第44話 海
パン屋の娘ヘマが拠点メンバーに加わった翌日のダンジョンへの攻略の日である。
前日は、新たに加入したヘマの歓迎会だった。
ヘマ父の猛プッシュもあり、多少後ろめたさのあるヘマであったが、しっかりとした歓迎会を開いてもらい喜んでいたのである。
チェプトと相談し、ヘマの給金は侍女と同じになったのだ。
パン作りの期待はとても大きいのである。
「さて、ではいきましょうか」
おっさん号令と共に、皆立ち上がり、出掛ける準備を始めるのだ。
イグニルとヘマが別れを惜しんでいるようだ。
ダンジョン広場につくと、最下層更新のクランということもあって、見られる視線も増えてきたように感じる。
特におっさんの外套は漆黒で分かりやすくて目立つのだ。
魔力の回復に厳しい環境もあり、あまりダンジョンに行く魔法使いは少ないためである。
2日前に冒険者ギルドが、最下層の更新が60階になった旨の発表をしたのだ。
ダンジョン広場にも当然立て看板がおかれ、クランリーダーとクラン名の公表がされているのである。
目線には反応せず、ワープゲートを目指すおっさんらである。
「では、予定通り、60階ボスを倒してから、61階を目指しましょう」
最下層を目指しているが、倒せる敵は倒していくという方針である。
理由として全員レベル40台になって、スキルレベル4もしたいのだ。
しゃべる鎧にかなり苦戦したおっさんにとって、ダンジョンコアの番人の強さが未知数であることも理由の1つである。
Lvは、アヒム以外はLv34で、アヒムのみLv33である。
ワープゲートを抜け60階に到達するおっさんら一行である。
Aランクモンスター4匹を、おっさんが2匹倒し、残り2体を皆で倒すのだ。
苦戦することなく倒すおっさんら一行である。
既にセリムが吸収したモンスターであったため、台車に魔石を載せ61階を目指すのだ。
そこは、一面の海である。
地平線がないため、水平なのだろうと思うおっさんである。
「では、上から見てみましょう」
土壁で上空から、確認するおっさんとコルネである。
当然おっさんは何も見えないのである。
「あっちに何か浮かんでます」
コルネが指差すのだ。
方角を失わないように土魔法で幅40mほどの陸地をまっすぐ作るおっさんである。
「ありがとうございます。何か陸地か島かわかりませんが、そこに行ってみましょう」
「これは、我々以外だとどうやって攻略するのであるか」
「そうですね。なかなか難しいかもしれませんね。しかし、魔法を使えるものが何人何十人もいれば、どうにかなるかもしれませんよ」
「複数の魔法使いでケイタ殿と同じことをするということであるか?」
「はい、土以外にも水なので、たくさんの魔法使いの氷魔法で凍らせることもできますね」
ダンジョン攻略の方法は1つではないと説くおっさんである。
おっさんは取得していないが、氷魔法や雷魔法もあるのだ。
「そうか、なるほど」
「セリム、ここのモンスターは水中から攻めてくる可能性が高いです。土壁の両サイドにモンスターを並べてください」
「わかった。おとりだな」
セリムも召喚術の扱いに随分なれたようである。
進むこと1時間ほど経過する。
まだ、コルネが見た何かにはたどり着かないのである。
「右だ!」
右側注意担当のイリーナが敵を発見したようだ。
一行に緊張が走る。
水中から2mくらいせり出した背びれが見えるのだ。
「インフェルノフレア」
直撃をするモンスターである。
水も一気に沸騰する。
どうやら1発で死んだようだ。
15mのサイズのサメのようなものが浮いてくる。
すると、タブレットに2点の反応があるのだ。
タブレットは一度倒したモンスターじゃないと反応しないのだ。
おっさんは複数体やってくることを想定してタブレットを見ていたのだ。
「あと2体います。左から2体!」
出てくる土壁目指して迫ってくる2つの背びれである。
「インフェルノフレア」
「インフェルノフレア」
接戦する前に火魔法で倒すおっさんである。
「やりましたな。また面妖な形であるな」
「はい、手足もありますね。陸上に上がることも可能なようです。どうも3体で襲ってきました。最大3体で襲ってきますので、注意が必要ですね」
56階以降Aランクモンスターは2体のみではなく、1体の時もあったのだ。
どうやら1度に出てくる最大数が階層を重なると増えていくと分析するおっさんである。
(ふむ、必ず同数がいるより、何体出るか分からないほうが難度高いな)
「海中だと某もあまりすることがありませぬな」
「たしかに、基本的に私が海中で倒しますが、同時に左右から攻められると上陸される可能性が高いです。槍などで距離を保ちながら倒していきましょう」
「「「はい」」」
「それから、すいません。沈んだら諦めようかと思いましたが、一体だけ魔石を回収しましょう」
「む、どうするのだ?結構先であのように浮いているぞ」
「はい、考えがありますので、少々お待ちを」
おっさんはなるべくセリムに魔石を吸収させたいのだ。
土魔法の土壁の範囲を遠くで浮いているサメまで広げていく。
サメを海から分離し、土壁のプールに浮いた状態にするのだ。
土魔法は、人やモンスターがいるとその場所には土壁を作れないのだ。
水や空気のある場所には普通に土壁を作れるのである。
「風魔法で水を飛ばします、エアプレッシャー」
水に当たった風魔法が爆音と水しぶきを上げる。
どんどん海面近くに作ったサメを入れたプールから水が減っていく。
もう10cmもないくらいまで水が減ったようだ。
「すいません、まだ水が残ってますが、この中に入って解体をしましょう」
「「「はい」」」
おっさんが作った土壁のプールに入って、魔石のみを回収するのだ。
回収し、セリムに吸収させる。
「なんか、ここまでして回収した方が良かったのか、いや、魔石をくれてありがたいんだけど」
「もちろんです、今まで水中モンスターの魔石は1つも吸収していません。今回のように水中の敵と戦わないといけないときもあります。召喚士とはあらゆる場面に想定して、召喚獣を選ぶことが、戦いのコツだと思いますので」
魔石も回収したので、またコルネの言う水上に浮かぶ何かに向かって進むおっさんらである。
さらに歩くこと4時間が過ぎる。
その間に何度かサメ型のモンスターに襲われたが、火魔法で倒してきたのだ。
「陸があるな」
イリーナが声を出す。
5時間ほど歩くと海面より少し高い程度の陸があったのだ。
「なるほど、水中に下の出口があると、下の階層に漏れてしまいますからね。ああいった陸に下への入り口があるのではないでしょうか?上陸してみましょう」
「「「はい」」」
さらに前進し、上陸してみる。
「宝箱が中央に1つありますね。開けてみましょう」
海面から数センチしかでていない陸には1つの宝箱があったのだ。
中には弓が1つ入っていた。
今の弓より良いとコルネが言う。
今回手に入れた弓を使い、今使っている弓を予備として台車に載せることにしたのだ。
「次はいかがされますか?」
「そうですね。恐らく、この階層はこういった陸がいくつかあって、その中のどれかに下に行く出口があるのではないでしょうか。他の陸がないかまた探してみましょう」
「「「はい」」」
コルネとおっさんがまた、土壁で高台を作って、上から陸がないか探す。
「2つあります。あっちとあっちです」
(180度反対か、間違えると引き返さないといけないか。これは、無数の陸があって、この階層はとても広いんだろうな。かなり広い階層に陸が点在し出口のある正解を1つ1つ探すってことか)
「では、あっちの陸に行ってみましょう」
(これはもしかして攻略に時間のかかる階層なのか)
おっさんら一行はコルネが指し示す片方に向かって前進するのであった。
それから5時間ほど経過し、次に上陸した陸も出口はなかった。
おっさんは、今日はここまでで休もうと指示を出すのだ。
陸地を土魔法で広くし、垂直の土壁を作成し、安全を確保するのだ。
おっさんはセリムの物語を読んでいる。
おっさんがセリムに物語を作るように指示をして1か月ほど過ぎた。
最初はメモ書き程度で記憶を整理していたセリムもようやく形になってきたのだ。
まだウガル家にいた時期の部分だけである。
3日間の休みに読む暇がなかったため、持ってきたのだ。
セリムも羊皮紙とペンは台車に載せているのだ。
こういう休憩中にも何か話が思いつけば、書けるようにするためだ。
「ちょっと12歳くらいの時の、従者の話が長いですね。10歳くらいの子供が読むのでもう少し短くした方がいいです」
「そ、そうか」
(従者から聞こえるように陰口言われたことが羊皮紙3枚に渡っている件について)
「それに、この従者の方は本名ですか?」
「ん?そうだけど」
「この物語はもしかしたら数百年先まで残るかもしれません。初めて現れた召喚士の話ですからね。さすがに従者の子孫がかわいそうになるかもしれませんよ」
「そ、そうだな。別の名前にするよ」
「それとできれば、あまり幼くなくてもいいので、5歳から10歳くらいの話をもう少し入れたほうがいいですね」
「そっか、10歳くらいが読むからな。10歳になる前の話も書かないとな」
セリムはむこうにいって、羊皮紙にメモ書きをはじめる。
ソドンがそれを見ておっさんに近づき横に座る。
おっさんは階層前の休憩で皆と話をし、相談にも乗るのだ。
当然タブレットで調べ物をしていることも多いのだ。
皆話をしないときは、おっさん横の場所を開けるようにしている。
「ずいぶんセリム殿も元気になられたようであるな。移動中は召喚術、休憩や拠点では物語を書いて忙しそうであるな」
ソドンに話しかけられるおっさんである。
「そうですね。召喚術はもちろん、思った以上に前向きに物語を書いてくれて助かってます」
「召喚士を世に知らしめたいこともあるかもしれないが、そのための物語であるのだろう。憎しみでセリム殿の将来を曇らせないようにしたいのではないのか?」
ソドンにはおっさんが、物語を通して何がしたいか、どうしてほしいのか分かっていたようだ。
「そうですね。ウガル家の家宰は今でもセリムのことをお坊ちゃまと呼んでました。確かに大変な人生だったでしょうが、全てが恨むべき敵だったのか、人生の全てが恨むべき対象だったのかよく見つめてほしいのです。セリムにはこれからがあるのです」
(いつから剣を習っていたのか知らないけど。12歳からの話の内容が多いのは、自分の才能に思い知らされたのが12歳頃なんだろうな)
真剣に物語をメモするセリムを見ながら話すおっさんとソドンであった。
10日進んだが、63階層までしか行けなかったのだ。
帰りは、タブレットを元に出口から上の階層の入り口まで直進に土壁を作成し戻るので3日で戻れたのだ。
成果としては、セリムの召喚術のスキルレベルが2に上がった。
サメ型のほかに、魚型と海竜型の魔石をセリムに吸収させた。
持って帰れた魔石は60階層ボス2回分の8個のみだった。
陸には出口がなくても宝箱がたまにあり、15個の宝箱を手に入れたのだ。
これで在庫のAランクの魔石は83個である。
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