第16話 パソコンとの同期
銀皿亭の宿屋の一室である。
暗いながらもくまなく見てみたが、ここにも魔道具はないようだ。
(日本のホテルみたいに備品で置いておくと持って帰られてしまうからかな)
カウンターで渡されたランプの火の光と窓から漏れ注ぐ街灯の弱い光が頼りである。
(さてとタブレットのあれは何だったんだろう)
取調室での取り調べの際、神の名を名付けた時に光りだしたタブレットを思い出す。
(タブレットオープン)
タブレットは光っていないようだ。
アイコンが並んだタブレットの状態で呼び出す。
タブレットの画面には文字が表示されている。
『お使いのパソコンとの同期が済んでいません。バックアップ機能を有効にしますか』
さらに『はい』『あとにする』の2つの表示がメッセージの下にある。
(ふむ。『いいえ』がない当たりが、なんか見たことあるようなメッセージだな)
なんか既視感のあるメッセージだなと思うおっさんである。
(答えなんてわからんのだし、機能を良くするものなら『はい』一択だろ)
『はい』をタップする。
すると円の表示があらわれ、段々扇型に色が変わっていく。
(パソコンでいうところの砂時計のやつだな。円の色が全て終わると設定が完了するやつか)
ものすごくゆっくり扇が広がる。
どうやら設定にはかなり時間がかかるらしい。
その間タブレットは、ほかの操作はできないようだ。
(さて。このまま画面見ていてもどうしようもないな。タブレットも使えないようだな)
薄暗い宿屋の個室で次の予定を考える。
(現実世界は土曜の朝か。ここで一眠りして疲れとってから、現実世界でブログ書こうかな。起きたころにはタブレット使えるようになっているだろう)
そういって異世界のベッドで眠りにつくおっさんである。
どこでも寝れる体質だから得したなと思いながら深い眠りにつくのであった。
日の光が銀皿亭の個室にふりそそぐ。
街中の大通りということもあり、外では人の声が聞こえるような気がする。
(もう朝か。いい天気だな。そういえば、異世界に来て一度も雨が降ってないな。乾季や雨季のある世界なのかな)
日本では月に2日程度は雨が降るとかいう統計を思いだすおっさんである。
(さてと。いったん現実世界に戻るか。ブログに書くネタも増えたし、安全な居住も確保したし。どれどれ。同期とやらの設定は済んでるかな)
タブレットを表示させると同期の設定は終了しているようだ。
タブレットには6つのアイコンが並んでいる。
どうやらずいぶんと設定に時間がかかったようだが、タブレットに変化が見られない。
(あんなに待ったのに何も変わらないな。アイコンを起動して見るか)
(ゲートオープン)
アイコン「ゲート」を起動すると、いつものメッセージが表示される。
『ブログに投稿できる程度の体験をされました。日本に帰還しますか。はい いいえ』
おっさんは『はい』をタップすると、いつもの1k8畳の我が家に景色が変わる。
「なんか久々感があるな。さすがに。村長宅で3泊、移動の野宿2泊だから5日間も異世界にいたからか」
なんか異世界と現実世界移動していると、おれだけ老けそうだなという考えが頭をよぎるおっさんである。
「さてパソコンとの同期って何だったんだろうな」
立ち上がったままのパソコンを見る。
異世界に行くときは常に検索神サイトから行くので、当然検索神サイトが表示されている。
しかし、本来であれば異世界にいきますかのメッセージがあるのだが、別のメッセージが表示されている。
『おめでとうございます。パソコンとの同期の準備が整いました。同期には登録いただいてるブログのアドレスと個人名が必要です』
(なんか異世界にはじめていく前に登録したようなことがメッセージとして表示されてるな)
おっさんはブログのアドレスと自身の名前を検索神サイトに入力する。
『パソコンとの同期が確認できました。画面を開きますか はい いいえ』
「まあ『はい』一択だろ」
『はい』をクリックする。
すると、タブレットのアイコンの表示が検索神サイトの画面上に表示される。
正確にはタブレットではないので、アイコンのようなウインドウボタンである。
「おおおお、あるぞ、アイコン6個全部」
異世界で使用するアイコン6種類が全部表示されている。
なお、画像の背景設定は、異世界から戻る前にいた、銀皿亭の一室である。
表示されているアイコンの一覧
・ステータス
・スキル取得
・アクセス分析
・扉
・電卓
・メモ
おっさんはその中のまっさきに、アイコン『メモ』をクリックする。
すると、タブレットに必死に貯めたメモが異世界で保存した状態のまま表示される。
「おれの異世界ブログが始まったな」
おっさんの中で何かが始まったらしい。
感動してマウスを操作する指がプルプル震えている。
なおメモの機能は、タブレットと同じく、メモ1つの大きなメモ用紙ではない。
フォルダになっており5つのタイトルのファイルが格納されている。
ファイルは無限に作成できタイトルは自由に決められる。
なお、フォルダ内フォルダもいくらでも作成できる。
メモ機能を発見してから作成した5つのファイルを合計すると2万字を超えるのだ。
ファイルのタイトルを確認するおっさんである。
第7記事目 ルルネ村編 いけるかもワイバーン倒せる希ガス
第8記事目 ルルネ村編 ワイバーン肉祭りヒーハー
第9記事目 ルルネ村編 村人をヒールで癒し隊
第10記事目 ルルネ村編 お尻痛かった2泊の道中
どうやらおっさんの考えるブログのタイトルはまだまだ勉強が必要なようだ。
「『第11記事目 悪魔認定かもよハラハラドキドキ理不尽検問』はメモする暇がなかったが、検問も合わせると全部で5ブログ作れるぞ」
メモの文章をマウスで操作するとコピペもできるようだ。
「ふむふむ。頭で考えたことがそのまま文章になってるんで、少し文章に手直しが必要だが、今まで以上にブログの投稿がはかどるぞ。それにそれぞれのファイルについて異世界で細かい描写まで確認したから、詳しくブログに載せられそうだ」
ほかのアイコンにも触れるおっさんである。
ステータスのアイコンを確認する。
「ふむふむステータスが見れるな。更新すると前の数値が分かりづらいからな。表計算ソフトに貼っておくか。経験値とステータスの成長を分析するぞ。ってあれ?」
加護の表示が変わっている。
『加護:検索神ククルの加護(微小)』
(ほうほう。これはククルの名前があるな。検索神の自己主張がみてとれるぞ)
確認するアイコンはこんなもんかな。
「最近まとめて投稿していたから、個別の投稿によるアクセス数の伸びが分かりづらかったな」
ブログの投稿に取り掛かる。
投稿するブログの文字数も増えてしまったなと思うおっさんであった。
・・・・・・・・・
ここはのどかな風景が広がるあまり知られていない田舎の村である。
人口200人もいない村の片隅で、等間隔で何かに何かがつき刺さる音が聞こえる。
『ザッシュ』
『ザッシュ』
どうやら村の少女は藁で束ねた的に弓を引いているようだ。
矢じりのない弓矢を黙々と藁の束に打ち込み続ける。
ずいぶん前から弓を引いていたのか藁は弓矢でサボテンのようになっている。
「連れて行ってくれなかった」
少女は何かつぶやいているようだ。
『ザッシュ』
「ゴブリンもワイバーンも倒した魔導師様」
どうやら少女はおっさんのことを考えながら弓を引いているようだ。
『ザッシュ』
「私は弱いから何もできなかった」
ゴブリンをせん滅する魔導士の横で泣き叫んだわたし。
ワイバーン相手には、必死に弓を引いたが何もできず不甲斐なかったわたしを思い出しているようだ。
『ザッシュ』
弓矢はワイバーンを倒した経験値でレベルアップしているので気持ち深く突き刺さっている。
おっさんに出会ってから、今まで以上に父親との狩りに積極的になった少女である。
少女の後ろの方ではどうやら父親と思われる男が少女を見つめている。
ただ見つめているだけで父親と思われる男は何も言わないようだ。
「弱いから連れて行ってくれなかった」
『ザッシュ』
「こんなことをしても戦神ブラム様は祝福を与えてくれない」
『ザッシュ』
「もっと狩りに行かなきゃ。そして街にいくんだ」
『ザッシュ』
少女は1人街に出る決意をするのであった。
ここはのどかな田園風景の広がる牧歌的な村である。
名も知られていない村はいつの日か、国民の間で広く知れわたることになる。
その名は「ルルネ村」
大魔導士ケイタとともに道を歩んだ、弓使いコルネの生誕した村として。
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