第08話 道理

おっさんは主席王宮魔術師の地位を断る。

王命を断り動揺が会見の間に広がっていく。


「国王の言葉を断るとは!?」

「やはり貴族にするには早かったのではないか?」

「こ、これはフェステル子爵にも推薦した責任があるぞ!」


非難の言葉が謁見の間に広がっていく。


「ほう、余の誘いを断るか」


「申し訳ございません、大変うれしいお言葉でしたが…」


「ふむ、貴族になったばかりと許すのも手であるが…。ロヒティンスよ、ケイタを討てと言えばやってくれるか?」


「王命とあらば」


近衛騎士団長のロヒティンスが返事をする。


(お!討たれるのか?)


ずっと下向いていたおっさんは視線の角度を若干上げ、王座にいる騎士団との距離を測る。


「ケイタよ!今すぐ謝罪するのだ!国王陛下!!何卒温情を……」


今まで黙っていたフェステル子爵が飛び出すように足早におっさんの横にいき土下座を始める。

そして、国王に許しの懇願を始める。


「しかし、王に使えて20余年…。捨て石になれというのはあまりにひどい王命である」


「ほう、というと?」


「既にそこにいる魔法使いは、『討て』という言葉を国王が発した瞬間に、返事をした我との距離感の把握を始めております。剣を抜けば、そこにある飛竜の首と同じ運命をたどるでしょう」


「そ、そんな…。王国騎士団最強の男だぞ!」

「弱音を言うなんて…」

「やはり先ほどの水晶は本物なのか!」


参列する貴族達がロヒティンス近衛騎士団長の言葉に反応をする。


「ではどうしたらそこの魔法使いを討てる」


「おそらくですが、王国騎士団全軍と王宮魔術師を総動員して五分五分の確率かと」


「なるほど、そうか、お前がそれほどであるというなら、そうなのだろう。それは両方とも失うわけにはいかぬな…」


「ケイタよ」


「はい」


「それほどの魔力を手にするには苦労したであろう。聞かせてくれぬか?」


「何をでしょうか?」


「他国はそなたに主席王宮魔術師以上の何を約束しておるのだ?余もかなりの待遇を約束するぞ」


「へ!?何のことでしょうか?」


「良いのだ、隠さなくても。他国はもっと良い条件をそなたに提示したのであろう?」


「ん?ちょっとお話が見えませんが?他国に知り合いはおりません」


(え?何の話だ)


「なんと!他国の条件が良くて余の話を断ったのではないのか?」


「申し訳ありません…。王宮にも憧れがありますが他にやりたいことがあったので…」


「なんと!?そうか!!そなたは魔法使いであるからな!リンゼのように変わり者なのだな。研究施設が欲しいのか?予算の関係もあるが、考えても良いのだぞ。なあマデロス宰相よ?」


「は!もちろんにてございます!」


「えっと…。研究にも興味があるのですが…」


「それも違うと?ケイタよ、何が望みだというのだ?」


並ぶ王族達も参列する貴族達も全ておっさんに視線が集まってくる。

オーガの大群を屠り、飛竜を倒し、栄えある主席王宮魔術師の座を断る男の言葉を待っている。

フェステル子爵も、何か望みはあったのかという視線を横で送る。




十分な間を開けブサイクなおっさんは決め顔でいうのだ。




「これからダンジョンに行きたいのであります」




「は!?」


呆けた声が国王の口から出てくる。

沈黙が謁見の広間に広がっていく。


「すまぬ…。余も年でな…。ちょっと耳が遠くなってきたのだ。もう一度言ってくれぬか?」


「はい、ダンジョンに行きたいです!」


(明るく元気よく言ってみよう!)


「は、は、はははっ、おはははぁはっ、はぁはぁ、ダ、ダンジョ…、まほ…魔法使いが、ダンジョンなどと、ゲッゲフッゲホッ」


笑いすぎてむせ始めた国王。

慌ててお付きの医師達が駆け寄ってくる。

背中をさすり、お茶を飲ませ、国王を王座に戻す医師達。


「これから王国の南にあるウガルダンジョン都市に行きたいと考えております。ですので、その後の予定はその後決めさせていただけないでしょうか?国王陛下」


(だれもそのあと王宮魔術師やるとは言っていないのでござるよ。プロだからな!言質はとらせぬ)


「む!?なんだと!!」


今まで黙っていたスキンヘッドのガタイの大きくひげを蓄えた貴族が反応を示す。


「ほう?あの未踏のダンジョンに行きたいと?ここにはウガル伯爵もいたな。ウガル伯爵よ。今現在何階まで行けるのであったか?」


「56階にてございます」


ウガル伯爵が返事をする。


「ケイタよ、未踏のダンジョンの記録は56階だそうだ。せっかくだ。そなたの目標を聞かせてくれぬか?」


「踏破にてございます!」


即答するおっさん。


「ば…馬鹿な……。魔法使いが350年未踏のダンジョンを踏破するなど!ウガル家の悲願を!!ぐ、愚弄するとは…。ゆ、ゆるせぬ!!きっきさまあああああっ!!」


おっさんに躍り懸かるウガル伯爵。

慌てて必死に静止する騎士達。


「350年続く未踏のダンジョンの踏破を目指す魔法使いか…。確かに夢のような話であるな…。そしてウガル伯爵よ。先王がそなたの父にひどいことをしてしまったな…。そなたの父も…。そして2000人に及ぶ騎士を失ったと聞いておる……。改めて謝罪する。すまなかったな…」


騒然とする謁見の間で、国王はゆっくり語りだす。

謁見の間は再度静寂が包むのである。


「い、いえ…。ダンジョンを統治する貴族の務めを果たしたまでのことです、うっ、ううっ…」


ガタイのいいウガル伯爵はむせび泣く。


(え?ダンジョンで何があったの?あとで確認しないとな)


「ケイタ男爵よ」


(お!?また、男爵って呼んでくれるようになったぞ!断った件許してくれたのん?)


「は!」


「王宮魔術師の話は残念であるが。そうだな。ウガルダンジョンを踏破してダンジョンコアを王家に捧げるのであれば、褒美を王家としてやらないといけぬな。報酬として、そなたを子爵にしても良いぞ?」


(ん?ダンジョンコアを捧げるってなんだ?そんな話冒険者ギルドの資料室になかった話だぞ。男爵になったのに、もう子爵にしてくれるのか?会社と違って昇進ゆるゆるだな。ワンマン経営かよ!もう子爵か、それはどうなんだろう…)


「え、あ、はい、ありがとうございます…」


「む!?うれしくないと?子爵では足りぬと申すか?」


「はい、うれしく存じます…」


「いや、そなたは心からは嬉しく思っていない。余には分るぞ。もっと高い爵位を求めるのか?」


それ以上の爵位を求めるのかという顔をする国王。


「なんと!?男爵が伯爵にしろなどと申すのか?貴族を知らぬようだな!」

「魔法使いが貴族にしていただいただけでも感謝すべきなのだ!」


参列する貴族達から非難の声は大きくなっていく。


「静粛に!国王陛下の御前であるぞっ!!」


マデロス宰相がざわつく謁見の広間を諫める。


「もっと高い地位を求めているわけではありません。男爵にしていただいたことも大変ありがたく思っております」


「ではなんだというのだ。前人未踏のダンジョンを踏破して、余は何をそなたに褒美としてやればよいのだ?」


おっさんはその時初めて国王を見る。

誰も非難するものはいない。

それ以上に気になるのだ。

何を求めるのかと。


(俺から褒美が欲しいと言ったわけではないのだがな…。どうしてこうなった…。王家的に踏破と報酬はセットなのかな?さてと、見てはいけないと言ってたけど見てしまったぜ。70過ぎのひげの蓄えた白眉白髭白髪の爺さんだな。どうやって話を持っていくかな…)


国王を見た後、王妃を見る、その横に連ねる王子王女たちをゆっくり見ていく。


「国王陛下におかれましては、素晴らしい王子王女たちに恵まれヴィルスセン王国の繁栄は間違いないと確信しております」


「うむ、素晴らしい子供に恵まれ余も満足をしておる。ん?何の話をしておるのだ?」


「子は親の背中を追うものだと思います。偉大な国王陛下の背中を追う王子達のお心なぞ。わたくしめなど想像もつきません…」


話を続けるおっさんである。


「ふむ、だがいずれは余を超えてほしいとは思っておるぞ」


話を合わせてくれる国王。


「はい、確かにおっしゃる通りかと存じます。いずれ親を超えようとするものです。だが生まれたばかりの子供が親を超えるのは道理が合いませぬ…。道理というものが貴族の世界にもあると信じております…」


「ん?ああ!そうか!そういう話!!なるほど、いやしかし…」


国王はおっさんの話が理解できたようだ。

しかし新たな矛盾が生まれたようだ。

ぶつぶつとおっさんの話を砕いて理解を進めようとしている。


「も、申し訳ございません…、国王陛下…。理解の及ばぬ我らにも何の話か教えていただけませぬか…?」


マデロス宰相はおっさんの話を理解できた国王に、その話の真意を問う。


「ふむ、ケイタ男爵はな、褒美をもらい子爵になると、自分の親であるフェステル子爵と並んでしまうと言っているのだ。それが道理に合わぬと。そうだな、ケイタ男爵よ?」


「はい」


「はいか…。いや、そうなのだな…。ではどうしたらよいのだ?そなたはダンジョン踏破の報酬はお金や封土が良いと言っておるのか?」


皆が報酬に何を望むのかという顔をする。

沈黙をもっておっさんの回答を待つ参列者達。




「ウガルダンジョン踏破に報酬をいただけるなら。私はフェステル子爵を伯爵にしていただきとうございます」




(時は満ちた!条件も満ちたぞ!今こそダンディなフェステル子爵に恩を返す時だ!!)


「「「は!?」」」


横に並びひざまずくフェステル子爵がおっさんを見て呆けた声を発する。

前に並ぶ王族も、参列する貴族も同じだ。

おっさんの思いをよそに謁見の間は疑問符で満ちていく。


「そ、それだけか?」


「はい」


「350年未踏のダンジョンの名誉を、栄光を、前人未踏の成果を、報酬で、親であるフェステル子爵の爵位を上げてほしいと望むのか?」


言葉を砕き、念を押す国王。


「そうです」


「それだけか?ほかに報酬はいらぬのか?」


「物事には順序がございます。フェステル子爵を伯爵にしていただきとうございます。フェステル領は隣に帝国がある要所にてございます。フェステル子爵にふさわしい爵位のあと、自身の爵位について考えとうございます」


(中世でも隣国を接する貴族の爵位は伯爵よりも上の辺境伯とかだからな。子爵は低いわな。大森林と大連山が間にあるからなのか?)


フェステル子爵が道理を説いたり、現実世界で貴族の階級を調べた結果。

このような発想に至ってしまったおっさんである。


「では、いや、道理か…。それを言われるとな…。ふむ、ではこうしよう!もしウガルダンジョンを踏破したら報酬として、ケイタよ、そなたを子爵にしよう。そして、フェステル子爵を伯爵にしよう。これでどうだ?」


「あ、ありがとうございます!」


(お!俺も役職上げてくれるん。言ってみるもんだな。ひゃっほう!)


「そ、そんな…。2名も爵位をあげるなど…。フェ、フェステル子爵はダンジョンに行かないのであろう…」


国王の提案なので、参列する貴族の非難の声は少なくかなり小さいようだ。


「ふむ、確かに、貴族の陞爵(しょうしゃく)にも道理があるのだ。一度ダンジョンを踏破したら子爵にすると余も口にしたしの。ゆえにこれは条件を上げる必要があるな」


「はい」


「条件はそなたが決めよ」


「わ、わたしがでございますか?」


「そうだ!皆が納得する、ただダンジョンを踏破するのではない条件を、そなたがここで宣言するのだ!」


「わかりました」


「時間が必要か?」


(350年未踏のダンジョンか。2000人の騎士を失ったのか。それ以上の条件か)


「いえ決めました」


「うむ」


今まで片足を膝間ついていたおっさんは立ち上がる。

片手を顔の高さまで上げ人差し指を立てる。


「私はウガルダンジョンを1年で踏破します!」


「い、1年だと!?」

「350年未踏のダンジョンと聞いていないのか?」


非難の声が大きくなる。

おっさんは両手を顔の高さまで上げる。

今度は両手を開きパーのように手の平をさらす。


「そして10人以内の仲間で達成したいと思います!」


「よくぞ申した!再度宣言せよ!魔法使いケイタよ!!」


「はい、私魔導士ケイタは1年以内に10人以内の仲間とともにウガルダンジョンを踏破し、ダンジョンコアを王家に捧げましょう。魔導士による魔導の力と仲間とともにこの覇道を達成したいと思います!」


魔導士という言葉を、念を押すおっさんである。


「そうか…。そなたは魔導士なのだな…。では余は宣誓しよう。我ガニメアス=フォン=ヴィルスセンは、魔導士ケイタが、1年以内に、そして、10人以内の仲間でダンジョンコアを持ってまいったら、魔導士ケイタを子爵に、フェステル子爵を伯爵にすることを王の名において約束しよう」


おっさんの宣言に対して、国王は宣誓で答えるようだ。

謁見の間のすべてのものが国王の宣誓に頭を下げ答える。

国王は目でマデロス宰相に合図を送る。


「これにてケイタ男爵の謁見を終了する」


「ふむ、魔導士ケイタよ、飛竜の手土産、真に感謝するぞ。王宮の薬師も宮廷料理人も喜んでおる。それでは宣誓の件楽しみにしておるぞ」


そういうと王や王妃は宰相と近衛騎士団に連れられて出ていく。

おっさんも片足を跪いて下を向き見送るのであった。

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