第31話 おっさん、無双する

時刻は夕暮れに差し掛かっている。

のどかな村は5体のレッドパイソンウルフによって蹂躙されようとしていた。


「ケイタさんも引いて!」


カイトさんが後ろの方から声が聞こえる。

おっさんは耳を傾けてはいないようだ。


(さてと、まずは土魔法で動きを止めて。次に風魔法でミンチだな。ん、この感覚はやはり複数攻撃か)


「アースウォール」


土魔法Lv2と同じ大きさの壁がレッドパイソンウルフを囲むように四方から一瞬で出現する。

壁は地面から傾いて出現したようで天井をそれぞれの壁でふさいでしまう。

しかし、四方の壁は隣接して出現したわけではないようで四方の角には1m弱の隙間ができているようだ。


(壁が一度に4つ出る感じか。ふむ、イメージ通りに出てきたな)


ものすごい勢いで体当たりするがレッドパイソンウルフでは破壊できないようだ。


(よし、Bランクモンスターなら壊せないな。このまま全部囲むぞ)


「アースウォール」

「アースウォール」

「アースウォール」

「アースウォール」


一瞬にして残り4体のレッドパイソンウルフも同様に動きを封じる。


(さて、始末するか。そういえばモンスターってクリティカルヒットってあるんだっけ?)


せっかくなので検証を考えるおっさんである。


【ブログネタメモ帳】

・クリティカルヒットの是非について


(まずは風魔法レベル3の威力の確認かな。複数攻撃っぽいけど)


一番最初に捕らえたレッドパイソンウルフの元にいくおっさんである。

前足で爪を立てようとするが、隙間が狭すぎて届かないようだ。


「エアプレッシャー」


「ググギャアアア」


壁の角の隙間から魔法を打ちこむおっさんである。

風魔法Lv2と同じ大きさの風の刃が4つ現れレッドパイソンウルフを切り裂いていく。

なすすべもなく全弾を受ける。

狭い壁の反対側に吹き飛ばされる。


(どうやらレベル2の魔法の型を踏襲しつつ複数攻撃するイメージか。もういっちょ打ってみるか)


「エアプレッシャー」


(むう、レベル3を全弾命中しても死なないか。死ぬまで打ってみるか)


魔法を壁の角の隙間から打ちまくるおっさんである。


(9回打ってやっと死んだな。結構弱いんだな俺って。クランメンバーも逃げて経験値全部入るし、まあいいか。レベルも上がったしな。さて次々。次は口の中とか急所狙ったらどうなるかも調べないとな)




「あれ、ケイタさんは?」


村の中央まで撤退したときにブリジアが、おっさんがいないことに気付く。


「もしかしておれたちを逃がすために、壁を作っていたかもしれない」


カイトはそう判断したようだ。

どうするべきか一瞬迷うカイトである。


「しかたない、もどろう」


もと来た道を戻るクランメンバー一行である。




「え!?うそ!」


戻ってきたメンバーが見たのは壁で囲まれた天井が閉じるようにできた箱のようものが5つある。

箱の端から隙間からおびただしい血が流れ、隙間からレッドウルフパイソンが辛うじて見える。

そして


「エアプレッシャー」

「グヤアアアア」


最後の1匹をおっさんがとどめを刺す瞬間であった。


「ケイタさん」


「あ、すいません、撤退せずに。いけそうだったので。これらも異常種なんですかね。ちょっと普通のがどんなのか分かんなくて」


平然と言うおっさんである。

正直おっさんとしても皆が驚いているのは分っているのである。


(やはりBランクの冒険者も別にBランクのモンスターを無双できるわけではないんだな。まあ俺も土魔法自体が優秀なだけでそれ以外の魔法だけではこうもいかないしな。きっとAランクやSランクの冒険者だともっとすごいのかもしれないけど)


クランメンバーの表情を見て、冒険者の力を推し量るおっさんである。


「いや、そうじゃなくて」


「これ全部一人でやったの。Bランクのモンスターが5匹も出てきたのに」


「まあ、見てのとおりです。素材回収は村の人に手伝ってもらいますかね。回復もしたしそれくらいしてくれるでしょう。明日は森の調査でしたっけ。村長に言って休ませてもらいましょう」


「え、はい」


壁を消し、むき出しの血まみれのレッドパイソンウルフが5体無造作に転がっている。

全身が細切れになったもの。

口の中や、首元がズタズタになったもの。

色々な状態で死んでいる。


無残な死体をただただ見るクラン一行である。




その日は村長宅に泊まる。

田舎の屋敷は8人の大所帯がやってきても泊まれるだけの広さはある。


次の日、前日に事情を話しているので、村人が集められレッドパイソンウルフが解体される。

蛇の部分は食べることができるらしい。

異世界の住民はたくましいのである。


解体は村人にお願いし、ウェルナ大森林に入っていくクラン一行である。




「魔力量は回復しましたか?」


どことなく敬語になるカイト。

冒険者にとって力こそが正義なのである。

おっさんの力は既にBクラスクランの常識を超えてしまったようだ。


「全く問題ありません。ああ、そうだ」


「どうしましたか?」


「回復役のクラインさん、よければ回復しますよ、街に戻ったらですけど」


「それは本当かい?助かるよ。それはいくらになるのかな?」


「何言ってるんですか」


「え?」


「仲間はプライスレス、無料が常識でしょう」


「ああ、ありがとう」


「そうだ、でも困ったときに助けてほしいな。『貸し一つ』ってことで。」


「え?ケイタさんを助けることができるほどじゃないよ。僕ら」


もう実力差は分っているらしい。


「何言ってるんですか。Bクラスだからこそできることってきっとたくさんありますよ」


おっさんはいやらしい顔でそういった。


「お手柔らかに頼むよ」


苦笑いをしてカイトはそう答えた。

少し気まずかった空気は和らいだような気がしたのである。




そのあと片道2日間往復2日間の行程を終え、村に帰ってくる。


「結局調査でしたが、会うモンスター全て倒してしまいましたね」


苦笑をするカイトである。

調査の予定なのに出てくるモンスターを撃破して進行しまくった4日間であった。

CBランクのモンスターも結構倒した。

もちろんその中に異常行動ととれるモンスターも複数いたのだ。


(ふむ、レベル19になったな。おかげで)


レッドパイソンウルフのうち、食料に使える部分は村に置いていくことになった。

荷物としても重いし、村への手間賃である。

荷物をまとめて村を出るクラン一行である。

村人全員が総出での見送りを受ける。





3日の帰りの道中は特に何もないようだ。



「お疲れさまでした。無事依頼は完了できそうです。冒険者ギルドへの報告と素材の売却や報酬については、私の方でやっておきます」


「そうですか、ではおねがいしますね」


ここは南門である。

いったんここで解散の予定である。


「では、明日の朝2の刻に銀皿亭に迎えにいきますね。ケイタさんへの報酬はその時お渡ししますね」


「はい、そしたらクラインさんの治療ですね。聖教会にいらっしゃるんでしたっけ?案内してください」


(結局、聖教会に行くのはこれが初めてだな。司祭のおじさん、おれのこと覚えているかな。回復魔法の習得方法も聞いてみようと)


「助かります。では、ありがとうございました」



解散したあとカイトはギルドに今回のモンスターの異常行動とおっさんの能力について伝えることになる。


おっさんは市場にやってきていた。

いつもの食料調達のためだ。


(まあいきなり餓死したりしないだろうけど、少し多めに持っていくか。今回の報酬もあるだろうし)


袋一杯の食料を買いあさるおっさんであった。



スラムのいつもの場所にいくと、どこかで見たことのあるような子供をみる。


(お、歩けるようになったか。たしか少年がミカと呼んでた女の子だな)


「こんにちは」


「ひ、きゃあああ!おかあさああん!!」


(なるほど、日本でたまにニュースでみる公園で知らないおじさんに声掛けられた事案のニュースはこういうことをいうんだな)


掘っ立て小屋に逃げ込む女の子。

立ちすくむ真っ黒な外套のおっさんである。


「あらあらまあまあ。戻ってきたのですね」


「はい、これはお土産です」


そういって市場でかった食料品を渡すおっさんである。


母親の後ろに女の子は隠れている。


「いつもありがとうございます」


「リク、おじさんが戻ってきたわよ」


(少年はリクというのか)


「お、おっちゃん。戻ってきたのか…」


食料を渡し、会話を少しして、銀皿亭に戻るのである。





・・・・・・・・・


ここはウェルナ大森林の中腹。

ヴィルスセン王国とリケメルア帝国の国境である。

クラン一行がトトカナ村を出てほどなくしてのことである。


甲冑を着た騎士たちが会話をしている。


「あの魔人も適当なことを言いやがって」


「おいおい聞かれているかもしれないぞ」


「構いやしませんよ。なにが『これを使えばモンスターをコントロールできる』だ」


騎士たちは、手に炊飯器くらいの大きさの不気味なお香を持っている。

煙が黙々と出ている。


「だが、実際コントロールしやすいものと、しにくいものがいるな」


「ええ、獣系なんかは知性が足りな過ぎてコントロールが難しい感じですね」


「そうだな、お香嗅がせたのに村を見たら我先に襲いに行くから回収するにも一苦労よ」


「その点、人型のオーガは反応がいいですね。完全ではありませんが、わりと言うこときく感じです」


どうやら騎士たちはお香を使ってモンスターをコントロールしていたらしい。


「じゃあ、オーガにするか」


「森中のオーガを集めましょう。森に散っている仲間たちにも伝えておきます」


「ああ、これでフェステルの街も終わりだな」


「じゃあすぐに進軍するんですかい」


「馬鹿かお前、オーガで街は溢れるんだ。オーガが散るまで1年くらい様子見よ」


「なるほど、隊長は頭いいですよね」


「まあな、これでフェステル領は帝国の一部になるんだ。王国への侵攻の第一歩よ。本部にも連絡をしておかないとな」




暗雲立ち込める会話は続いていく。

フェステルの街の存亡が問われる戦いは近いのである。

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