第34話 オーガの大群

ダンッ、ダンッ


「ケイタ殿はここにいるか?」


ここは銀皿亭の一室である。

おっさんはいつもの部屋に宿泊していると朝6時過ぎにものすごいノックの音で目が覚める。


(え、モーニングコールお願いしてないんだけど)


隣の部屋とモーニングコール間違えたホテルのようなツッコミを入れるおっさんである。


ダンッ、ダンッ


「ケイタ殿はいないのか?」


「あー、はいはい、います、今出ます」


ドアを開けると、ごつい兵士が二名立っている。


「ケイタ殿であるな?」


「はい、そうですか、なんでしょう?」


(え、なんだこれ?しょっ引かれるの。おっさん怖いんだけど)


家に突然やってきた警察を連想するおっさんである。


「ケイタ殿に対してフェステル領を治めるアロルド=フォン=フェステル子爵の命による緊急招集が発令されている。これが令状である。速やかに支度をすませ、冒険者ギルドに向かうように」

兵士は縦型の令状を上下につかみ突き出すようにピンと張る。

おっさんは寝ぼけた目で見ると、令状には『緊急招集』の文言と見たことがないサインがある。


「え、あ、はい。分かりました」


荷物などほとんどないため、すぐにまとめる。

廊下に出ると二名のうちの一人の兵士は待機していたようだ。

廊下を歩くと同じように別の部屋のドアをたたく兵士が見受けられる。


(おれだけじゃないんだな)


おっさんは鍵をカウンターに預け冒険者ギルドに向かう。

後ろをついてくる1名の兵士。


冒険者ギルドに着くと既に、冒険者ギルドの周りは人でごった返していた。

大勢の兵士が荷物を荷馬車に詰め込んでいる。

後ろをついてきていた兵士は足早におっさんを追い抜き、現場を指揮している上官らしき人に報告を行う。


「魔法使いのケイタ殿をつれてまいりました」


「うむ、あちらに案内をして差し上げなさい」


上官らしき人は手に持った帳簿のようなものに記録を行い、兵士に指示を出す。


「ケイタ殿はこちらです」


人がごった返した一画に案内される。


「あ、カイトさん」


「ケイタさんもいらっしゃったんですね」


「はい、これは何なんでしょうね」


「え、そうですよね。聞いていないですね。なんでもトトカナ村にオーガの大群が現れたという話です。事態を重く見たフェステル子爵が緊急招集を発令し、討伐隊を派遣することになったという話です。もちろんオーガの大群がこのフェステルの街にもやってくる可能性が十分あります」


「え、そうなんですね」


「トトカナ村の村人が昨日息絶え絶えに、冒険者ギルドとフェステル子爵に陳情を持ってきたとギルド職員に聞いています。Cランク以上の冒険者に指名が出ているんですよね。

Bランクのクランも私たちを含めて三つ参加するんですよ。過去にない大規模な討伐隊を結成するみたいです」



そして聞きたくないことを聞くおっさんである。



「トトカナ村はどうなったと思いますか?」


「そ、それは、たぶん絶望的だと」


おっさんは真っ白になる。


「ギルド職員に聞いた話ですが、これはみんなには言ったらだめですよ。今回のオーガの大群は100体を超えているという話です」


カイトの話がどこか遠くで聞こえる。

おっさんには2歳の子供と抱擁する母の幻影が見えていた。




(命の安い世界か)




2時間ほど人がごったかえす冒険者ギルド前の一角で静かにたたずむおっさん。



「我はレイ=クレヴァインである。本日討伐軍の団長をアロルド=フォン=フェステル子爵より拝命された。まずは感謝の言葉を言いたい。よくぞ、この領都存亡の時に集まっていただいた。これより、オーガの殲滅に向け討伐軍の侵攻を開始する」


以前おっさんがあった団長が号令を懸けている。


(さて、せめてオーガは何とかしないとな。100体なら何とかなるだろう)


自分の乗り込む馬車を探すおっさんである。



「魔法使いのケイタ殿は居ますか?」


おっさんのいる一角に兵士が探しに来る。


「あ、はい、います。私はどちらに乗ればいいのでしょう?」


「ケイタ殿はこちらでございます」


(なんか丁寧だな、対応)


過去にない兵士の対応に驚くおっさんである。


案内された馬車は前方に陣取る大型の馬車である。


「こちらです」


おもむろに乗り込むおっさんである。


「よくぞ参られた」


馬車の中にいるレイ団長に声を掛けられる。


「え!?」


「どうした、入らぬか。もう出発するぞ。ことは急を要するのだ」


とりあえず言われた通り中に入る。

中にはカイトもいる。


(ん、つい最近までトトカナ村にいたから情報提供かな。でもカイトさんが既に報告してるんじゃ…)


窓際に座るおっさんである。

中には騎士団の上官と思われるものが何人もいる。


(姫騎士はいないな)



おっさんが乗り込んでほどなくして出発を始める。

会話をすることなく車窓から外を眺めるおっさんである。


「なぜ、ここに呼ばれたか聞かないのか?」


おもむろにレイ団長に声がかかる。


「いえ、できることをするだけですので」


「そうか」



少し間を開けレイ団長は語る。


「今回のオーガの異常行動は帝国の仕業である」


「ちょっと!団長!」


部下の上官が口を挟む。


「良いのだ、ケイタ殿は聞いておいた方が良い」


(帝国と王国の戦争か。戦争に巻き込まれたのか。トトカナ村も、そして、おれも)


「以前からいくつかの実験的な兆候があったのだが、今回の動きはとても大規模だ。ついに帝国は動いたと見ている。懸念は摘まねばならないのでな」


「そうなんですか」


小さくおっさんは返事する。


「それにな、まだ希望はあるのだ」


「え?」


「実はな、もしかしたらトトカナ村の住人は逃げることができたかもしれないのだ」


「へ?」


「なんでも陳情を持ってきた村人の話ではな。オーガは何十体も村の前に集まったんだが、襲ってくるわけでもなく動きがゆっくりだったと聞いている。村人は今必死にフェステルの街方向に逃走中かもしれぬ。急げばまだ間に合うかもしれないのだ。もちろん可能性は低いがな」


(そうか、だからあんなに食料詰めていたのか。お互いに向かってるならもしかしたら明日には会えるかもしれないということか)


おっさんの目に希望の光が戻ってきたようだ。



30分ほど経過したその時である。


「前方にオーク3体」


御者から檄が飛ぶ。


「む、騎馬弓隊は迎撃態勢を」


上官が指示を発令しようとする。


「必要ありません、失礼します」


窓から軽く身を出すおっさん。

オークを視認する。


(ウインドカッター)

(ウインドカッター)

(ウインドカッター)


発動と同時にオーク達は四散する。


「な!?」


カイトとレイ団長以外の乗客が驚いているようだ。


「始末しました。先を急ぎましょう。モンスターが出た掛け声のみお願いします」


(まあ見たことないモンスターじゃタブレットでは分らんしな)


「少しは元気が出てきたようだな」


「はい」


「それで私を呼んだ理由をお聞かせください」


さっきは理由を聞かなかったおっさんである。


「実はな、わしはそなたの魔法だけではなく。その戦術にも興味というか期待をしているのだ。大事な時であるからな」


「そうですか、ではこの討伐軍の規模を教えてください。良い提案ができるとは限りませんが」


「な!?きさま!」


反応をする上官である。


「ふむ、騎士団が200名、冒険者100名の混成300人である」


「今までにない討伐軍ですね」


カイトが討伐隊の総数に反応する。


(それでもBランクのオーガ100体に比べて300人では少ないかもしれないな。Cランクの冒険者や、そのレベルの騎士も結構いるだろうしな)



おっさんが敵を瞬殺するので、馬に休憩を取らせつつも迅速に討伐軍は進行していく。




暗くなってきたので、討伐軍は陣を作り始める。

パチパチとなる焚火を眺めるおっさんである。


「すいません」


ふいにどこかで見たことあるような20代半ばの男から声がかかる。


「この前はありがとうございました」


「ん、なんのことでしょう」


「え、クラインです。覚えていないのですか」


どこかで見たことあるような男は驚いた顔をする


「あー、思い出しました。クランの回復役の。良かったですね。でもいいんですか?そんな病み上がりでこんな大規模な討伐軍に参加して」


記憶をたどるおっさんである。


「大丈夫ですよ。ケイタさんに回復魔法かけていただいたので、あの時はしっかりお礼言わなかったですからね。一度しっかり言いたくてね」


「カイトさんは魔法量をよく心配する人ですね」


「そうなんですよ。だから気を付けるようにしてるんです」


「でも大事な時に魔力量を貯めておくことも大事ですが、戦闘中にもかけてあげたほうがいいですよ」


「え、なんですかそれ?」


「まあ、なんとなくですよ。忘れてください」


(まあ、これくらいのことは言っておいてやるかな)




次の日、日の出とともに討伐軍は活動を始め速やかに出発を開始する。

おっさんは馬車に乗り込むとレイ団長に話しかけられる。


「魔力量は十分かね?」


「そうですね」


「今日はオーガが出てくるかもしれぬ。今後のモンスターの遭遇はこちらで対応しよう」


「お願いします」


(まあ当然そうだよな)




特に会話もないので、武器や回復魔法、攻撃魔法の使い手などを聞くおっさんである。

いちいち騎士団の上官が睨んでくる。


(回復魔法が五人、攻撃魔法は三人か。思った以上に少ないな。それも俺も含めての人数だけどな。弓が100人もいるのか。斧50人、剣130人か。斧剣使える人は槍をほぼ全員使えると。残りは偵察部隊か。それでオーガ100体か。できれば無傷で勝利したいな。どうするかな)


この人数でできることを考えるおっさんである。




昼に差し掛かるころ、御者から希望の声が届く。


「おい、人がいるぞ!村人だ!!」


身を乗り出すおっさんである。


(よかった、間に合ったか!)


息絶え絶えに歩く村人たちである。

鎌や槍などを握りしめた若い成年は戦闘が移動中何度かあったのか体の各所から流血が見られる。

小さな子供や老人を抱えるものもいる。

100人以上いるようだ。

討伐軍が見えたのか、手を振り何かを言っているような気がする。


村人を囲むように討伐軍は陣を取る。

速やかに補給物資から水や食料が用意される。


村人に近づくおっさんである。

食料はほとんど村から持ち出す暇がなかったようだ。

背負った子供を揺り起こすが、反応を示さない子もいる。



「ヒーリングレイン」



1週間ほど前に見せた奇跡の雨が再度、村人を優しく包む。


「ほう、これが…」


感嘆の声を漏らすレイ団長。


「回復魔法はかけましたが、水や食料は十分に補給してください」


体力を回復させた村人に語り掛けるおっさんである。



「偵察部隊は前方のオーガの大群の様子を確認せよ。騎士隊長は陣をとり部下に武器を持たせよ。荷馬車部隊はまだ村人がいるやもしれぬ。ぎりぎりまで前進して村人を回収せよ」


激を飛ばし、矢継ぎ早に指示を出すレイ団長である。

騎士団は村人から当時の様子を確認しているようだ。


「何とか救出できましたね」


カイトから声がかかる。


「はい、よかったです」


この前見た母親と子供を見つけておっさんはつぶやく。



(村人もいる。このまま前進するか、ここでオーガと戦うのか)


木もほとんど生えていない。

膝までもない草がはえる何もない草原が地平線まで広がっている。





3時間ほど経過すると、偵察部隊と思われる騎馬隊が戻ってくる。

レイ団長に報告するようだ。

横で話を聞くことにするおっさんである。



「それで、オーガは何体ほどいた。いつ頃、討伐軍と接近する」


「あ、あの…」



顔面は白い。顔は絶望が覆っている。

嫌な予感がするおっさんである。



「どうした?早く答えぬか!ことは急を要するのだ!!」


レイ団長は声を荒げる。


「お、恐れながら申し上げます…。オーガは、す、推定2000体…。いやそれ以上3000体はいるかもしれません…。う、埋め尽くすほどの数でした。このままだと、およそ一刻後には接敵するかと。お、思われます…」


レイ団長は目を見開きすぐに返事が出ないようだ。




少し間を空けようやくレイ団長は口に出す。


「そ、そんな、お、オーガ3000体など王国騎士団が全軍当たっても不可能ではないか」

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