第30話 ヒーリングレイン

絶望で満ちた部屋の中でおっさんは、村長や看病を努める村人にすぐに声をかける。


「まず一番ひどい人から案内してください」


「こ、この子を、この子を!」


母親だろうか。血まみれになった2歳くらいの子供を抱きかかえてやってくる。

辛うじて息があるのだろうか。

腹を裂かれたのかおなかを包帯でぐるぐる巻きにしてある。

生きているのかさえわからない。


「では、いきますね、ハイヒール」


淡い光が子供を包み込む。

光が消える。


「あれ、回復しない…」


おっさんは動揺する。


「もう一度かけてみますね、ハイヒール」


淡い光が子供を包み込む。

光が消える。

しかし効果はないようだ。


「おた、お助けください、お助けくだ…」


子供を抱え祈り続ける母親。

母親の言葉がおっさんの中に入ってこない。


(なぜ回復しない?まだ生きているのに。ヨハンさん、村人、スラムの子供と違うのか?)


初めて回復魔法の効果がない状態が起きる。

必至の状況を考えるおっさんである。


「もうあきらめるのじゃ。まだ助けられる人もいるのじゃ。その子もう瀕死で助けられないのじゃ」


「そ、そんな…」


さとすように言う村長。

絶望する母親。



(ん、瀕死、そうか!状態だ。ステータスの状態なんだ!)


村長の言葉にヒントを得るおっさんである。




(スキルオープン)


『回復魔法Lv3 必要ポイント100Pポイント』




タブレットを開き、素早く回復魔法Lv3を取得する。


(これでいけるか。ん、この感覚は範囲魔法か)


スキルを発動しようとすると今までにない感覚を覚えるおっさんである。


「なんとかなるかもしれません。もう一度回復魔法をかけてみますね」


「いや回復魔法に限りがあるのじゃ。助けられる人を助けてほしいのじゃ」


村長の懇願を無視して、おっさんは希望の言葉を紡ぐ。




「ヒーリングレイン」




言葉とともに部屋中にまばゆい光で包まれる。

光り輝く雨粒がふりそそいでいく。

雨粒を浴びた怪我人が光り輝きだす。

怪我の時間を巻き戻すかのように回復していく。



「うそ、うそでしょ。なにこれ!?」



腰を抜かすブリジア。

クラン一行も状況が理解できないのか、固まってしまう。

おもむろに立ち上がる怪我人たち。

理解が追い付かない看病をしていた村人たち。


(これで子供は回復するか。包帯でぐるぐる巻きにされてわかんないけど)




光り輝く雨粒を浴びた子供が光り輝く。

光が消え少年の目の焦点があったような気がする。



「マ…、ママ、ママアアアアァァ」


「よ、よかた、よかったぁ…」



どうやら回復したようだ。

意識を取り戻し泣き叫びながら母親にすがる子供である。

抱擁して答える母親。


「そんな!?たった1つの回復魔法で、部屋中の怪我人を」


「き、奇跡ですじゃ。奇跡がおきたのじゃ」


感銘を受けるカイトと村長である。

怪我人の家族だろうか、怪我人は看病をしている家族と抱きしめ合っている。


(ふむ、おそらく、軽傷、重傷、瀕死などの状態で回復できる範囲が違うんだろう。どこまでが重傷なのか。あとはINTの高さにもよるかもだから何とも言えないな。もしかしたら回復を受ける側のレベルにも影響するのか)


感動が広がる中、回復の効果を検証するおっさんである。


(ん、欠損が治ってないな。レベル3の回復魔法にも回復できる限界はあると)


モンスターに襲われて片腕を失った村人を見るおっさんである。

回復魔法Lv3では欠損はなおらないようだ。


(消費MP8でこの効果か。MP消費少な目の世界で本当に助かるな。MP消費低減がなくてもMP消費10なのか)


ひとしきり検証をしていると村長から声がかかる。


「なんとお礼を言えばいいのですか」


「お気になさらず。できることをしたまでのことです」


(できる男は恩着せがましくしないもんだ)


ブサイクなおっさんはきめ顔でそういった。


「本当に助かりましたのじゃ」


「いえ、まだ、回復できていない人がいないか診てください」


「確認させるのじゃ」


「貴方も大丈夫なの」


ブリジアが遠慮気味に丁寧な口調でおっさんに話しかけてくる。


「え、はい。魔力量にも問題はありません」


「そう、よか…」




「グルアルアアアアアアアアアアア」


村の中に雄たけびが響き渡る。

悲鳴におびえる部屋の村人たち。

震える大人たち。

泣き叫ぶ子供たち。


「モンスターじゃ、モンスターがまた来たのじゃ」


「いこう!」


カイトの掛け声とともに、クラン一行は村の端の雄たけびの元に向かう。

もう村は夕方に差し掛かっていた。

村の静寂を遮る存在はそこにいた。


「レッドパイソンウルフよ!何か様子が変よ。顔に血管が浮き出ているわ!」


(たしか、討伐の依頼書にあったやつだな。この村が討伐依頼だしたのかな。ウルフなのかパイソンなのかわからない名前だなと思ったけど、上半身が狼で下半身が蛇なんだね。色は赤でまんまか)


モンスターを見て、感想が頭をよぎっていく。


「なるべく動きを止めますので囲ってください!」


「わかった!」


声を出すおっさん。

もうクラン一行で反対をする人はいないようだ。


「ストーンウォール」

「ストーンウォール」

「ストーンウォール」


畳みかけるように壁を出現させレッドパイソンウルフの行動を阻むおっさんである。


「グルグアアアア!」


なんども壁をたたきつけ破壊するレッドパイソンウルフ。


(ふむ、一度で壁を壊せないならターン的にこちらが有利だな)


おっさんのゲーム脳はフル稼働中である。


「ウインドブレイド」


モンスターの首元に魔法が撃ち込まれる。

この時クラン一行はモンスターを囲むことができたようだ。

槍で中距離からけん制しながら、囲みを小さくするようにレッドパイソンウルフのとどめを刺していく。


「うおおおおお!!」


カイトの渾身の一撃がモンスターの頭に食い込む。


「グルアアアアアアアアア」


大きく雄たけびを上げると、それで力を失ったかのようにモンスターは地に伏した。


「やったね」


(お、経験値1500だ。8人の均等割りだから1匹12000か。それにレベルも上がったな。レベル14だ)


レベルが久々に上がったことに喜ぶおっさんである。


「やっぱり顔のこの血管はなんでしょうね?変に脈打っていたわ」


倒したレッドパイソンウルフの状態を確認するブリジア。


「とりあえず全体回復しますね、ヒーリングレイン」


惜しげもなく全体回復魔法を使うおっさんである。


「さて、素材を回収したら…」



「グルグアアアア」

「グルグアアアア」

「グルグアアアア」

「グルグアアアア」

「グルグアアアア」



遠くで複数の雄たけびが聞こえる。


「うそ!?まだいるの?」


5体のレッドパイソンウルフが迫ってきたのだ。


「無理よ…、5体なんて…。それに群れるようなモンスターじゃないのにどうして」


動揺するブリジア


「引こう」


撤退することを決めるクランリーダーのカイト


(引く、ここはもう村の中なのに)


「え、村の中ですよ?」


普通におっさんは聞いてみる。


「状況が分からないの!群れるはずのないBランクの中でも強いレッドパイソンウルフが5体も出たのよ。無理に決まっているじゃない。逃げるのよ!」


距離を縮めつつあるレッドパイソンウルフ


「ストーンウォール」

「ストーンウォール」

「ストーンウォール」


壁を作ったそばから破壊されていく。

撤退を始めるクラン一行。


(どうしよう、敵が多すぎて、壁が間に合わん。逃げるか、いや無理だな)



おっさんはタブレットを起動させた。



(ゲートオープン)


『ブログに投稿できる程度の体験をされました。日本に帰還しますか。はい いいえ』


おっさんは『はい』をタップする。




そこは1k8畳のいつものおっさんの部屋である。


「戦闘中に現実世界に戻ってくるのは久々だな。コルネちゃん以来か」


ゴブリンの巣でコルネちゃん救出したことを思い出すおっさんである。


「つうか結構たまってるな。ブログネタメモ、今日明日じゃ終わらんぞ」


結局おっさんがまた異世界に行くのは来週の土曜日になる。




そして1週間後

半袖のシャツにトランクス一丁のおっさんはパソコンの画面を見ていた。


「いや、やっとおわったし。一週間もたつとレッドパイソンウルフ感なくなったし。」


どうやらおっさんはせっかくの緊張感を失うと言いたいようである。


フェステル街編

第26記事目 姫騎士にあってみた~剣の錆編~

第27記事目 MP回復薬はなかった件について

第28記事目 土魔法は無限の可能性~続編~

第28記事目 スラムで講義してみた

第29記事目 Bランク冒険者と冒険に出てみた

第30記事目 経験値配分は平等に~経験値の分配条件~

第31記事目 回復魔法の効果検証


「ふむふむ、やっぱり姫騎士ネタはアクセス数がいいな。みんな姫騎士は、本当は怖いの知らないようだな。結構理不尽感を前面に出したブログにしたんだけどな。PVとASポイントもずいぶんたまってきたな」


PV:6729

AS:446


「たしか、こっちの現実世界からでもASポイント振れるんだっけか。向こうは戦場だし振ってから行くかな。お!1ポイントずつしっかり振れるな」


決めておいたスキルを取得するおっさんである。


・土魔法Lv3 必要ポイント100ポイント

・風魔法Lv3 必要ポイント100ポイント

・魔力向上Lv3 必要ポイント100ポイント


Lv:14

AGE:35

RANK:D

HP:225/225

MP:320/320

STR:47

VIT:66

DEX:66

INT:290

LUC:74


アクティブ:火魔法【2】、水魔法【2】、風魔法【3】、土魔法【3】、回復魔法【3】、治癒魔法【2】

パッシブ:体力向上【2】、魔力向上【3】、力向上【2】、耐久力向上【2】、素早さ向上【2】、知力向上【3】、幸運力向上【2】、魔法耐性向上【1】、魔力消費低減【1】、気配察知【1】


加護:検索神ククルの加護(小)


EXP:7224


PV:6729

AS:146


「だいぶ、後方職特化のステータスになってきたな。ASポイントの100はとりあえずとっとかないとな。加護は相変わらず小のままだな。さて、これで土魔法のレベル3の効果が薄かったらもうどうしようもないな」


もう一度異世界から戻ってきたので次異世界にいけば、すぐには現実世界に戻ってこられない。おっさんにとって異世界とはもう何か他人ごとではなくなってきたのであろうか。


「さていくか!」



『ブログ記事の投稿が確認できました。異世界にいきますか はい いいえ』


おっさんは迷うことなく『はい』をクリックした。

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