第35話 城壁

どこからともなく現れたとされる大魔導士ケイタはたくさんの逸話、伝説を生みだした。


冒険者に夢を持たせた話

魔導士に魔導の道を示した話

王宮で囁かれた話

吟遊詩人に唄われた話


そして今回お話しする「城壁」という話は王国騎士団に語り継がれた話である。





何もない草原で騎士達が集まっている。


「そんな、誘導、いや、撤退は、無理だ…。フェステルの街が蹂躙される…」


レイ団長は対応を求められている。

その時間は1刻である。2時間しかないのだ。


(オーガが2000体かそれ以上か。3000体として300人の軍隊か。普通は無理だな)


考えるおっさんである。

騎士団の様子を心配そうにするトトカナ村の人々。

フェステルの街の人々の顔も思い出す。


(そういえば。狩りに行ってばかりでスラムくらいしか街の人と絡んでないな。今度キツネ耳の受付嬢さんのお名前聞こうかな。いやいや。こんなブサイクなおっさんに話しかけられても迷惑か)


「どうしますか?レイ団長、レイ団長に命令いただけるなら。わ、わたしは…」


レイ団長に詰め寄る騎士団たち。




(二択でどっちにすべきか、答え出せないな。所詮俺も凡人か。レイ団長に決めてもらおう。どきどきするな、このまま切り捨てられたりして)




「あああっ!困ったなっ!」




突然おっさんは声をはる。


(怖いよう)


「ん、どうしたのだ、急に?」


レイ団長が聞いてくる。

こんな時にと騎士団は睨んでくる。


「いやあっ、この時にどうしようか迷ってましてね、どうしようっ」


「今どういう状況下分かっているのか!?き、きさまっ」


剣に手を持ち、怒り高ぶる騎士たち。

街の存亡がかかっているのだ。

明日にはオーガの大群はフェステルの街に接近するかもしれない。


「どういうことだ。何か妙案があるのか?」


レイ団長は聞いてくる。


「はい、ですが、どちらがいいかどうしても決められなくて。レイ団長に決めていただけませんでしょうか?」



「お、おい」


もう我慢ならんと剣を抜きだした騎士団たち。

心配そうに見る村人たち。



「よい、このような状況だ。聞こうではないか」


「し、しかし…」


「して妙案があるんだな。どういう話だ?」


おっさんはレイ団長を見つめ、神妙な顔で言う。




「私一人でオーガの大群を滅ぼして私だけが英雄になるか。討伐軍300人皆でオーガの大群を滅ぼして、皆で英雄になるかで答えを出せないでいるのです」




「な!?」


声が詰まり何も言えなくなる騎士団たち。



そんな中




「は、ふはは、ふははっははっははは、な、そのような、こっ、とがっ、ふはははっ」




レイ団長は笑いが止まらず、声を出せないでいるらしい。

むせ返ってとても辛そうである。


この雑談だけで報告から15分近く過ぎている。




「どうしますか?レイ団長」




おっさんは改めて問う。

切り捨てることに決め、剣を持ち、おっさんに無言で近づいていく騎士団たち。

微動だにせず、レイ団長を正視するおっさん。

振り上げられる剣。


(ち、ちびりそうだ。むせてないで。はよ答えてくれ)



「まて、そうだな、答えを言わせてくれ」


「はい」




「当然、300人皆でオーガの大群を倒し、皆で英雄になるに決まっているだろ!」




「レ、レイ団長…」


レイ団長の正気を疑う騎士団たち。


「我レイ=クレヴァインはアロルド=フォン=フェステル子爵より本討伐軍の全権を任せられている。我は魔法使いケイタの案を聞きたい。皆の者もそれでよいか」



「「「は」」」



敬礼して答える騎士団たち。


「それでは、誘導でも玉砕でも街での籠城でもない方法を魔法使いケイタ殿聞かせてくれぬか」


「はい、これを使います。アースウォール」


土魔法レベル3により作られた縦横10mの4枚の壁が横一列に緩やかにカーブを付けて並ぶ。

4枚の間には等間隔に3mの隙間がある。


「これでどうするんだ?」


「もう何度も言わせないでください」


「ぬ?」




十分に間を開け、ブサイクなおっさんは決め顔でいった。


「『城壁』を利用しない騎士がどこにいますか」




「ほう、『城壁』か、これは」


レイ団長も冒険者ギルドでおっさんがいった言葉を思い出したようだ。


「まずは城壁をここに作ります。命令権をもつ騎士団の方は、斧2名剣1名槍4名の7人構成を14部隊、20名の弓部隊を5つ作ってください。斧についてはできるだけ力のある方を選んでください、迅速に行動を」


「聞いたな、速やかに行動してくれ、そしてどうする?」


レイ団長は指示を飛ばす。


「いえ、ここから先は城壁がないと説明が難しいです」


「ぬ、そうか」


「すぐに完成します」


(半径50mの円でよいか。MP8で40m分の城壁を作れるんだ。MP半分も使わないな)


3mの間を等間隔に開けた半径50mの壁を築いて行く。

3mの間の高さ2mになるように土魔法を重ねていく。

最後に一つを除いて壁にできた穴を重ねるように消していく。

5分も立たないうちに一つだけ横3m高さ2mの空いた半径50mの城壁が完成する。

見上げ驚く騎士団たち。

城壁の中でおっさんは話しかける。



「カイトさん」


「え、あ、はい」



「この前の『貸し一』ここで返していただきましょう」



「へ?」


唐突に話を振られるカイトである。最初から一部始終見ていたが、何の話か見当もつかないのである。


「カイトさんら疾風の銀狼クランには模範演技をしていただきます。残りの14部隊には同じ動きを順次していただくのでしっかりお願いしますね。クランに槍使いがひとり少ないので騎士団からどなたか選んでおいてください」


「そ、それは…」


「大丈夫です。向かってくるオーガを倒すだけの簡単な作業です」


おっさんはにやにやしながらカイトにそう言った。






それから1時間ほど経過した。

既に荷馬車部隊も城壁内に戻ってきている。


おっさんは作った城壁の上である。

壁は厚さ3mあるのだ。

壁の内側には、複数の「上り用」と「降り用」に作られた土壁のらせん階段がある。


一通り全軍に説明を済ませ、村人を円形の城壁内のフェステル側後方の一か所に固めるのに誘導し現在に至る。

疾風の銀狼と14部隊はおっさんが説明した内容を、練習を行っているようだ。




「それで勝てそうなのか?」


レイ団長は問う。

このような城壁を見せられても不安なのである。

相手は2000を超えるオーガの大群である。


「まあ3割でしたね」


「そうか、3割か、悪くない賭けだな…」


この状況で3割の確率でも街が救えるならと思うレイ団長である。


「はい、みんなが私の話を聞いてくれるのに3割の確率でした。切って捨てられるかと思いましたよ」


「ぬ、おぬしの話を聞いたら何割なのだ?」


「え、負けるわけないでしょ。最初まごつくかもしれませんが、その時は回復魔法と壁でカバーしますよ」


「な、本当なんだな?」


「もちろんです。ただし、これから戦闘は7から8刻くらいは最低でも覚悟しておいてくださいね。日が暮れても終わりませんからね」


「はは、それくらいの戦闘は過去に何度もあるわ」


「それは良かった。街への報告は?」


「先ほど送った、街の守りを固め、援軍不要とな」


「ありがとうございます、助かります」


「この戦いが終わったら教えてくれぬか?」


「はい、なんでしょう?」


「いや、なんとなくわかる気がするんだが。これは答え合わせか」


「はい」


「なぜ2択をわしに選ばせたのかだ」


「これが終わってからでお願いします、きたようですよ」


地平線の先に土煙が上がる。

段々土煙は近づいてくるようだ。


その手前に5体の米粒みたいなものが誘導しているように見える。

遠くて分からないが、馬に乗った人間がどうやらオーガの大群を連れてきているようだ。


(MPKか。いやこれはモンスターの釣りだな。俺もよくやったな…。味方の陣営にモンスターを釣ってくるの。結構うまかったんだよな)


段々オーガが良く見えてくる

だいたい3mのオーガ。

大きいもので4m近くになる。


その前方の5体の米粒もだんだん見えてくる。

なにか煙を発している。


「あの煙でオーガを誘導しているようですね」


「なるほど」


「でも助かりましたね」


「何がだ?」


「きっとオーガを森中から団子状態にして集めるのに頑張ったのでしょう。そのおかげでトトカナ村の住民が逃げる時間を十分に稼げました」


「そうだな、してどうする」


「オーガはまっすぐこちらに誘導してほしいです」


「あい分かった」


指令を出すレイ団長である。


「弓部隊20騎はオーガを誘導する5体のものをぎりぎりで始末せよ。始末したら壁に戻ってこい」


「「「は」」」


おっさんは壁の一枚を消す。

騎馬隊が城壁から出てオーガの前にいる5体の何かの討伐に向かう。


後ろはオーガの大群なのでほどなく逃げることもできず、囲まれるようにやられる5体である。


(ああ、普通に戦争だな)


おっさんの表情が曇っていく。



速やかに城壁に戻る弓部隊達。

5体の誘導に使っていた煙を出す媒介も壊れ、少しずつ意識を取り戻すオーガである。

そのまま前進を続ける。


(前、トトカナ村に向かう途中のはぐれオーガみたいに攻撃しなければ前進する感じだな)


「弓部隊は弓をオーガへ。敵と認識させます」


(ヘイトを取りターゲットを認識させないとな)


城壁に待機する20名の弓部隊。

射程範囲ぎりぎりまで引き寄せる。


「よし、射よ」


レイ団長の号令とともに弓は射られ、城壁目指して激怒したオーガが突っ込んでいく。


城壁のオーガ側からの半球の前面にひとつの穴が開いている。


中央の穴に向かう1体のオーガ。

城壁の穴に人間が収まっているようだ。


人間はオーガの腹部を切りつけすぐに後退する。

さらに城壁の中から4本の槍がオーガの足や腹部を狙う。


「グフ」


腹や足を少々切られ貫かれたぐらいではオーガは死なない。

怒りながら、自分の体の3分の2ほどの穴を頭からくぐろうとする。


城壁内へ頭を出そうとしたときオーガの力は抜け絶命した。


城壁の内側の両サイドにいた斧戦士がタイミングを合わせ、全力でオーガの首めがけて斧を振ったのである。

切断はできなかったもののそれぞれ首の半分近く食い込んでいる。


「いけそうですね」


「ふむ、やはり斧戦士がとどめを刺すんだな」


「そうです、オーガは城壁の穴を抜けるために、我々に首を差し出します。オーガの首を狩るのです」


「なるほど、敵自ら急所を捧げさせるんだな」


(クリティカルヒットがあるのは前回トトカナ村の実験で実証済みだからな。そして、レベル上げのためにあらゆる場面で作業ゲーを模索してきたことが、こんなところで活きるとはな)



「よかった」


「どうしたんだ?」


「穴をふさぐ死んだオーガは、別のオーガが邪魔で引っ張り出すみたいです。それくらいの知性はあるようです。まあふさがった穴があればまた考えましょう。予備の穴も十分ありますからね」


「ほう」


「では、順次、穴を増やしていきます」


城壁は複数の土魔法が重なり合っている。

1回の土魔法分を消すだけで、高さ2m横3mの穴が順次できていく。

1回壁を消せばできる穴が城壁には20個もあるのだ。

おっさんは様子を見ながら穴をふさいでいた穴の壁を消していく。


「レイ団長、まもなく5個の穴を空けますが、5個全て空いて半刻(1時間)に1回ずつ後ろの部隊とメンバーを交代させます。それぞれの穴で、3部隊で1周ですね。合図を送りますので指示を。弓部隊もその時に交代です。弓が切れたら村人とともに待機を。陣形が崩れ、危ない穴が発生すれば警笛を3回鳴らしてください」


(タイムウォッチセットしないとな)


「作戦どおりにいくのだな?」


「はい、穴が埋まってきた場合は住民側に設置した今は閉じている予備の穴も含めて交代もしますので、その辺の判断を密に行っていきましょう」


「分かった。わしも下で指示をするとしよう」


「はい、わたしも殲滅に加わります」


城壁内の壁をおり、下で指示をしている騎士団の上官の元に向かうレイ団長である。




(ステータスオープン)


Lv:19

AGE:35

RANK:C

HP:300/300

MP:124/420

STR:62

VIT:89

DEX:89

INT:390

LUC:96


アクティブ:火魔法【2】、水魔法【2】、風魔法【3】、土魔法【3】、回復魔法【3】、治癒魔法【2】

パッシブ:体力向上【2】、魔力向上【3】、力向上【2】、耐久力向上【2】、素早さ向上【2】、知力向上【3】、幸運力向上【2】、魔法耐性向上【1】、魔力消費低減【1】、気配察知【1】


加護:検索神ククルの加護(小)


EXP:72874


PV:6729

AS:46



(MPが切れないようにレベル上げをしながら敵をせん滅だな)


(マップオープン)


円形に広がる無数の赤い点。



(弓隊に射られたオーガは穴部隊に殲滅させるとして、壁を無視して街に向かう敵を最優先だな)


『地図』の光点の動きでオーガのヘイト状態を判断するおっさんである。

おっさんの魔法は弓よりも攻撃範囲はかなり長いのである。



(さて、せっかくモンスターを釣ってくれたのでおいしくごちになりますか)



城壁の下で騎士や冒険者たちの「戦神ベルムの祝福が」という声が聞こえる中、おっさんの戦いは開始されたのである。

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