第10話 おっさん、夢を見る

ヨハンら3人は村長宅を出ていった。

1人村長宅に残ったおっさんは夕食をごちそうになる。

といっても夜も暮れており、かなり遅めの軽めの食事だろう。


おっさんと同じ年くらいのおばさんが用意してくれるようだ。

木のお皿にどうやら温めなおした野菜のスープと

かっちかちになったパンが出てくる。

異世界に行くことが夢だったおっさんの、夢のようにまずい料理である。

このまずい黒パンと肉キレのない薄い野菜スープを楽しそうに食べるおっさんである。


「あらあら、お口に合ってうれしいわ。私、村長の息子の嫁のテレシアよ。出来合いのものだけどごめんなさいね」


「いえいえ、おいしい食事まで出していただき、ありがとうございます。私はケイタと申します」


軽く挨拶を交わす。


(このパンはあれだな。最近のスーパーでは少なくなった本気で硬いパンだな。咀嚼するだけであごがつかれそうだな。この辺の食事レベルもしっかり記憶に刻まねば。そういえば、ゴブリンの巣、少女の救出、村長家の食事とずいぶんブログを書くことが増えてきたな)


「ごちそうさまでした。温かいお食事ありがとうございました」


「どういたしまして。部屋を案内するわね」


食事を終え、部屋を通されるおっさんである。

ベッド、椅子、小さなテーブルが1つずつのみの部屋である。


(村の雰囲気も含めて、そんなに悪い感じはしないな。ヨハンさんらの帰りを喜んでいたしな。まあ完全に安心はしないが、過度な不安も必要ないか)


部屋の中を見て回るおっさんである。

初めて入るホテルの部屋は見て回らないと落ち着かない性格らしい。


(さて、現実世界も夜だな。いったん戻って向こうで記事を書くか。あとは村で確認できること、確認することをリストアップしないとな)


部屋の角に向かうおっさんである。

時間の経過がないとわかっていても、部屋が一望できる位置から戻るようだ。


(ゲートオープン)


タブレットが現れメッセージが表示される。


『ブログに投稿できる程度の体験をされました。日本に帰還しますか。はい いいえ』

『はい』をタップすると、ふっと目の前の風景が現実世界である、いつもの1k8畳の自室に戻る。


「ひさびさ感があるな。まあまだ土日の出来事なんだよな」


今は日曜日の19時を過ぎようとしている。


「まずは何をブログに投稿するか決めないとな」


頭の中でネタを整理する


「まあ、こんなものか」


・ゴブリンの巣

・少女の救出

・村長宅でのやり取り


「ゴブリンの巣まで歩き回ったことや、レベルアップはゴブリンの巣の話の中に入れてしまっていいだろう」


「あれだな、さっきの異世界めしで腹が減っていないんだな」


異世界で食べた飯がまだおなかにあることを感じるおっさんである。

飯も済んでいるしとブログ記事を書き上げる。


「第四話 ゴブリンの巣襲撃だな」


森を数時間彷徨い、巣でのゴブリンとの激戦し、村のお嬢さんに出会うまで書いていく。

文字数は4000字を超えてしまった。

2時間ほどで記事はできあがる。

無事ブログを投稿して、検索神サイトを確認するとメッセージがでている。


『ブログ記事の投稿が確認できません。異世界にはいけません』


どうやら異世界にいく条件は満たしていないようだ。


「体験したこと全部載せないといけないのか。小出しにして異世界に行くってことができないんだな。今日はもう疲れたし寝るかな」


ブログを書き終え今日は就寝である。





そこは1k7畳の賃貸アパートだった。

汚い部屋に男はパソコンの前に座っている。

いつ掃除したかわからない部屋。

ゴミが貯まったシンク。

どうやら男はオンラインゲームにハマっているようだ。

大学に入学したもののゲームにハマってしまい、講義についていけなくなり、引きこもってしまったようだ。


「大学はもうやめないとな」


どうやら講義についていけない男は大学を中退することを決めた。

父が県外の実家からやってきた。

やってきた父は引きこもった男を見て一言言った。


「なぜ」


といってそれ以上を言わない。

どうやら泣いているようだ。

20年ほど生きて初めて見た父の涙。

親と一緒に大学へ中退の申請に行く。

それ以上の会話はない。

県外の賃貸アパートを整理し、男は実家に戻った。

どうやら男は夜間のアルバイトをするようだ。

引きこもり学生から夜間バイトに変わった。

夕方起きて、朝バイトから帰ってくる日々が続いていく。

1年過ぎた。

2年過ぎた。

男は焦り始める。

両親は何も言わない。

就職するため、医療や福祉系の専門学校に入ろうとする。

専門学校の入試試験で落ちる。

男は焦りつづける。

夜間のバイト。

夜間の休憩にコンビニにいく。

街中の夜空を不意にみる。


「ああ、人生終わったな」


星なんて見えない街中の夜空で男はつぶやいた。





そこは8畳1kのマンションの一室

おっさんはシングルベッドから目覚める。

どうやら月曜の朝だ。


「今日はいい夢を見たな」


おっさんにとっていい夢らしい。


「俺に頑張る理由を思い出させてくれる。みなぎってきたな」


たまに思い出す10数年前の記憶。

大学のサークルの雰囲気だったり。

悲しむ親の顔だったり。

夜間のバイトだったり。

夢中になってやった、最近サービスの終了したオンラインゲームだったり。




「さて会社にいってくるか」


今日は月曜日。

憂鬱になったことなど一度もない月曜日である。

なぜなら10数年前より何倍もましだと思えるからだ。

支度を済ませ会社に行く。

鞄は持たない主義である。

通勤時間は一番人生で無駄なものであるということを本で影響を受けて、住む場所は会社の近くと決めている。

仕事は残業もなく18時には家に帰りつく。




「さて仕事も終わったしブログの続きを書くか」


少女を助け、村に帰るところまでをブログに起こそうとする。


「ゴブリンのボスは実はやばかったのかもしれないな。おれの魔法はそんなに強くないのか」


ゴブリンの巣の戦闘を思い出すおっさんである。

何度魔法を放っても倒せなかったゴブリンのボス。

距離を詰められたら終わりだったのではと思考する。


「強くなるためには、魔法の威力を上げないとな。レベル上げもそうだが、スキルの取得が大事なんじゃ。あんな経験値のおいしいボスゴブリンはそうそういないだろうしな。レベルは一気にあげられそうにないんじゃ」


基礎ステータスを上げるパッシブスキル

魔法レベルを上げるアクティブスキルを思いだす。


「少なくとも火魔法と回復魔法を早めにレベル2にしたいな。あとASポイント貯めないとな。ブログ本数増やしていかねば。ブログ記事の2本を仕上げよう。そして異世界に戻ろう」


ブログのアクセス数はすぐには結果がでないものである。

記事数がものをいう。

記事の内容がものをいう。


2時間をかけて、少女救出編のブログを書き上げる。

3000文字近くなりおっさんは平日の仕事帰りということもありふらふらである。

検索神サイトを見てみる。

サイトのメッセージを確認する。

『ブログ記事の投稿が確認できません。異世界にはいけません』


「やはり、異世界には行けないか。今日はもう寝るかな。もう一本の村長編は明日だな」


1人就寝するおっさんである。

その日の晩は特に夢を見なかった。

昔の夢を見る回数も減ってきた。

普段会社と家の往復のためか、刺激もなくめっきり夢を見ることが減ったおっさんである。



次の日の会社帰りの夕方。

2時間をかけて、異世界初めての村潜入編のブログを書き上げる。

村長との交渉、初めてのまずい異世界飯も描写した。


「これで『おっさんが始める異世界雑記ブログ』を6本ブログ記事投稿したぞ。少しずつ増えてきたな。もう少し増えたらアクセス数の分析もしていかないとな」


検索神サイトを見てみる。

サイトのメッセージを確認する。


『ブログ記事の投稿が確認できました。異世界にいきますか はい いいえ』


「ふむ。やはりほぼすべてのイベントをブログに上げないと異世界には行けない説は正しいようだな。検索神サイトの目的は何だろうな」


考え込むおっさんである。


「異世界と現実世界といったりきたりするものもずいぶん読んできたな。宝くじがあたったり魔法で転移できたり召喚されたりな」


過去に読んできた数百冊の異世界ものの小説がおっさんの頭の中に入ってるようだ。


「現実世界では、魔法を使うこともできない。異世界の金貨をもってきて、うはうはもできないしな」


検索神サイトを見つめるおっさん。


「目的を探さないとな」


1k8畳の賃貸マンションにおっさんのつぶやきが聞こえる。

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