第21話 スラム
既に11時に差し掛かろう冒険者ギルドの建物のなかで、おっさんは壁に貼ってある依頼書を1枚はがしキツネ耳の受付嬢のカウンターにまっすぐ迷いなく向かった。
「この依頼を受けたいのですが」
「はい。かしこま」
最後までセリフを言う前に依頼書の中身を読んで固まる受付嬢である。
「どうかされましたか」
様子を尋ねるおっさんである。
「あの。依頼書を間違えていませんでしょうか。こちらはEランクの依頼書になっております」
(おや。どうしたんだ)
「いえ間違えておりません。ドブネズミの討伐依頼ですよね」
「あの。先ほどの魔法を見せていただきました。上司に頼んでCランクの依頼を特別に手配することも可能ですが」
「え。本当ですか」
(え。まじで。そんなこともできるのか)
喜びの表情を見せるおっさんである。
「はい。もちろんです。ではどちらのCランクの依頼を受けるのでしょうか」
「いいえ。こちらのEランクのドブネズミの討伐依頼をお願いします」
ブサイクなおっさんは決め顔で言った。
なおフードで顔を隠しているためあまり効果はなかったようだ。
「はあ。よろしいんでしょうか」
「もちろんです。討伐の証明はしっぽとかですか」
「そうです。用水路にいるドブネズミ退治です。しっぽが討伐証明になります。期限は特に設けていない常時依頼になります。ドブネズミが多くいる地域の地図をご用意しますので少々お待ちください。あと、常時依頼は依頼書をはがす必要はありません」
受付嬢は諦めたのか淡々と説明をしだす。
「そうなんですね。申し訳ありません」
(なんか、もしかして反対されたのかな。ブログネタになるからEランクから順に全部受けようかなと思ってるんだが。金貨もまだ数枚あるしな。装備にお金使ったがまだ数か月は生きていけるだけあるんだが)
受付嬢は地図を持ってやってくる。
「こちらがドブネズミの多くいる地域になります。スラムも近いのでお気を付けください」
(まじか。スラムも近いのか。まあドブネズミが多くいるんだから。衛生的に悪い地域なんだろ)
「はい。ではいってきます」
おっさんはギルドを出るとそのまま、ドブネズミがいる用水路を目指す。
(むむ。地図が灰色になっているな。これはあれだな。何か情報を見て場所を理解しても実際その場所で動かないと地図の灰色部分を埋められないってことか)
ギルドの受付嬢に案内された場所を目指すおっさんである。
細道に入っていくとだんだん街の風景も変わっていく。
このあたりはスラム街のようだ。
大通りではあまりしなかった、悪臭がしてくるようになる。
(南米やアフリカのスラムの動画をネットで最近見たな)
どこもスラムは似たり寄ったりだなと思うおっさんである。
どんどんスラムの中を進んでいくおっさんである。
(いきなりナイフでぶすっとかないよな。結構高い装備なんだからスラムのチンピラの攻撃くらい防いでくれよ)
若干ふるえながら辺りをチラ見しながら目的地に向かう。
全身真っ黒な外套をまとい、顔までフードを隠すおっさんを、スラムの住人は見る。
装備でいえばBランクの高いランクの魔法使いの装備である。
スラムの住人はおっさんをかたぎの人間ではないと判断し、ちょっかいを出すものはいない。
なお、チンピラのナイフではこの外套をつらぬくことはできない。
(この辺か。かなりきつい匂いだな)
下水のあたりに着いたおっさんは、ドブネズミを探すのである。
(見つからんな。思ったより。ああ。そうそう)
(マップオープン)
タブレット『地図』機能を見るおっさんである。
(こういう地図機能ってターゲットを探すことできないんだっけ)
タブレット『地図』機能でドブネズミを探すが、自分が地図上で緑の点で表示されているもののドブネズミの反応はない。
(あらら。そんな便利な機能はないか)
さらに探すこと30分。下水近くの茂みで何かが動くのを発見した。
「お」
声が漏れるおっさんである。
かなり大きな小型犬並みの大きさのネズミがいる。
おっさんが近づくとものすごい勢いで逃げようとする。
(ウインドカッター)
風魔法Lv1を放つおっさんである。
ドブネズミの腹を裂き絶命させる。
(ふむ。これで一匹。ん)
タブレット『地図』機能で場所の確認しながら、探してたおっさんは地図の異変に気付く。
赤い点が『地図』上に、無数に発生したのだ。
(おお。なんだなんだ)
タブレット『地図』機能の赤い点の位置と実際の場所を見比べる。どうやら茂みのいくつかに赤い点が発生しているようだ。
(これはもしかしてドブネズミの位置か。もしかして一度認識したターゲットと同じ種類のターゲットは表示してくれるとか)
とある赤い点の茂みまで近づくおっさんである。
するとものすごい勢いで茂みから出てきたドブネズミが逃げていく。
(ウインドカッター)
風魔法Lv1を放ちドブネズミを倒すおっさんである。
(メモと同じでかなり便利な機能だな。とりあえず尻尾だったな。あとはいいか)
武器屋の主人から買った短剣で絶命したドブネズミの尻尾を切り落とすおっさんである。
(ネズミの尻尾を切るなんてあまりいい気持ちしないな。でもやればできるもんだな。さてこのネズミは衛生上よくないよな)
(ファイアーボール)
「ボッン。ジュジュアァ」
ドブネズミの尻尾以外のところは灰にするおっさんである。
(お、さてあの辺に塊がいるぞ)
向うの茂みに赤い点が3つ見える。
近づくおっさんである。
「「「シャー」」」
ネズミが鳴きながら逃げていくのが見て取れる。
(ウインドカッター)
(ウインドカッター)
(ウインドカッター)
少し遠くまで逃げていったので、歩いて尻尾を回収しようとしたその時である
「ダッ」
子供が飛び出してきたのである。
ドブネズミの尻尾を握って2匹のドブネズミを持って行ってしまった。
「あ」
声が漏れるおっさんである。
(お。ぼろぼろの服を着た子供が持って行ってしまったぞ)
起動しているタブレットの『地図』機能を見ながら追いかけていく。
(おおこれは。子供を意識したら赤い点が子供に切り替わったぞ。この地図ってかなり使えるんじゃね。もしかして)
子供追いかけていきながらタブレットの『地図』機能に感動するおっさんである。
タブレットの『地図』機能の灰色部分に逃げられないように子供と距離を詰めていく。
子供はある掘っ立て小屋に入っていった。
(なんだろう。子供の家かな)
親御さんが出てきたら何て言おうと思いながら、敷地に入っていくおっさんである。
「すいません。あのぅ。すいませーん」
(とりあえず、無言で人の家に入るのは良くないな)
するとやはりやせた30手前くらいの女性が出てきた。
「はい。え。なっ。なんでございましょう」
気合の入ったコスプレ、もとい黒い外套に身にまとい目元まで隠したおっさんを見て怯える女性である。
「あの。すいません。こちらにお子さんはいらっしゃらないですか」
「こ、こどもなんていません」
(あれ。子供はどうやらこの建物内にいるな)
タブレットの『地図』機能は確かに建物内を赤い点で指し示している。
「いえ。私のドブネズミをですね。こちらのお子さんが持って行ってしまいまして」
とりあえず女性に用件を伝えるおっさんである。
「そ、そんな。しょ、少々お待ちください」
女性は建物の中に入っていく。
(あれ。なんだか大げさになってきたな)
「僕が拾ったんだよ。ホントだよ。これを食べてミカが良くなるんだ。ホントだよ。僕が拾ったんだよ。僕が」
「いいから。家に戻ってなさい。いいから」
(あれ。もしかして怯えられてるよね。なんか)
叩かれたのか右頬が腫れている少年から、二匹の血の滴るドブネズミを奪って女性がやってくる。
(ああ。これはなんとなく状況が見えてきたぞ)
状況を理解したおっさんである。
「た、大変、うちの子供が大変申し訳ありませんでした。後生です。どうかお許しを」
血の滴るドブネズミを持った女性は土下座を始めた。
「いえ。大丈夫です。ちょっとギルドの依頼を受けておりまして。しっぽだけ返していただけたらいいのです」
「本当に申し訳ありま、え、?はい」
何を言われたか理解ができなかった女性である。
「いえ。冒険者ギルドのドブネズミ討伐の依頼を受けておりまして。ドブネズミの尻尾だけ頂けたらあとはいりませんのです。はい」
黒い外套のフードも外し顔を出し、おっさんは再度丁寧に説明をする。
「はあ」
なんとなく呆然とする女性。
女性の腰のあたりにくっついている8歳くらいの目を赤くしている少年である。
「少年もえらいぞ。ミカちゃんのためにやったんだね」
少年になるべく優しく声をかけるおっさんである。
「うん。ネズミいらないの」
「うん。おじさんに尻尾だけくれないかな」
「わかった」
短剣で怯えさせないように、手早く尻尾だけをもらう。
「ああ。それと」
なるべくゆっくり少年に手をかざすおっさんである。
「ヒール」
頬の腫れが消えていく少年。
「あれ」
何をされたかわからず頬を撫でる少年である。
「え」
女性も理解が追い付かず固まって動けないようだ。
「申し遅れました。私は旅をしておりまして。路銀を稼ぐために冒険者ギルドの依頼を受けております。このような恰好をして驚かせてしまったお詫びに何かお役だてがあるかもしれません」
「あの。いえ。そんな。大丈夫です」
遠慮をする女性。
「ほんとか?ミカを、ミカを治してくれるのか!?」
少年がすごい反応をしてくる。
「治せるとはお約束できませんが。回復魔法を少々嗜んでおります」
「ミカが、けがをして、赤くはれて、動けないんだ。そしたら、弱ってきて」
また泣きながら訴える少年である。
「それは大変ですね。案内していただけますか」
おっさんは女性を見て優しく言う。
「じゃ、はい。こ、こちらで」
室内に案内された。
雑然とした部屋に片方の足をぐるぐる巻きにした5歳くらいの女の子がいた。
もうずいぶんやせ細り遠くを見ている。
「ふむ。これは大変ですね。私の回復魔法が効くか分かりませんが」
女の子に近づくおっさんである。
「おっちゃん。お願いだ。ミカを治してくれよ」
おっさんが近づいても反応を示さない女の子に手のひらをかざす。
(レベル2の回復魔法でいけるかな)
「ハイヒール」
願いも込めたやさしい光が女の子を包み込む。
(ふむ。女の子の肌の色が良くなってきたぞ。もう一回念のためにかけてみようかな)
「もう一度かけてみますね。ハイヒール」
(かなり重症だったのかな)
もう一度やさしい光が包み込み、女の子の視線の焦点があったような気がした。
「どう?よくなった?」
目線の高さを合わせたおっさんは女の子に話しかけてみる
「う、うん」
小さく返事してうなずいたような気がした。
「ちょっとごめんだけど、足の包帯とってもいいかな」
小さくうなずく女の子である。
なるべく優しく、足に巻いた包帯をとる。
やせ細っているもののどこも悪いところはないようだ。
「おおお。ミカッ!ミカ!」
抱きつこうと近づく少年である。
「ああ。駄目だよ。今すごく弱ってるから」
「そか。そうか、良かった。良かったな、ミカ」
素直にいうことを聞く少年である。
「うん」
少年に声を掛けられようやくしっかり返事ができた女の子である。
「あ、あの。本当に、本当にありがとうございました。ただお金、お金が。」
ここにきて黙っていた女性が状況を理解したようだ。
深くお礼をしてくる。
お礼のお金が払えないと言いたいようだ。
「いえいえ。驚かせてしまったお詫びです。こちらも食べてください。もらいものですが。」
ルルネ村で渡された10日分の食料であるパンと干し肉が結局2~3日分しか食べれていない。残った分をすべて渡す。
「え。あの」
言葉が詰まる女性である。
「袋は入り用なのでお渡しできませんが。あとこれを」
銀貨を3枚ほど渡すおっさんである。
「あ、はいっ。いいんですか?」
「はい。これくらいしかできませんが。それでは私は失礼しますね」
(あまりお金を渡すとこういうところだから物騒か。あとで食料でも買ってきてあげるかな)
敷地を出て、もと来た道を戻るおっさん。
後ろの方でおっさんが見えなくなるまで頭を下げる女性であった。
女性の足元には雫がぽたぽた落ちていた。
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