第14話 同室

おっさんは宿屋でイリーナと同室になる。

部屋に入る前に皆で食べた夕食の味が分からなかったようだ。


部屋に入る2人。

もう日が暮れているので、魔道具が薄暗く雰囲気をかもしだしている。

部屋の隅には2人用の大きな1つのベッドが鎮座している。

会話はない。沈黙が生れる。


ほどなくして、宿屋の女中が2人がかりで汗拭き用の水桶を持ってくる。

水桶を置くと、若干にやにやした女中はお楽しみくださいといった顔をして出ていく。

イリーナはフェステル子爵の仕業かと一連のことを思うのである。


「ああ、そうですね、私は外に出ていますので、汗拭きが終わったら頃に戻ってきます」


イリーナが何を言い出すのか怖かったので、先にどうするか伝えるおっさんであった。


「ふむ、何を言っている?」


「え、何がでしょう?」


「せっかくだ、汗を拭いてやろう、脱げ」


「ふぁ!?だ、大丈夫です!!」


「何を言っている。これも妻の嗜みだ」


そういうと、甲冑を脱ぎ、腕をまくり始める。

なお、イリーナの甲冑はフルプレートではなく、胸当て、肩、手頸、脛当てなど急所や攻撃を受けやすい要所のみをカバーする体の半分くらいが出ているタイプである。


「いえ、あの…」


「ん、脱がしてほしいのか?」


「いえ、大丈夫です!」


(なんかこういうのはラッキースケベと違う気がするぞ)


全身を脱いだおっさんは背中をイリーナに拭いてもらう。


(なんだろう、異世界ものってハーレムとか結婚して子供ができるネタ結構あるけど、自分がそうなるとかなり勇気いるな、いや勇気がないからこうなってるんだが)


「おい、終ったぞ、前を向け」


(やはり、こういうの平気でできるのって、日本人が海外旅行にいってノリで、1人で欧州の風俗行く以上に勇気がいるぞ)


「おい、聞こえているのか!?」


(そういえば、この世界って正妻っていうくらいだから、妻は複数持てるんだったな。じゃないと70過ぎの国王が40歳くらいの第一王子や、18歳の第三王子がいるはずないものな。王妃も複数いるんだろうな。じゃあ、謁見に参加できるのは正妃のみか)


「おい!何無視しているんだ!?」


段々声が大きくなるイリーナである。


(そういえばフェステル子爵は、妻は1人とかいってたな。まだ何度かしか見かけたことないけどな)


「おい!!いい加減にしろ!!!」


体育会系のイリーナに無理やり前を向かされ、全身くまなく拭かれる。

拭かれながら素数を数え、部屋の中空を見つめ、無心になるおっさんである。


「よし、終ったぞ」


私も拭いてくれと言いかねないと思ったのか、おっさんは手早く新しい下着を着る。

そそくさと部屋の片隅に行くと、ベッドに入らず、外套を羽織って床に寝入るのであった。


「お、おやすみなさい」


「………」


おっさんの行動を見ていたイリーナは返事をすることなく自分の湯浴みを済ませる。

部屋にはイリーナの湯浴みの音のみが響いている。

イリーナは湯浴みを済ませ、服を着た後、おっさんが脱ぎ散らかした下着と自分の下着を湯浴みのぬるま湯で洗い出す。

息をひそめるおっさんである。

一通り終わったようだ。

部屋を静寂が包み込む。


ヒタ ヒタ ヒタ


おもむろにおっさんに近づくイリーナ。


(ひい、こわいよう。近づいてきた)


ある意味ホラーだと思うおっさんである。

外套に隠れ息をひそめるおっさんである。


「何をアホなことをしている」


(ん?ってええ!!)


外套ごと持ちあげられるおっさんである。

イリーナの攻撃力(STR)は結構高いのだ。

お姫様抱っこされたままベッドに連れていかれるおっさんである。


「え?ちょ、ちょっと…」


「せっかく全身拭いたのに、床に寝ることがあるか。汚れるだろ」


ベッドに放り出されるおっさんであった。

魔道具の薄明かりを消し、2人でベッドに入ってしばらくが経つ。

おもむろにイリーナから話しかける。


「もう寝たか」


「………」


おっさんは返事をしないようだ。

イリーナに、背を向け微動だにしない。


「そうか、寝たか」


返事をしないおっさんにベッドの中で近づいていく。

イリーナがおっさんの背中に抱き着く。


「って、なんでしょうか!」


「やはり起きてたか」


「もう寝るところでした、おやすみなさいって!ええっ!!」


ギリギリと抱擁する力を強めるイリーナである。


「寝る前に聞きたいことがあるんだ」


「ふぁ!そうでございましたか!!ナンデゴザイマショウカ!?」


「なんだ、その言葉使いは。まあ、いい、ちょっと気になっていることがあってな」


抱き着いたまま話しかけるイリーナである。

すぐに質問しない。


(ん?何を聞かれるんだろう。間がこわいよ)



「え、なんですか?」




「経験値ってなんだ?」




「へ?」


「飛竜倒したときケイタが言っていただろ。経験値が手に入ったとか。経験値ってなんだ?」


「えっと、それはですね、説明が難しいと言いますか…」


「構わないぞ、時間はたっぷりあるからな」


「いや、あの、その……」


「ふむ、別の質問にした方がいいかな」


「別の質問ですか?」


「そうだ、答えづらいみたいだしな」


「えっと、そうですね、別の質問はちなみになんでしょうか?」




「ケイタがこの2日間たまに出す、半透明の銀色の板があるだろ、あれはなんだ?」




「ぶっ!!」


噴き出すおっさんである。


「答えられない質問だったか」


その時はじめておっさんは考える。


このまますべて黙っていることが正解なのか。

結婚してもいいといってくれた婚約者。

一緒にダンジョンに行く仲間。


「………」


「答えられなかったか」


「待ってください」


「ん」


「今考えてます」


(そっか、こんな怪しいおっさんと結婚していいと言ってくれたんだな。貴族や騎士の家的な結婚観があったとしてもな)


35年間モテなかった幼少期から社会人までの人生が走馬灯のように思い出す。

そしてこの2週間ほどの、イリーナとの道中を思い出すおっさんであった。


「分かった、いくらでも待つぞ」



「経験値とは数字です」


「ん?数字」


「はい、モンスターを倒すことを『経験を積む』と表現します。その経験を数字にしたものが経験値です」


「ほう、経験値が手に入るとどうなるんだ」


「一定値、数値が貯まると、レベルがアップします」


「ん?レベル?」


「戦神ベルムの加護が手に入る瞬間のことです」


「そっか…。ケイタにはそれが見えるんだな。その銀の板で」


「そうです」


「2日前から私が銀の板を見えるようになった理由も聞いていいか」


「仲間にしたからだと思います」


「仲間?」


「この銀の板を『タブレット』と呼んでいるのですが、タブレットの力でイリーナさんを仲間にしました。これは、言葉、書面、法律以上の魔法のような力が働いています。ちなみにロキさんも仲間にしました」


「ロキもか。仲間にするとどうなるんだ?」


「タブレットで仲間にできるようになってまだ日が浅いのでわかっていることが少ないのです。ただ、魔法の特典が付いたりします。あとはステータスが見れたりします」


「すてーたす?」


「経験値と同じような考えで、能力値を数値化したものです。お見せしましょうか?」


タブレットを出現させて、首越しにイリーナに見せるようにする。


「おお!?こんなものがあるのだな。でも数字の前の記号が良く読めないな」


「その記号は略号です。えいちぴーと読んで、自分の命や体力を数値化したものです。その下の0になっているのは魔力値ですね。イリーナさんは騎士なので魔力0ということです。ちなみに私のはこれです」


画面を切り替えて、自分の分を見せる。


「おお!すごい魔力だな。そしてたくさん魔法が使えるみたいだな。ん?検索神ククルの加護が中って、中くらいってことか?」


「はい、私に力を与えている神の名です」


「そうか」


「ん、驚かないのですね」


「いやフェステルの街で検問に引っかかって投獄されただろ。フェステルの館で神の加護を持っているって報告を受けたのだ」


「はい」


「そして、えっと…」


「そして、王城に呼ばれたときに聞いたと」


「え!!なぜ分かったのだ!!」


「だって、さっきから世界の常識を覆すような話を、結構正直に答えているのにあまり驚かないからです。それに、タブレットの内容も見せたのに。王城から戻ってきて元気なかったし。そういうことなのかなって」


「その、だな」


「いいですよ。黙っておくようにってことなんですよね」


「す、すまない……。ただ、話せと言われたら話すぞ。ケイタは正直に答えてくれたのだ!」


「話せない理由のあることは聞かないですよ。いやそれだけ聞けたら十分なんですよ。あとはダンジョンコアが手に入ったら国王に直接聞きますから。でもいたんだ」


「なにがだ?」


「私以外に力を持った人がです。それにイリーナさんが言わないことはおあいこなんですよ」


「ん?」


「私も全部話せていませんから」


「ふむ、それは聞かせてもらおうか!!」


締め付けをきつくするイリーナである。


「ちょ!!なんでそうなるんですか!?」


「ふふ、冗談だ。私をイリーナさんと呼び続けているからな」


「急には呼び方変えられませんよ。そうですね、また、おりを見て続きをお話しします」


「そうしてくれ」



「………」


「ん、ねたのか」


「まだ起きてますけど」


「いや寝るのか?」


「はい、もちろんです」


「ん?その、なんだ、しないのか?」


「ぶっ!?ん~とあれです。結婚するまでしないと決めているのです」


「なんか今思いついたような言い方だな。まあそれならそれでいいけどな。だけど」


「ん、なんですか?」


「たぶん、明日以降停まる宿屋もおそらく同じように説明を受ける宿屋があるぞ」


「え!?なんでそうなるんですか!」


「特に理由もないこの時期にガリヒルの街の部屋数が足りなかったからだな。我らはとある方の策略にハマっているのだ。おそらく王都に行きの道中でそう言うよう宿屋に話があったのだろう」


「なるほど、そういうことなんですね」


「我慢できるといいな。ケイタは不能じゃないみたいだからな」


「ぶっ!!頑張ります。だって一緒に見たいじゃないですか」


「何をだ」


「350年間、誰も見れていないダンジョンコアですよ。子供出来て妊娠してたら厳しいでしょう」


「ほう、今思いついたにしては、いい話だな」


「分かりますか?」


「なんとなくな。ではマリウスの話はどうなのだ?」


「………」


体をまさぐりだすイリーナ。


「ちょ!ちょっとやめてください!!」


「黙っているからだ」


「そういう設定で生きているのです。おりを見てお話しします」


「そうだな。そうしてくれ、おやすみケイタ」


「おやすみイリーナ」


初めておっさんがイリーナと呼んだ瞬間であった。

そして、抱き枕状態で眠れなかったおっさんであったとさ。

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