備していた1通の封書をセルネイ宰相がおっさんに渡す。

マデロス宰相は頑張ったのに止められなかったと思い、ものすごいため息をつくのだ。


「え?1通?」


おっさんは本当に1通なのか、封書を触り確認している。


「いかがされましたか?」


「これは1人の参加ということでしょうか?」


「もちろんです。この封書のまま開封せずに王都の闘技場に着いたら渡していただけたら武術大会への参加が可能です」


「はあ」


1通の封書を触りながら考え事をするおっさんである。


「いかがされましたか?ヤマダ子爵様」


たまらず、尋ねるセルネイ宰相である。


「いえ、何でもないです。言うと失礼に当たるかなと。せっかく、はるばる来ていただいたのに、それはと思いまして」


「なんだと?英雄さんよ!はっきり言おうぜ?」


たまらず、今度はヴェルム親衛隊長が口を挟むのだ。

では、と言っておっさんが話し出すのである。


「大きな大会とのことですが1人のみですか?獣王国としては、あまり参加されると上位を他国に独占されるから招待券は1通しかお渡しできないということでしょうか?」


「「「な!」」」


セルネイ宰相、ヴェルム親衛隊長、マデロス宰相も絶句する。

イリーナやロキ達も驚きを隠せないでいるのだ。

獣王国に対してかなりの挑発行為であるのだ。

おっさんはさっきまでニコニコしていたが、真顔でセルネイ宰相を正視するのだ。


「で、でしたら、何通お渡ししたらよろしいのでしょうか?招待券自体は私の権限で作成可能なので、宿泊先に戻りましたら何通でもお渡しできますが」


セルネイ宰相の口がひくついている。


「さすがは、ガルシオ獣王国。懐が深い。まだ誰というのは決まっていませんが、私の仲間は皆腕に自信がありますからね、もう1通いただけたらと思います」


2通よこせというおっさんである。

マデロス宰相は固まって動けないようである。


「もう1通ですね。分かりました。明日にでも王城に持ってまいります」


「ありがとうございます。この1通は確かに頂きました。ロキ」


「は、はい」


「武術大会への招待券のようですよ。1通はロキですね。私も見に行きますので存分に活躍してください」


「か、畏まりました」


「ヴェルム親衛隊長様」


「おう?」


「そういうわけで、ロキは大会に参加しますので、先ほど何か表に出ろといってましたが、3カ月後まで待っていただけますか?」


「もちろんだ。今から楽しみにしているぜ。お前わかってるじゃねえか」


満足げにニヤリと笑うヴェルム親衛隊長であった。

こうして、ロキの武術大会への参加が決定したのだ。

そして、ガルシオ獣王国へ行く口実も手に入れようとしているのであった。

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