第27話 指名依頼

土魔法の検証をし、一角ウサギと薬草の報告をするため冒険者ギルドで順番を待つおっさんである。

当然並んでいるのはキツネ耳の受付嬢のカウンター前である。


(ASポイントでステータス上げるにも限界が来たな。そろそろレベル上げをしに、モンスターを狩りにいかないとな)


今後の予定を思案する。


(だったらモンスターの生息域や生態を調べてからだな)


「あの、すいません。ケイタさん」


(顔を覚えられて声掛けられたな。フード被ってるけど。キャラが立ってきたか)


順番が来るとキツネ耳の受付嬢の方から声がかかる。


「はい。今日も一角ウサギと薬草です。ウサギ4匹と薬草2種類で20本です」


「あ、はい。銀貨14枚になりますね。それでケイタさん、今よろしいでしょうか」


「はい。なんでしょう」


(ん。また領主の使いの話かな。ちょっとこわいんだけど)


「ケイタさんはあまり高ランクの依頼はご興味ないのでしょうか?」


(お。ちょうど今高ランクの依頼お願いしようかと思ってたんだけど。前Cランクの依頼受けてもいいって言ったよね。おっさん覚えているからね)


「いえ。そんなことはないですよ。勉強不足なことが多いので色々な依頼を受けているだけですよ。何かいい依頼でもあるのでしょうか?」


「いいとは言い切れませんが…」


「はい」


(これから、あんましよくない依頼をすすめられるんだな)


少し要件を言うのにタメがある受付嬢

コンビニでは後ろの人のために手早く支払いを済ませるおっさんとしては、後ろで並んでいる冒険者がすごく気になるのである。



「実はですね。ケイタさんが回復魔法を使えると伺いまして。その件でどうしてもうけていただきたい指名依頼があるのです」


「ほうほう」


(回復魔法ってあれだよね。午前中に領主に使いの騎士と一緒に話受けたエルフの立会人からの情報だよね。そんな話も出たし)


「それでですね。実は、指名依頼の受注をしたクランの回復を担っている方がケガをしたので代わりに参加お願いできないでしょうか、という話です」


(回復を担ってるのにケガで依頼に参加できない件について。自分で回復すればいいんじゃ。いや、これが多分、この異世界の回復や攻撃魔法の後方職が抱える問題やもしれぬ)


異世界の後衛職の境遇についての懸念事項がいくつも頭を巡るおっさんである。


「あ、あの…午前中はうちの立会人があのような状況で何もせず大変申し訳なく思ってる次第なのですが…どうしてもケイタさんに指名依頼を!」


会話中に黙り込んだおっさんが冒険者ギルドに懸念を抱いていると勘違いをして、大きな声でお願いを始めるキツネ耳の受付嬢である。

どよめくように周りの冒険者たちはキツネ耳の受付嬢と漆黒の魔法使いを交互に見る。


「え、あ、はい。問題ないですよ」


(もう…大声出して。スキンヘッドのごりマッチョの冒険者が反応してでてきたらどうするんだよ!?)


「ですので、どうか…今回は…え!?本当ですか!!」


「はい。内容をもう少し詳しく聞いていいですか」


たしかに午前中の騎士の件について、剣の錆になるところだったことに何も思っていないわけでないおっさんである。冒険者ギルドの立会人が静観していたことについても、良い気持ちはないがそれだけのことであるのだ。


(キツネ耳の受付嬢に罪はないしな。たぶん、俺がこの受付嬢のカウンターに良く並んでいることも知ってて頼んできてるんだろな。まあ俺もベテラン冒険者からの情報も得られて、ブログネタも得られると)


「えっとですね。現在一部のモンスターが普段ない行動をしている事例が複数の場所で報告があります。今回の指名依頼はその調査依頼です。Bランクのクランである『疾風の銀狼』の回復役としての同行をお願いしています」


「クランっていうのは、冒険者の集まりという認識でいいですね」


「はい。Bランクのクランである『疾風の銀狼』は、フェステル支部の冒険者ギルドでも高い実績のあるクランで、クランの代表はカイトさんという個人でもBランクの冒険者です。実績もそうですが人格も優れている方です」


(ふむふむ。クランね。冒険者の集まりだね。クランと冒険者でランクがそれぞれある感じか)


「具体的に何日くらいの活動を想定していますか」


「『疾風の銀狼』は8人構成です。今、先ほどお話のとおり1人回復役が抜けていますので7人ですね。活動は移動も含めて10日前後を考えています。場所はウェミナ大森林に入って2日目程度の場所です。複数の対象がいるのですが、行っていただきたい場所にはレッドパイソンウルフというBランクモンスターがいます」


(後ろの行列が気になって最低限の質問に抑えたのにどんどん答えてくるね)


「出発はいつからですか」


「早くて明日の朝一です」


「ん、まだ決まっていないのですか?」


「いえ、ギルドに併設している酒場で全員飲んでいますので、ケイタさんさえよければこのままお話を進めさせていただきます」


(今いるじゃん。特にこちらとしては断る理由はないな。こうやって1人で分析するのも限界を感じている今日この頃だしな)


以前、廃ゲイマーであった時も、ソロを愛して1人で行動していたわけではない。『ギルド』と呼ばれるクランのような寄り合いにも加入していたし、チーム戦や50人を超えるレイド戦にも参加していたおっさんである。


「そうですか。ご紹介いただけますか」


「はい。あ、一角ウサギは解体に回しておきますね。肉が必要ということでよろしいですね」


「あ、はい、お願いします」


過去にないサービスを回してくれる受付嬢である。

喜んでカウンターから出て、ギルドに併設された酒場に案内をする。

別のギルド職員が一角ウサギを回収して解体コーナーにもっていく。

さらに新しいギルド職員がキツネ耳の受付嬢に代わって対応をするようだ。


(そんなに受けさせたい依頼だったのかな)


キツネ耳の受付嬢についていくおっさんである。


ついていくと。たしかに7人くらいの集まりで角打ちのようなスタイルでお酒を飲む集団がいる。


「あの連れてまいりました。ケイタさんです」


「ふ~ん。顔を出さないなんて。Dランクの冒険者のくせに失礼なんじゃない」


(結構攻撃的なクランというか。カイトだな)


攻撃的な声をかけてきた、銀髪で20代そこそこの盗賊系の身軽そうな服を着ている女性がおっさんにいう。


「もう…何て言うこと言うんですか!せっかく回復役を探してきたのに…ブリジアさん…」


(カイトではないらしい)


「そうか。君がケイタくんか。よろしくたのむよ。私はクランの代表をしているカイトというんだ」


(お、カイトだ。20代半ばから後半くらいかな。赤髪の綺麗目で、優男だな。筋肉質だけど、戦士系かな。)


「すいません、魔法使いをしていますケイタというものです」


目元まで被っていたフードを取り、挨拶をする。


「ほう。黒目黒髪か。珍しいね」


「はい。それもあって普段はフードを被っています。気分を害してしまって申し訳ありません」


「そうなのか。いや、うちのブリジアが失礼をした。酔ってるんだ。気を悪くしないでくれ」


「わたしよってないわよぅ」


ブリジアは酔っているようだ。


「今回はうちのクランが指名依頼を受けていたのだが、回復役を務めているものが大怪我をおってね。今、聖教会の神官に見てもらっているところなんだ。ケイタさんは此処に来たってことは依頼に協力してくれるってことでいいのかな?」


「はい。まだ冒険者になって間もないのですが、勉強させていただこうかと思いまして」


「そうなのか。明日の朝早いんだけど大丈夫かい?1の鐘がなるころには門に集合してほしいんだが」


(集合で6時か。すごい早いな。いつも遅くに起きてるが、今はアラームあるしな。大丈夫だろ)


「特に問題ありません。南門に集合でいいんでしょうか」


フェステルの都は南と北に門がある。

北門は貴族専用であるので、基本的に門といえば南門である。


「もちろん南門だよ。そうか、よかった。これから一杯どうだい?親睦もかねて」


「あーすいません。ちょっと用事が。それに準備もありますので」


「そうなのかい。道中の食事はこちらが用意するよ」


「ありがとうございます。では別件の準備をしてきますね。では明日南門で」



明日から10日ほどの旅に出ると聞いて市場にやってきたおっさんである。


(夕方だけどまだ人が多いな)


市場で干肉やパンを買いあさるおっさんである。


(ケガ薬と治療薬も買っておくか)


市場と薬屋で金貨1枚ほどの買い物をしたおっさんはスラムへ向かう。




3度目となるとスラムも別に怖くなくなってきたようだ。

いつもの少年の住む掘っ立て小屋から見知らぬ複数の声が聞こえてくる。


「すいませ~ん」


「あ、はいはい」


いつもの少年の母親がでてくる。

何度も来ているので、もう怖がられないようだ。

少年の母に案内されて掘っ立て小屋に入ると、見慣れない人たちがいる。

話を聞いてみると、同じスラム仲間の家族とのこと。食料が大量に手に入ったので分け合っているらしい。


(みんなで助け合っているんだな)



「おっちゃん。ミカがよくなってきた」


少年から声を掛けられる。

ミカはまだ歩けないが、ずいぶんよくなってきたようだ。


「それはよかった。もう少し食料を持ってきたので、これも食べていってください。あとまた悪くなった時のために薬も少々置いておきますね」


少年の返事もほどほどに、少年の母親に用件を伝える。


「すいません。このようなことをしてもらって」


「お気になさらず。ただの善意ですので。これから冒険者ギルドの依頼で長いこと街を離れますので」


「おっちゃんも帰ってこなくなるの。おとうちゃんみたいに」


(ん?おとうちゃんみたいに?)


聞けば、この家族はもとは街の普通の居住区に住んでいたとのこと。

冒険者をやっている父親が冒険者ギルドの依頼を受けたまま帰ってこず、収入が途絶えてこのようなスラムに住んでいる。


(保険も危険手当も、遺族年金もない世界だからな。一攫千金で体に自信があればだれでもできる仕事だが、何かあれば家族に負担をしいる職業か)


「あの…」


少年家族の背景について考えていたら、別の家族からも話しかけてくる。


「はい、なんでしょう」


「回復魔法を使えるというのは本当ですか?ミカちゃんを癒していただいたと。できればうちの息子もかけていただきたいのですが…」


遠慮がちにお願いしてくる。


「もちろんでいいですよ。かけてほしい人を呼んでくれるならば全員かけますよ」


(レベル1の回復魔法は消費MP1になったしな。ガンガンかけられるんだよね。)


「ほ、本当ですか!?すぐに連れてきます!」


ほかの家族も出ていく。どうやらたくさんいるらしい。

10分も立たないうちにどんどん人が集まってくる。

回復魔法をかけていると効果がない人が多いことに気付く。


(これは衛生面が悪いことからくる病気だな。汚い水をそのまま飲んでるんだろう)


「キュア」


治癒魔法と併用して、回復と治療を済ませていくおっさんである。

50人近く集まったスラムの住人に回復魔法をかけていく。


「あの…みなさん、『衛生』という言葉を知っていますか?」


雨水は直接飲まないなど簡単にできる衛生についての講義を始めるおっさんである。

聖教会にいけば、銀貨どころか、金貨も求められる回復と治癒魔法を惜しげもなく使うおっさんの話を真剣に聞くスラムの住人たち。


講義を続けるおっさんの見えない視界の外で、タブレットがほのかに光っているような気がした。

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