第09話 お茶会
謁見が終わり、王宮の応接室に戻るフェステル子爵とおっさんである。
「とんでもないことになりましたね」
人ごとのように言うおっさんである。
「お、おま、まあ…。そうだな…。だがわしは別にこんな形で陞爵(しょうしゃく)を望んでいるわけではないぞ。いや望んではいるが…、そうではなくてだな…」
全力で飛び出そうとする、お前のせいでこうなったという言葉を必死に飲み込むフェステル子爵である。
国王に道理を説き、未踏のダンジョンの踏破という偉業の全てを私に捧げると、目の前の男は王族が並び、多くの貴族が参列する謁見の間で宣言してのけたのである。
貴族としてその行為の重さについて、何も感じないはずがないフェステル子爵である。
「まあ。ダンジョンは頑張んないといけないですね」
「まあそうだな。だが、無理はする必要はないのだ。別に達成できなくても国王の宣誓は罰則のあるものではないのだからな」
コン コン
2人が戻って早々に応接室の扉のノックがなる。
部屋に案内すると、ゼルメア候の使いのものであるとのことである。
これからお茶はいかがであるかとのことである。
既に別の使いを出しガリヒル男爵もお茶の誘いは了承を得ているとのことだ。
「さすがゼルメア候だ、動きが早いな。いや当然か」
「え?なにがですが?」
「謁見であれだけのことをしてのけたのだ。お前も我もこれから忙しくなるぞ!」
そうなんですねとあまり理解できなかったおっさんである。
使いの者についていく。
(結構歩くな。ここは1階か?)
1階の中庭の一角にいくようだ。
木漏れ日のこぼれる中庭の一角に10人は座れるような大きなテーブルを置き、ガリヒル男爵がだれかとお茶をしている。
たくさんのメイドがお茶の準備をしている。
「やあ、遅かったね。お茶を始めてしまったよ。君が魔導士のケイタ男爵だね」
「はい、魔導士をしているケイタと申します」
「うん、アロルドから君の話を聞いたときはびっくりしたよ。私はアロルドから聞いているかもしれないけど、エランニケル=フォン=ゼルメアだ。君と同じ土地を持たない法衣貴族さ。私のことはゼルメアと呼んでほしい」
(封土がない貴族を法衣貴族と呼ぶんだっけ。でもたしかゼルメア侯爵って何かの偉い大臣してたような。キツネ顔だな。年は40台半ばくらいか。久々にイケメンでない貴族を見た気がするぜ)
「お戯れを、ケイタはまだ貴族になったばかり、誤った貴族の常識を…。ケイタよ、ゼルメア侯爵と呼ぶんだぞ!」
「え、あ、はい」
(まあそれくらい俺でも分かるぞ。そういえば、飲み会の席でため口でいいっていって、本当にため口で話すとブチ切れる先輩多いんだよな)
「いいな、仲が良くて、でも独り占めは良くないよ」
「何のことでしょう?」
「いやなに、飛竜を単騎で倒すほどの魔力を持つものか。王国最強の男に捨て石を覚悟させる男か。主席王宮魔術師の席を一蹴する魔導士か。本当にうらやましいよ…。独り占めは良くないよってことだよ」
「ゼルメア侯爵その辺でご勘弁を。我々は同じ方向を向いた貴族であるゆえに…」
「もちろんだよ。だから多くの貴族がまだ王宮にいるところを中庭でお茶をしてるんじゃないか。誰が誰と仲が良いかよくわかってもらわないといけないからね」
「はい、そのとおりです」
(ふむふむ、周りに派閥を見せびらかすために早々に中庭でお茶会しているのか。見た目通りの曲者だな。王宮の貴族社会感が半端ないな。いやでもこういうブログネタは女子に受ける気がするぞ。ぐふふ、新たな読者ゲットの予感がしてきたぜ)
【ブログネタメモ帳】
・貴族のお茶会に参加してみた ~利権と派閥社会の縮図~
おっさんはお茶会の様子をブログネタにしているとゼルメア侯爵から声がかかる。
「そういえば、ケイタ男爵は家名を決めたのかな?貴族になったんだしね」
「え?名前ですか?そうですね。特に何でもいいものなんでしょうか?」
「まあ、そうだね。王家の名前や、犯罪者の名前、他国の重鎮の名前は控えたほうがいいかな。それ以外だとなんでもいいと思うよ。決められないのなら、いくつか選んであげてもいいんだけどね」
(お!選んでくれるのか。でも一生使う名前だしな…。ゲームでも名前は愛着あるものがいいから大切だな)
「とりあえず、ヤマダと名乗ろうと思います。どうでしょう?」
「ヤマダね。あまり聞かない家名だね。別にいいんじゃないのかな。ケイタ=フォン=ヤマダ男爵ね。近しいものからはケイタ、ケイタ様、ケイタ男爵と呼ばせるといいよ。近しくないものからはヤマダ男爵だね」
貴族としての呼び方について説明してくれるゼルメア侯爵。
「なるほど!そうなんですね」
「では我のことはアロルドと呼ぶがよい」
ゼルメアとおっさんの会話に入ってくるフェステル子爵。
「え、あ、はい。アロルド様」
「じゃあ僕のことはエランニケルだね。長いならエランでもいいよ」
「え、あ、はい。ゼルメア侯爵様」
「もう、なんでそうなるかな」
ボケを交えつつ会話が進んでいく。
ほがらかなお茶会にやってくるもの達がいる。
「おやおや、楽しそうだね?じゃあ余のことはジークフリートかな?いやジークと呼んでくれよ」
綺麗な服を身にまとった赤髪の青年から声がかかる。
側近と思われるものを数名と騎士も引き連れている。
お茶会をしていた貴族達は席から立ち、ゼルメア侯爵も含めて全員片足と跪いて向かえる。
「こ、これはこれはジークフリート殿下!」
「もう、せっかくお茶会しているのに。余を呼んでくれないなんて酷いな。のけ者にするのは良くないよ?」
「いえいえ、殿下におかれましてはご多忙と思いまして。こうやって我らだけで親睦を深め合っているところです」
(む、謁見の間にいたイケメン第三王子か。どうしよう王位争奪戦協力するのやめるか。イケメンだし。でも若いな、華奢な美青年って感じか。18歳っていう話だっけ?これはイケメン過ぎて有罪だな。ブログネタの刑に処す)
おっさんは嫉妬で性格が歪んでいるようだ。
「でもすごい謁見だったね!国王陛下を相手にあれだけのことをするなんて。まだ余もドキドキしているよ。ねえケイタよ」
「いえいえ、滅相もございません。殿下」
「もう、余のことはジークって呼ぶようにね。余もお茶に参加してもいいのかな?エラン?皆も席についてね」
そういうとジークフリート殿下はテーブルに座る。
跪いていた皆もテーブルに座りお茶会は進んでいく。
(む、ガリヒル男爵が悟りの境地のような顔をしているぞ。少し悪いことをしてしまったかな。飛竜の競りの売り上げ半分あげるし。世の中ただより高いものはないっていうしな)
ジークフリート殿下までやってきて、悟りの境地にいたってしまったガリヒル男爵である。
きっとお茶の味は分らないだろう。
中庭につながる通路もいくつかあるので、貴族や女中達が参加者の様子を見て通り過ぎていく。
「あれ?君も初めて見たね、名前は?」
気配を消してお茶を飲むガリヒル男爵に気付くジークフリート殿下。
「え?わ、私は、ディプト=フォン=ガリヒルと申します。ジークフリート殿下」
「王都西を治めるガリヒル男爵です」
ゼルメア侯爵がジークフリート殿下に封土や爵位を耳打ちして補足をするようだ。
「君もお茶会に参加してくれてうれしいよ。ディプトだね。これからもよろしくね、ディプト男爵」
ガリヒル男爵に手を伸ばすジークフリート殿下。
うやうやしく両手で握手するガリヒル男爵である。
(ふむふむ、このお茶会結構人がいるが、貴族の顔と名前を覚えているのか。もしかして末っ子王子で子供かと思ったがやり手なのか?)
「そうだ、ケイタ!それで、これからダンジョンに行くんでしょ?せっかくなんでオーガや飛竜の話聞かせてよ。怖くはなかったの?」
おっさんに話しかけてくるジークフリート殿下。
「それは怖いですよ」
「でも戦うんだよね。何か秘策のようなものがあるの?」
「いえ、秘策なんてないですよ。常日頃から魔法でできることをしっかり検証しておきます。それから敵の動き、敵ができることできないこと、弱点を分析するのです。そうすれば勝てるか勝てないか判断できるようになります」
「ふんふん、勝てないと判断したら?」
「当然戦いません」
「でも勝てないと失うものがあるかもしれないよね?街だったり仲間だったり」
「はい、ですので、数多の可能性を探るんです。時間も利用します。土地などの環境も利用します。もちろん敵も利用します」
「え、敵も利用って何?」
「敵同士でも種族が違って殺し合うことも多いです。何も正面から全ての敵と戦う必要はありません。ジークフリート殿下におかれましても1人で全てと戦う必要はないということです」
「な!?き、きさま!!」
話を聞いていたジークフリート殿下の側近の貴族が反応をします。
「いや、まって!すごいな、いやすごいよ!僕はエランから小さいころから家庭教師をしてもらったけど、こんなこと教わったことないよ!」
「これはこれは手厳しい」
ゼルメア侯爵も頭を掻きながら苦笑いをする。
(ふむふむ、第三王子とゼルメア侯爵は家庭教師つながりか。自分の教え子を国王にってことかな)
「ケイタにはぜひ余の子供の家庭教師をしてほしいものだね」
「お子様がいらっしゃるのですね」
「いや、いないよ。もちろんこれからの話さ。ケイタとは長い付き合いになりそうだからね」
「はは、何分田舎者ですので」
やんわり断るおっさんである。
「もう、でも将来の家庭教師が見つかってよかったよ。それはそうと、子供で気付いたけど、ケイタは子供いるの?これから貴族の家ができるんだけど」
やんわり断れなかったようだ。
「え、いません」
「もしかして妻もいないってこと?」
「はい…」
(見たらわかるだろ!この顔だぞ!!あんまりそんなこというとブログの刑の実刑が重くなるぞ!)
「もうアロルド、駄目じゃないか。親としてちゃんと面倒を見ないと。僕が見つけてあげようか?」
「ジークフリート殿下、恐れながらケイタには既に婚約者がおりますので」
(ほほう、初耳だな。美人がいいぞ!アロルド様が俺の嫁を探してくれるってことなのかな)
おっさんはブサイクだが美人好きの面食いだった。
「ほんと?いや良かった!せっかくの貴族の家が断絶するところだったよ」
冗談を交えながらお茶会は和やかに進んでいく。
ほどなくして解散して、おっさんもフェステル子爵とともに家に帰る2人である。
日暮れ前に家に着く2人である。
家に着くとイリーナが声をかけてくる。
「遅かったな。ケイタ殿。無事に終わったようだな」
「はい、無事に終わりました」
「ふぁ!?いや無事ではなかったぞ!!」
たまらず2人の間に割って入るフェステル子爵である。
すると、
コン コン
家に着き、外套を脱ぐ間もなく、タイミングを見計らったように家の扉のノックがなる。
「む、こんな時間にどちらかの使者か」
イリーナが扉を開ける。
扉を開けると1人の男が立っている。
名を名乗らないようだ。
「こんな時間に何用かな」
たまらず、イリーナが問いかける。
「我は王家の使いである」
イリーナが王家の使いと思われる者と敷地に乗り入れた馬車を見る。
王家の紋章が馬車に刻まれているのだ。
扉から無言で入ってくる王家の使い。
王命を携えた国王の使いは子爵より当然偉いのだ。
「国王の使いが何用でございましょうか」
「ふむ、アロルド=フォン=フェステル及びイリーナ=クルーガーの両名は明日王城に来城するように。これに委細が書いてあるので、読んでおくように」
簡潔に要件のみを伝える王家の使い。
王のシンボルで封蝋してある書簡を渡される。
「な!?私もですか?」
「王命である、必ず両名は委細を読んで来城するように」
そういうと王の使者は馬車に乗り、城に戻るようだ。
「国王に呼ばれたみたいですね」
封蝋をはがし中の手紙を読みだすフェステル子爵である。
「むう、時間と場所しか書いていないな。場所も受け付けに着いた旨伝えるだけのようだ。まあ呼ばれたから行くしかないな。ケイタはどうするのだ?」
「そうですね。私は飛竜の『競り』を見ようかと思います。今日の分は見れなかったので、明日は見たいなと思います」
「そうか、そうだな、我々は明日早めに出かけるので、好きにしておいてくれ」
明日の予定が決まったので、今日起きたことをブログネタにするため整理しようと部屋に戻るおっさんであった。
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