第09話 結婚式
両家の挨拶をした2日後の朝である。
王城の応接室の中にいるおっさんである。
そして、
「きれいだよ、イリーナ」
「ふふ、初めて褒めてくれたな」
イリーナも結婚式のドレスを着て待機している。
「あれ?昨日もいいましたよ?」
昨日は予行演習である。
冠婚葬祭を司る部署の役人から衣装も来て説明を受けるおっさんとイリーナ。
そして、同じく説明を受けたおっさんの両親と、クルーガー家である。
おっさんの両親も、予行演習には真摯に聞いていたのだ。
ずいぶん文化の違う国なんだなと思うことにしたようだ。
これから結婚式があるので、おっさんとイリーナは待機中であるのだ。
イリーナは、純白のドレスに金の刺繍で飾られている。
薄いスカーフのようなものを頭から被っており、髪は全て後ろにおろしている。
昨日もサイズの最終チェックのために一度着て見せてくれているのだ。
「ふふ、そうであったか?でもケイタも似合っているではないか」
にやけが昨日から止まらないイリーナである。
そんな、おっさんは、今日は漆黒の外套ではないのだ。
肩当てのある真っ白な外套にこちらも金糸の刺繍が施されている。
背には、王家の紋章が刺繍されているのだ。
なんでも職人がこの日のために数か月かけたとのことである。
昨日の予行演習で、王家の紋章があるので、椅子に座っても背もたれに寄りかからないでくださいと言われたおっさんである。
準備ができたということで、騎士達が呼びに来る。
騎士達に案内され、ついて行くおっさんとイリーナである。
「ん?これは検索神様に報告しないのか?」
「え?いいのですか?」
大事なこと、初めてのことは検索神に報告していると思っているイリーナである。
1年以上おっさんのタブレットに必死にメモする様子を見てきたのだ。
両家の顔合わせの時も、昨日の予行演習のときもタブレットを出していないおっさんである。
イリーナから若干不安の顔で見られるおっさんである。
「いいも何も、これはあまり検索神様への報告に相応しくないのか?」
「いえ、当然記録しますよ。ちょっとあまりうちうちのことだったので迷っていました」
タブレットを出してメモを始めるおっさんである。
(結婚式の内容をブログに起こすのか。そんな人いたかな?まあ、イリーナも報告してほしいって言ってるしな。実体験による異世界の結婚式事情ってことだな)
【ブログネタメモ帳】
・異世界の結婚式 ~キスのタイミングは何処~
(じゃあ、これもだな)
【ブログネタメモ帳】
・異世界の両家顔合わせ ~お義父さんの威厳は何処~
昨日の予行演習ではキスのキの字も出なかったのだ。
わざわざ聞かなかったおっさんであるのだ。
そして、合わせて両家の顔合わせもブログネタにするおっさんである。
イリーナにたじたじになっていたクルーガー男爵を思い出すのだ。
そんなことを考えながらタブレットに記録をしていると、謁見の間の扉に到着する。
ここで、結婚式をするのだ。
(聖教会でするんじゃないんだな。神が2人の結婚を認めるんじゃなくて、王が認めるんだな。この辺はずいぶん違うな)
300年前まで、聖教会で結婚式を挙げていた王国である。
しかし、聖教会との聖教戦争以降、貴族や王族の結婚式は、親となる貴族家や王城でするようになったのだ。
一部の熱い信仰の貴族と平民は、聖教会で結婚式を挙げることはあるのである。
なお、謁見の間で結婚式を挙げるのは、王族、大貴族か王国の英雄のみである。
30分ほど待っていると、続いておっさんの両親とクルーガー夫妻がやってくるのだ。
純白の服ではないが、とても高級感ある服を着ているようだ。
どうやらおっさんの両親もクルーガー夫妻も緊張して黙っているようだ。
クルーガー家でこれまでに王城で式を挙げた者はいないのだ。
フェステル伯爵の館で、式を挙げてきたのである。
さらに待つこと15分ほど、粗方メモを取り形になったなと思ったところで準備が整ったということで扉が開けられるのだ。
正面には国王が立って待っている。
王族達は国王の後ろで一列に立って待っているのだ。
今日は、近衛騎士団も華やかな恰好をしている。
儀礼的で実用的ではない装備であるのだ。
そして、冠婚葬祭を司る役人たちが、国王側近くに待機している。
おっさんとイリーナの両サイドに騎士がおり、横1列でゆっくり歩いて進んでいく。
その後ろ2列目について行く両家の親たちである。
ゆっくり進んでいくと、謁見の間に参列する貴族達である。
国境を守る一部の貴族など、どうしても参加が難しい貴族以外全て集められているのだ。
以前の2回の謁見の間と違い、広い間の両側を縦3列ずつ並んでいるのだ。
どこかの貴族家の当主たちである。
そして、おっさんと共にダンジョンを攻略したクランメンバーもヘマやアヒムの彼女も呼ばれているようだ。
凄い人数である。
王侯貴族は、純白の外套に、オールバックで固めた黒髪、黒目のおっさんを見る。
そして、おっさんの両親も黒目黒髪なのだと思うのである。
今回ばかりは何も言葉を発さないようだ。
国王の前、数歩とこれまで以上に近いところで立って止まるおっさんとイリーナである。
その数歩手前で立って止まる両家の両親である。
マデロス宰相に目で合図を送る国王である。
マデロス宰相が婚礼の儀を始めるようだ。
「これより婚礼の儀を行う。彼の2人は、王国の英雄であり、今後の王国を支える英雄である。あなた方貴族達は全て、2人の婚礼の承認者である。盃を持ってまいれ」
王家の使いの侍女が2人やってくる。
1人は銀でできた大きな花瓶のようなものを持ってくる。
浅く大きい王の紋章が皿の底にある王盃を持ってくるのだ。
王のすぐそばまでやってくる。
片方の侍女が花瓶のようなものから無色透明な液体を銀の王盃に注いでいく。
液体を注いだ王盃を国王に近づける。
ゆっくり一口飲む国王である。
国王から銀の王盃を離され、ゆっくりおっさんのところにやってくる。
おっさんに渡される銀の王盃である。
飲めということである。
(ふむ、国王と間接キスか。これが、イリーナがウガルダンジョン都市で言ってたキスのことなのか。ていうか、これかなり重いな。侍女はよく持てたな)
侍女のような格好をしているが、女性の近衛騎士である。
国王も持てないので、飲ませてあげているのだ。
ゆっくり1口飲むおっさんである。
(思いっきり水だな。こういうのお酒じゃないのか)
通常はお酒である。
おっさんが3度の国王との食事会で一切お酒を飲まなかったのだ。
お酒はダメなのかと気を使った王家であるのだ。
おっさんはお酒を飲めないわけではないが進んで飲もうとしないだけである。
そして、イリーナもこれくらいの重さなら持てるが、儀礼に則って、持って飲ませてあげるおっさんである。
イリーナが一口飲んだところで、大きな拍手が起こる。
これが婚礼の儀である。
王盃を侍女の格好をした近衛騎士に渡すおっさんである。
「皆、2人の繁栄を称えよ」
国王の一言でさらに大きな拍手が起きるのだ。
騎士に連れられて、両家の両親を先頭に謁見の間から出ていくおっさんらである。
応接間に案内されるおっさんと両家の両親である。
「無事終わったな。ケイタ」
おっさんの父から話しかけられる。
「うん。でも、これから王都の広場に行くけどね」
通常はこれで終わりなのだが、続きがあるのだ。
イリーナが衣装直しということで、応接室から別室に案内される。
タブレットで今までの様子を記録すること小一時間が経過する。
するとさっきより金の刺繍の多い純白のドレスをしたイリーナがやってくる。
さらに待つこと30分、移動の準備が整ったということで、騎士に案内されるおっさんとイリーナである。
1階の王城前に真っ白な馬車に金で装飾された馬車が停まっている。
乗り込む2人である。
両家の両親は後ろの馬車に乗り込むのだ。
おっさんの仲間達も3台目、4台目の馬車に乗り分けて王都の広場に向かうのである。
王都と東西南北に走る大通りがある。
北は貴族街に繋がっており、その先に王城があるのだ。
北から中央の広場に向かうのだ。
中央の広場の北側のとおりは木材で封鎖されており、壇上になっている。
2段式の檀上になっている。
ゆっくり歩いて1段目に登るおっさんとイリーナである。
大きな歓声が上がるのだ。
定刻通りである。
広い中央の広場に溢れんばかりの人である。
壇上1段目に遅れて上がってくる、両家の両親と仲間達である。
おっさんの両親も驚愕の目でこの光景を見ている。
なぜこんなに人が集まっているのだと思っているようだ。
歓声がさらに大きくなってくる。
ダンジョンコアが持ってこられるのである。
2段目のところに運ばれるダンジョンコアである。
お昼過ぎであるが、十分な輝きだ。
ダンジョンコアを背にする新郎と新婦である。
両手で手を振るおっさんと片手で手を振るイリーナである。
新たに誕生した英雄に対して割れんばかりの歓声と手を振り返す街の人達である。
「ふむ」
「どうしたんですか?イリーナ」
唐突にイリーナがおっさんに話しかけるのだ。
「では、キスをするぞ」
「え?ここでするんですか?」
「もちろんだ。そういう決まりなのだ」
広場を見るおっさんである。
万を超えるすごい人数である。
ダンジョン前の広間を超える人数だ。
おっさんに正面に相対し、目をつぶるイリーナである。
(やはり、本当にキスをするのか。場面的にかなり恥ずかしんだけど、決まりだし仕方ないな)
元々、近い距離で2人は立っていたが、さらに近づくおっさんである。
付き添いの騎士が、イリーナが目をつぶり、おっさんが近づいていくので何事だという顔をする。
クルーガー家も同じである。
おっさんの両親はなんとなく分かったようだ。
おっさんの仲間もウガルダンジョン都市で聞いていたので、なんとなく分かったようだ。
コルネが顔を真っ赤にしている。
パメラが本当にするんだなと仮面越しに見ている。
さらに近づくおっさんである。
予定にないことであるが、何をするのか分からないが、騎士達も見守るようだ。
さらに近づき、ベールを取り、イリーナにゆっくりキスをするおっさんである。
イリーナには抱きしめられ、抱きしめ返すおっさんである。
顔が真っ赤である。
広場の歓声が一瞬で止まる。
騎士達もクルーガー家も時が止まったかのように固まるようだ。
完全に凍り付いた広場である。
(超ハズイ。そろそろいいかな。ってイリーナが抱きしめて離さないぞ)
イリーナが抱きしめているため1分近くキスを続けるおっさんとイリーナである。
こんな風習も決まりもないため、完全に沈黙する広間の人達である。
ようやくイリーナが手を離し開放したので、1歩下がるおっさんである。
すると、ようやく時間が動き始めたようだ。
割れんばかりの歓声というか悲鳴のようなものが広場を満たした。
大っぴらに、公然でキスをする文化のない王国である。
公然ではハグもしないのだ。
特に若い女性の反応がすさまじいことになっている。
衝撃映像を見たのか、感情のすべてを口から吐き出しているようだ。
騒然とする広間である。
おっさんとイリーナは再度手を振り続けるとさらに歓声は大きくなるのだ。
王国の英雄が、壇上に自らの功績であるダンジョンコアを掲げさせ、広場に人を集めた。
そして自分の妻に対して、愛を証明するために皆の前でキスをしたと思われたようだ。
それは、長々と熱い口づけであったのだ。
衝撃が王都に走ったのだ。
歓声は一向に落ち着きそうにないのだ。
その後、英雄であるおっさんに真似て、結婚時にキスをする新郎新婦が続出したという。
最初は王都で、それが王国に広がり、他国でも行われるようになったという。
異世界ものはたくさんある。
マヨネーズを異世界に持ってきた転生者。
リバーシを異世界に持ってきた転移者。
しかし、結婚時のキスを異世界に持ってきたものはおっさんぐらいであろう。
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