第43話 パン屋

60階層達成した3日目のことである。

13人全員そろって拠点で朝の朝食をとっているのだ。

前回は12日もダンジョンに籠っていたため、3日休みを入れたのだ。

ダンジョンに入る日数によって休みは増やしていく方針なのだ。


1日目は、資料室でダンジョンについて調べていたのだ。

内容はダンジョンの階層についてだ。

なお、魔石の競りは出していないのだ。

在庫75個のAランクの魔石はそのままである。


2日目は、50階から60階のダンジョン講習会だ。

今回からAランククランのリーダーが2名参加したのだ。

前回の講習会はBランククランの講習なのでプライドが許さなかったようである。

しかし、最下層の更新ということもあり、参加を判断したようだ。

講習会では、隠し部屋についての情報を伏せたのだ。

しゃべる鎧について説明がつかないことが理由だ。


今日は3日目である。

朝食を取りながら1日目に冒険者ギルドで調べたことを話すおっさんである。


「しかし、他のダンジョンは30階から50階くらいまでが普通のようですね。王国に未踏のダンジョンは全て50階以上のようですね」


王国未踏のダンジョンはウガルダンジョンを含めて3つあるのだ。


「うむ、そうであるな。今王国で判明している一番深いダンジョンは66階らしいぞ。頑張れば、ダンジョンコアが次の70階までの間に見つかるかもしれぬな」


(やっぱり6階からモンスターの数が多くなって断念するのかな。ウガルダンジョンも56階の記録が最高って言われてたな)


おっさんは60階も抜けてきたのでそろそろ、このダンジョンは何階まであるのか他のダンジョン情報によって推察しようとしたのだ。

イリーナ、ロキ、コルネも一緒に調べたのだ。


「そうですね。ただ、ダンジョンにはダンジョンコアの前に最後のボスモンスターがいるのが一般的みたいですね。どのダンジョンの最後のボスモンスターも他の階層ボスに比べても、とても強いらしいですね。たしか『ダンジョンコアの番人』と呼ばれていると資料には書かれていました」


【ブログネタメモ帳】

・ダンジョンコアと番人


「ダンジョンコアの番人は、これだけ深いダンジョンです。Sランクモンスターがいることも覚悟しておかないといけませんね」


(Aランクより強いっつったらSランクしかないしな)


ロキも調べた情報を皆に共有させるのだ。

なぜ昨日話していないかというと、何人かがいなくて話せなかったのだ。

3日や4日の連続休暇にすると全員揃わない日も多いのだ。

特にアヒム当たりが繁華街に繰り出して帰ってこないのである

ダンジョンではどうしても団体行動のため、四六時中、そして10日以上一緒にいる。

休みの日は各自好きなことをすることを強く推奨しているのである。


「まじか、またあのしゃべる鎧みたいのがいるのか」


(セリムはもう復活したかな。そういえば、ウガル家はあれから何も言ってこないな。60階に到達したし、さすがに諦めたかな)




「今日は、自分の件で時間を取ってしまいまして、本当にすいません」


一通りダンジョンの話が終わると、イグニルがおっさんに謝罪するのだ。

今日は休みの3日目だが、イグニルがおっさんに彼女を会わせたいというので、会うことにしたのだ。


「いえいえ、40階層抜けたころ、彼女を会わせたいと言ってましたよね。時間を作らずすいません」


(今までそういう場面を経験していないんだが、どういう顔で会えばいいんだろうね。これも配下をもつということなのだろうか)



「2の刻に来るということなので、少々お待ちください」


(朝9時にくるのか。皆行動早いな)


異世界の朝は早いのだ。

異世界では朝6時前に開始するものが多いのだが、おっさんは、異世界に来ても8時頃朝食を食べて、行動を開始するのだ。

ダンジョンに向かうのも9時頃である。


おっさんは、私室に戻りタブレットをいじりながらしばらく待つと、侍女のメイがノックを鳴らす。

いらっしゃったので、1階にきてほしいとのことである。

1階は部屋がいくつかあるのだが、朝食を食べるところは広すぎるので、もう少し狭い客室を使う。


客室に入ると、1人の小太りなおじさんが寄ってくる。


「こ、これはこれはヤマダ男爵様、お時間いただいて申し訳ございません」


(これが、イグニルの彼女か…)


「も、もうお父さん…」


(当然こっちか)


小太りのおじさんの横に20歳かそこらの女性がいる。

どうやらイグニルの彼女はこっちのようだ。

自分の父がぐいぐいといくので引いているのだ。


「ケイタ=フォン=ヤマダと申します。いえいえ、わざわざ来ていただいてありがとうございます。どうぞおかけください」


立って待っていた2人をソファーに座らせる。

侍女のメイがお茶を置いていく。


「改めて娘のためにお時間いただきありがとうございます。私はとおりのパン屋を営んでおります、モルソンと申します。こちらが娘のヘマです」


仰々しく挨拶されるおっさんである。

拠点の細道から大通りに入ってすぐのパン屋である。

ほとんどダンジョンと冒険者ギルドの往復のおっさんであるが、大通りに出てすぐのところにあるパン屋なので、入ったこともある上に、父娘2人ともに顔を知っているのだ。

朝食や夕食で店のパンが出ることも多いのだ。


「いえいえ、お店にも行かせていただいたことがありますが、とてもおいしいパンが豊富にありますよね。私はあのメクの実を使ったパンが香りもいいし、何より触感がサクサクしてて病みつきなんですよ。うちの侍女にも教えてほしいほどです」


何を話したらいいか分からないおっさんは全力でパン屋を褒める。

パンネタ一本でこの場を押し切るようだ。

メクの実とは異世界で取れる良く分からないナッツである。


「そ、それは本当ですか!?」


(へ?なんだ?)


パン屋の父が尋常でない反応をする。

せっかく座っていたパン屋の父が全力で立ち上がる。

顔は笑顔で満ちている。

おっさんの社交辞令にとても喜んでいるようだ。


「も、もちろんですよ。でもまあ、お店の秘伝の味もあるようでしょう。無理にとはいいませんけど」


「何をおっしゃいますか、ヤマダ男爵様。ヘマ、ヤマダ男爵様もそうおっしゃっている。家でパンを焼いてあげなさい」


この家にもパンを焼くかまどはあるのだ。

ただ、拠点も大きく、人数も増えてきて、侍女もセリム母もパンを焼く余裕はないのである。

アリッサがダンジョンに入っているのも余裕がない理由の1つである。

だから、パン屋にいってパンを買っていたのだ。

お使いを頼まれたイグニルがパン屋の看板娘ヘマに出会ったともいえるのだ。


「はい、お父さん」


「え?家に来られるんですか?」


「もちろんでございます。私がきっちり教え込んでおりますので、同じ味が出せます。料理も全般にできますし、掃除も身の回りのお世話もさせていただきます」


(ん?どういう状況だ?ぐいぐい来るな)


一緒に住まわせたかったのかと、イグニルを見るおっさん。

イグニルもなぜ彼女を家に招いて自分の主に紹介しただけなのに、こうなったという顔をしている。

これは冒険者のことをよくわかってない、おっさんとイグニルと世間との常識のズレが招いたことなのである。


イグニルは60階踏破の話を拠点に戻った2日前にパン屋の娘ヘマにしたのである。

パン屋の父モルソンは、ヘマの彼氏は、貴族の従者でダンジョンに行っている男という認識であったのだ。

2日前、娘から60階踏破の話を聞いたモルソンは、何かの冗談だと思っていたのだ。

しかし、1日前の昨日には60階層達成の情報がダンジョン広場に掲示される。

冒険者広場にも近いので、お客である冒険者からも60階層達成の話がでる。

むしろ60階層達成の話しか出ないのである。

この時自分の娘の相手がどれくらいの大物か知るのだ。

娘1人で挨拶にいって失敗に終わるわけにはいかないのである。

逃がした魚は大きすぎるのだ。


イグニルは若くしてBランク冒険者な上に、60階踏破した英雄であり、貴族の従者であるのだ。

イグニルの立場であるなら、結婚相手は引く手あまたなのである。


20万人いるウガルダンジョン都市において、冒険者(兼業含む)は約3万人である。

Aランク冒険者は5人(Aランククランも5組)

Bランク冒険者は約300人

Cランク冒険者は2割

Dランク冒険者は7割

Eランク冒険者は1割


また、貴族が結婚するのはAランクを望めるBランク冒険者が多いのだ。

Aランクだと見つけるのも大変であるし、既に相手がいることがほとんどである。

もしくは結婚に興味はないかである。

Aランクも望めると聞いて、フェステル子爵もイリーナとおっさんの結婚を考えたのだ。

セリム母は20歳と若くしてBランク冒険者になれた斥候の男と結婚したのだ。


イグニルの相手は町娘だけではなく貴族も視野に入るのだ。


「えっと、私としては特に断る理由はありません。ヘマさんに問題がなく、パン屋にも問題がなければですが」


パン屋は現在準備中の看板を置いて父娘やってきているのだ。

パンどころではないのだ。


(急な話だが、まあ、別に断る理由はないか。国王との約束まであと8か月あるしな。何階層までダンジョンがあるか知らんが、拠点の料理が充実するのはいいことだな。庭にピザ窯でも作るかな。あとで給金のことでチェプトに相談するか)


「もちろんです!ふつつかな娘ですがよろしくお願いします」


上機嫌で頭を下げるパン屋の父であった。

これで既成事実に一歩近づいたのだ。


「部屋も余ってますし、好きな部屋を使ってください」


(とりあえず当面は召喚術とかの話は拠点で控えるか。そのうちオープンにする話だけど)


「そ、そんなイグニルの部屋にお邪魔しますので大丈夫です」


というヘマである。


(ん?なんだ同棲か?お父さんそんなのは認めないぞ!というのは冗談でと)


「そうですか、詳しい話はイグニルに聞いてください」


固まっているイグニルに丸投げするおっさんである。

このあと、もう少し会話を交わし、イグニル彼女の挨拶は終わったのであった。


パン屋の娘ヘマはもちろん、おっさんの侍女とはならない。

イグニルの彼女で、住み込みでおっさんの拠点で働いているだけという関係であるのだ。

侍女とセリム母にも大変喜ばれたのだ。

新戦力として拠点の住人に加わったパン屋の娘であった。

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