第36話 凱旋

オーガが城壁に接近するほどなく前に城壁からフェステルの街に向かった報告部隊は翌日、フェステルの街にたどり着く。1日半かけた行きの距離を無理やり1日かけて走破したのである。


数名の騎士団はフェステル子爵のいる館に一直線に向かう。

止める者はいない。




そこにはフェステル子爵、家宰のセバス、イリーナ副団長の3名がいる。


「して状況は?」


問うセバス。


「オーガの大群はおよそ2000体か。3000体を超える模様。帝国の策略と見られます」


「「「な!?」」」


驚嘆を受ける報告された3名である。




「それでレイ団長はどのように判断したのだ?」


フェステル子爵は問う。


「300名の討伐軍でオーガと交戦するとのことです」


「そ、そんな…」


震える副団長のイリーナである。

レイ団長は玉砕し、少しでも数を減らす作戦に出たと判断したと考える。


「して?」


報告部隊の話の続きを求めるフェステル子爵。


「援軍は不要、街の守りを固めよとのことです」




「そうか、イリーナ副団長分かったな?すぐに手配を進めよ、援軍は不要である」


少し間を開けてフェステル子爵は指示を出す。


「は、はい、かしこまりました」


礼をして広間を退室するイリーナ副団長である。

防衛の全権を任せられたのだ。




「あ、あの、それと…」


声を詰まらせる報告部隊の騎士。


「ん、なんだ、はよ、もうしてみよ」


「レイ団長より魔法使いケイタは本物なり。魔法使いケイタの策をもって、我必ず勝利せり。街で吉報を待てとのことです」


「ほう…」


そうフェステル子爵はつぶやいて、報告会は終わったのである。



それからほどなくしてフェステルの街は、街の外に出ることを禁止された。

事情を知らず、狩りから戻ってきた冒険者達は街内で待機となる。

Dランク以上の冒険者は全て防衛線に参加をする。


完全厳戒態勢でオーガの襲来に備えた。

夜はかがり火を全方位に焚いて警戒をした。



完全厳戒態勢を引いて1日が過ぎた。


オーガの大群は襲来しなかった。



完全厳戒態勢を引いて2日が過ぎた。


オーガの大群は襲来しなかった。



そして、完全厳戒態勢を引いて3日目の朝9時過ぎ。


次の報告部隊がやってきた。

閉じた南門を開けさせる。

子爵の号令なくして貴族街に繋がる北門はもう開門しないからだ。


そのまま静まり返ったフェステルの街を疾走する報告部隊。



館に向かう。



広間には2人。

イリーナ副団長はいない。

厳戒態勢中である。


フェステル子爵と家宰のセバスは、神妙な顔で報告部隊を迎える。


「して報告せよ」


「は、レイ団長よりの報告をお伝えします」


「うむ」


「我ら300人勝利せり。オーガの大群殲滅せりです!」




一言間を置きフェステル子爵はねぎらいの言葉を放つ。


「ご苦労だった!」


目をつぶり軽く息を吐くフェステル子爵だった。



「は。4の刻(15時)ごろには、救出したトトカナ村の住人も含めて全員戻ります」



「聞いたなセバス。時間は十分にある。英雄たちを、街を上げ迎え入れる準備に入れ」


「は、直ちに」


広間を出ていくセバスである。




「あ、あの…」


報告部隊はもう一つ伝えないといけないことがあるのだ。


「ん?」


「レイ団長よりですが」


「ん、なんだ、この状況で怒ることは何もない。なんでも申してみよ」


「は、我が街を出て3日目にはオーガを殲滅し終わったが、素材の回収を行い、英雄全員で帰還するため、1日多く厳戒態勢を長引かせたこと許されたしとのことです」




フェステル子爵はにやりと笑って言った。


「なるほど、まあよいではないか。まあ報告だけでも前日に送ることもできたということだな。勝利に酔いすぎて忘れていたのであろう。あい、わかった」


「は」


「報告は以上だな。南門にお前らも戻るがよい」


「え?」


唐突にいわれたことに理解ができない報告部隊。


「レイ団長が言っていただろう。300人全員の英雄にお前達も入っているのだ。凱旋する英雄の列に並ぶがよい」


「「「はっ!」」」


大きな掛け声とともに笑顔で広間を後にする報告部隊であった。

誰もいなくなった広間で立ち上がる。


「さて、我も英雄の帰りの準備をせんとな。ああセバスにいったがあまり時間はないな」


フェステル家総出での対応となる。


・・・・・・・・・





「やっと街ですね」


おっさんはキープした窓側の席で言葉を漏らす。


「そうだな」


レイ団長はその横で返事をする。


まもなくフェステルの街に着く馬車の中である。

馬車は村人を乗せて帰ることも想定、余裕をもっていたが、高価な素材を大量にも持って帰ることになったため、馬車の中はどこもかなり手狭だ。

詰められなかった一部の荷物は城壁の中に置いて帰る。



「でも無事勝利するとは今でも信じられませんが」


カイトは勝利から1日経った今でも信じられないようだ。

カイトら疾風の銀狼クランは模範演技も行い、おっさんの次に戦果を上げたのだ。


「全員無事ではなかったですけどね」


おっさんはそういってしまった。


(はぁ、せっかくカイトが喜んでいるのに人間出来ていないな)


昨日からひとり浮かない顔をしているのだ。


16時間にのぼる激戦の末、戦闘結果である。


・生存者287名

・死者13名

・討伐したオーガ3128体

・回収した素材およそ金貨30万枚分(300億円分)



「そんな!たとえオーガが100体だったとしても、だれも犠牲無くして勝てるなんて思っていませんでしたよ」


「うむ、そのとおり、それこそ覚悟して戦った同胞に失礼だ」


「はい、そうですね」


(怒られてしまった)



「ふむ、そういえばあの時の答え合わせがまだだったな」


(う…、忘れてくれてたと思ったのに)


「え、答え合わせ?」


カイトが何の話だと言ってくる。


「ケイタが2択をわしに迫っただろう、その理由についてだ」


「ああ」


あの時側にいたカイトが状況を思い出す。


「あれは『練兵』だったのだろう?」


(そうです)


カイトとレイ団長の会話が続く。

おっさんは黙って聞いている。


「練兵って何ですか?」


「こやつはな、わが騎士団と街の冒険者を鍛えようとしたのだよ」


「え、そ、そんなことが!」


「帝国がまたオーガの大群を誘導させてくるか分らんからな。その時自分がいるとは限らない。であるなら今後のために戦法を伝えなくてはならない。さらに戦神ベルム様の祝福を我らに与え強化しようとしたのだよ」


(みなまで言わないでくれ…。も、もうやめてくれ、おっさんHP0よ)


「なるほど、街を思っての行動だったのですね。ん、じゃあなんで自分が英雄になるかみんなで英雄になるか選ばせたんですか?」


「練兵で犠牲になるものがいるかもしれないからだ。いや必ず犠牲が出る。自分の判断で失う命の重さと、街の未来を天秤にかけていたのだよ。こやつはな…」


「そうか、すいませんでした。そんなこととは知らずに、浮かれすぎていました…」


全てを理解し、葛藤に苦しんだおっさんを思うカイト。


「ケイタよ、全てを背負う必要はない。そして、まもなく南門からゆっくり大通りをねり歩き、凱旋する。しっかりお前の作戦で守った街の人たちの顔を見るのだぞ。よいな?」


「はい」




城壁が見えてくる。


(旗って城壁の上にあったっけ。あまり気にしてみたことないな)


かがり火は既に片付けられ、城壁の上はフェステル家の旗が等間隔にたなびいている。



南門が近づいてくる。


南門の横に並んだ音楽隊が演奏を始める。

まだ100m以上離れているが、歓声は既に聞こえている。



南門の外で荷馬車は停まる。


南門の外ではフェステル子爵が配下を引き連れ待っている。


(あれが子爵かな。初めて見たな。ダンディなおじさまだな、ピエールっぽいな)


おっさんに雑念が戻ってきたようだ。

馬車をおりたレイ団長と強く握手を交わす。

何か打ち合わせをしているようだ。


(あの時の状況を説明しているんだろうな。ん、団長がちらちら俺を見てるな)



荷台のようなものが南門の先で並んでいる。

立って乗る台車のようだ。

1台目と2台目は大きい。3台目以降の倍はあるようだ。

3台目以降は横2列となり、全て合わせると300名は乗りそうである。


1台目に乗るフェステル子爵とレイ団長、おっさん、カイト達クラン一行。

2台目に運ばれる英霊たち13体。


(子爵も荷台に乗るんだな。いや違うな、乗るべきだな。村人から救いを求められて翌日朝には食料詰め込んで冒険者を招集させ、騎士団とともに討伐に向かわせたのは子爵の英断だもんな。もう少し手をこまねいていたら結果は変わっていたな。ルルネ村の村人も良い領主といってたな)


おっさんが考えていると、ゆっくり綺麗に装飾した馬が前進して、荷台を運び始める。


南門を抜ける。

大通りの道を開けるように、大勢の人がいる。


(こんなに人いたんだな。お。子爵がなんか言い出した。)


勝利の言葉を言っているが、歓声が大きすぎて分からないおっさんである。


(音が大きすぎて逆に静かに感じるな。サッカー選手はこういう感じなんだろうか)


大通りをゆっくり馬車は進み続ける。

皆が身を乗り出し全力で手を振る。


ふと、自分の後ろの2台目を見るおっさん。

顔が曇るのを感じる。



ふいにレイ団長から粗雑に目元まで隠したフードをはぎ取られる。



黒目も黒髪も気にせず歓声を続ける街の住人達。


何をと、レイ団長を見ようとするおっさん。


その時、さらにフェステル子爵に肩を持たれ視線を無理やり変えさせられる。




(あれ、見たことある人たちがいるぞ)


その視線の先に、大通りには普段おれないスラムの住人達が騎士団とともにいる。


湯浴みを済ませており、普段着れない小ぎれいな服を着て戸惑っているようだ。


リクは、騎士団に抱きかかえ上げられ、おっさんに対して、両手で大きく手を振っている。

ミカは恥ずかしいのか怖いのか母親に抱っこされて、顔を母の胸にうずめている。

母親はミカをあやしながらやさしく手を振っている。



おっさんの目から涙がこぼれてくる。



フェステル子爵を見るおっさん。



フェステル子爵に一言何か言われる。



何か言われたようだが歓声で聞こえない。





『お前が守ったのだ』と言われたような気がしたおっさんであった。

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