第11話 告白
社交界はその後つつがなく終わったのだ。
武術大会の話で時間を随分つかってしまったので、わざわざ社交界に来ていただいた方々に悪いなと思ったおっさんとイリーナである。
結局4時間近く社交界に参加したのであった。
両家の両親は長丁場になったので早めに馬車で帰ったのであった。
クルーガー男爵は、ガルシオ獣国とのやり取りを見ていたようだ。
2mを超える獣王国の親衛隊長や宰相と交渉する様を見ていて、覇気がないと言ってすまないと改めて言われたおっさんである。
ゼルメア侯爵の館に戻るおっさんら一行である。
執事から結婚式で使用した服があるのでと、今まで貸し与えられていた部屋とは別の部屋を案内されるのだ。
また明日と、玄関で解散するおっさんらである。
そういうものかと執事の後をついて行くおっさんとイリーナである。
部屋を案内すると、頭を下げ、出ていく執事であったのだ。
「それで2通も招待券を貰ってどうするのだ?」
誰もいなくなったので、社交界の出来事についておっさんの真意を聞くイリーナである。
「え、そ、そうですね。やはりパメラも参加させようかなと思いました。獣王も来るみたいなので。まあ、どのような大会なのか、これからの検討次第ですね」
「では、ロキとパメラが武術大会に参加というわけだな」
「一応そのつもりです。明日にでも、皆で集まって今後について話がしたいですね」
「そうだな。それにしても、普段と別の部屋だな。何か気を使わせてしまったな」
「そ、そうですね」
(なんかすごい雰囲気のある部屋だな)
若干落ち着かずに話すおっさんである。
そこは、今まで来たことのない建物の中で隅の端の部屋であった。
風呂付である。
「それにしても長かったな」
そう言って抱きしめてくるイリーナである。
「え?そ、そうですね。長い結婚式でしたね。お疲れさまでした」
「違うのだ。まさか本当に結婚するまで手を出さないとは思ってもいなかったぞってことだ」
そういって見つめるイリーナである。
「そ、えっと」
「これで気兼ねなくできるな?」
「お、お手やわらかにお願いします」
「ふふ、任せておけ」
こうしておっさんとイリーナの結婚式は無事に終わったのであった。
昼前に目が覚めるおっさんである。
昨日はずいぶん遅くまで起きていたおっさんとイリーナである。
誰も起こしに来ないようだ。
(朝チュンか。鳥は鳴いてないけど)
横でイリーナが寝ていることに気付くおっさんである。
風邪をひかないように毛布を掛けてあげるのだ。
(そっか、俺もとうとう結婚できたんだな。土地もくれるみたいだし頑張んないとな。何から始めようかな)
過去にないほどのやる気が満ちているようだ。
(そういえば、結婚したんだし、イリーナの名前って変わってるのかな)
タブレットでイリーナの名前を確認する。
NAME:イリーナ=ヤマダ
Lv:38
AGE:21
(お、誰がこのデータを更新しているのか分かんないけど、名前しっかり変わってるな。何か日系2世っぽい名前になってるな)
名前が無事に変わって喜んでいるようだ。
(お?21歳になってる。昨日が新年1日目だからか。たしか、こっちの世界って数え年なんだっけ?じゃあ皆1歳年を取ったってことか。俺も異世界では36歳か)
ついでに自分の年齢も確認してみるおっさんである。
NAME:ケイタ=フォン=ヤマダ
Lv:38
AGE:35
RANK:A(・)
「え?なんで?35歳のままだ」
あまりの驚きに思わず声が出るようだ。
タブレットを凝視するおっさんである。
(え?俺だけ数え年じゃなくて、誕生日で年を取るってこと?それでも俺こっちの世界で1年くらいいたような気がするけど。こっちの世界って1週間6日、1カ月30日、1年360日だよね。なんで?)
おっさんはなぜ年を取らなかったのか、考え始めるのだ。
おっさんはゴブリンの巣を攻めた日から400日ほど経過しているのだ。
なお、現実世界では誕生日をまだ迎えておらず35歳のままである。
(こっちの世界にどれだけいても年を取らないってこと?現実世界じゃないと年をとらないってこと?俺はこの世界の住人として生きていくことはできないってこと?この世界にとって俺はただの異物なのか?)
自らに問うネガティブな思考がどんどん流れてくる。
ただ、検索神に送り込まれただけの存在のように感じるおっさんである。
そして、真っ白になるおっさんである。
何か、イリーナと築いていく大切な未来像のようなものが壊れるような気がしているようだ。
「ん?どうしたのだ?もう起きたのか」
「え?」
少し気恥ずかしそうに起きるイリーナである。
「ケイタ大丈夫か?なんで泣いているんだ?どうしたんだ!」
おっさんは気付かず泣いてしまっていたようである。
「いや、えっと、これは」
(どうしよう。今全てを話すのか?なぜこのタイミングなのだろうか。もっと早く言えば、こんな引き返せない状況にならずに済んだかもしれないのにな。貴族になって、土地も貰って、結婚して、イリーナの初めても貰ってしまったのに)
浅はかだった自分を悔いているようだ。
また考え込んでしまっている。
イリーナはじっと見つめている。
「ケイタ。私は言えないことは、無理して聞かないぞ?ただ、困っていることがあるなら、一緒に考えるぞ?」
そう言われるおっさんである。
イリーナに言われ、なぜ今まで言わなかったのだろうとすら思えてしまったようだ。
「はい、実は少し長くなる話なのですが」
自分だけ年を取っていないことから話を始めるのだ。
そして、ずっと黙っていたことを告白するおっさんである。
異世界に来てしまったこと。
世界をたまに行き来していること。
むこうの世界では魔法を使えない凡人であること。
異世界に来た契機から話すので、長い話になるのだ。
だまっておっさんの話を聞くイリーナである。
おっさんが一通り話をし終わったので、一番気になる単語を口にするのだ。
「凡人?ケイタは凡人なのか?」
「凡人です。私からタブレットも魔力もなくなった感じです」
そういえば、自分の魔力や力について語るとき、『神に力を与えられし』という枕詞をよく言っていたなと思うイリーナである。
「ふふっ」
「え?」
「いや、なんとなくケイタが顔を隠して自信がなかったり、こんなにもてはやされているのに、ずいぶん謙虚だなと思っていたが、その訳がようやく知れて嬉しくなってな」
これまでのおっさんの言動に納得がいったようだ。
1年もかかったぞと付け足すイリーナである。
「当然です。私の力ではないのです。神の力ですから」
あくまでも借り物の力であることを強調するおっさんである。
「ん?力が与えられたものであっても、スラムを救ったり、オーガから街を守ったり、セリムに道を示したり、ダンジョンを攻略しようとしたのはお前の意思ではないのか?そしてこれから獣王国にいくのは検索神様が行けと言ったから行くのか?違うのだろう」
「え、そうだけど、って」
イリーナがおっさんを抱きしめてくる。
「では、昨晩あんなに私を求めたのは神の力を与えられたからか?」
「そ、それは」
どちらかというと求められた気がするおっさんである。
「良いではないか。ケイタの方が年を取るのがゆっくりということなのであろう。神への報告に、元居た世界に戻るのだからな」
いつか同じ年になりそうだなと付け足すイリーナである。
「たしかに。ただ、もしかしたら年も取らない存在ですから、子供もできないかもしれません」
「そうだな、その時は養子を貰うとしよう」
何も問題ないというイリーナである。
「ありがとう」
何か救われたような気がするおっさんである。
「それで、私もそっちの世界に行けるのか?お前の生まれ育った世界に行ってみたいぞ?」
「え?そうですね。また神への報告により徳を貯める必要がありますが、現実世界にお誘いすることができます。ずっと向うの世界にいることはできませんが、7日間だけです」
ポイントを徳という表現に置き換えるおっさんである。
「本当か!今度是非連れて行ってくれ」
「はい、ご招待します」
(そっか、だからか。両親を結婚式のために連れてきたいと思ったけど、イリーナを1k8畳の部屋に連れていきたいと思っていたかなと思っていたんだよね。そっか、こういうことなのか)
検索神に結果を先回りされていたなと思うおっさんである。
なんか気持ちがどんどん軽くなっていくのを感じる。
しかし、抱き着くイリーナの締め付けがきつくなるようだ。
「しかしだ!」
「え?」
「これまで大事なことを黙っていたのだ。けしからん、非常にけしからんぞ。ふむ、これはお仕置きが必要だな」
ニヤリと笑みを浮かべるイリーナである。
「な、ちょ、もうすぐ昼間なんですけど」
「構うものか」
再びイリーナに食べられるおっさんであった。
その後の話で、皆に話すのは折を見てということになったのだ。
イリーナと行動を共にして1年経つが、おっさんはこれまで以上にイリーナを近く感じるようになったようだ。
その日は、結局イリーナと1日、2人で過ごしたのであった。
夕方執事から部屋にノックがなる。
ゼルメア侯爵に呼ばれたという話である。
なんでも明日の午前中に封土の正式な授与式が王城であるとのことだ。
そして、封土について、フェステル伯爵も交えて話がしたいとのことである。
・・・・・・・・・
ここは、王都の貴族街にある建物の一室である。
どうやら他国の外交官に貸し与えられた建物のようだ。
1人のキツネ型の獣人が、建物の一室にいる。
誰もいないところで1人、片膝をついて、怪しい置物に祈りを捧げているようだ。
薄暗いその部屋で、髑髏でできたその怪しい置物の目がなぜか光っているのだ。
「それで、どうであったのだ?魔導士ケイタは武術大会への誘いには乗ったのか?」
話をするたび、目が点滅する髑髏の置物である。
どこか高圧的な声である。
そして、どこか人の心を不安にさせる不気味な声であるのだ。
「は、はい。本人は大会に参加しないようですが、仲間が参加するようです」
「何?吾輩は魔導士ケイタを武術大会に誘えと言ったのだぞ。話が違うのでは無いのか?吾輩の指示が聞けなかったのか?」
「な!?そういうわけではありません。ヤマダ子爵は魔導士ということもあり、武術大会には向いていないようでしたので」
髑髏の置物が話す声色がきつくなったことを感じるキツネ型の獣人である。
焦って弁解するのである。
「ふむ、まあ良い。まあ仲間など見てもしょうがないのだがな。魔導士ケイタが来るならよかろうではないか。魔導士ケイタがくるのであるならな」
どうやらねぎらいの言葉はないようだ。
おっさんが確実に来るか念を押す髑髏の置物である。
「は!魔導士ケイタも大変興味を持っていました。間違いなく武術大会には来るかと」
「ん?なんだと?もう一度言ってくれ。興味が何だって?」
「え、えっと、魔導士ケイタは武術大会に興味を持っていた?」
なぜ聞き返されたか分からなかったため、疑問系で答えるキツネ耳の獣人である。
「興味を持っただと?武術大会に興味を持っただと?そういっているのか?」
「は、はい」
「ふはははは。そうか!魔導士ケイタは武術大会に興味がある。関心があると。はははははっ」
「え?」
なぜ笑い出したのか分からないキツネ耳の獣人のようだ。
「そうか、でかしたぞ。また折を見て指示をだす。しっかり頼むぞ?」
「は!」
会話はここまでのようだ。
髑髏の目から光りが消える。
薄暗い部屋の中で、おびえたように祈る1人のキツネ耳の獣人がそこにはいたのであった。
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