第10話 神様の山

 女の子の名前は宇留賀うるがまほろさんというのだった。


 僕よりふたつ下の17歳。口は悪いけど、第一印象で感じたほど性格が悪いわけではなさそうだ。単にざっくばらんなだけ。今のところは。僕を先導してずんずん歩きながら、ぼそぼそ話しかけたりはしてくれる。


 僕たちは舗装されていない砂利の坂道を登っていた。


 数軒の民家の前を通ったけど、庭先でお婆さんが大豆を煎っていたり、お爺さんが植木の手入れをしていたりして、何の変哲もない、のどかな田舎の集落という感じだ。


 さっきまで見ていた暗黒の世界は本当に夢だったのかもしれない。


 ちなみに僕はもう裸足ではなくて、借り物の白いスニーカーを履いている。誰の物かわからないスニーカーを靴下もなしに履くのはちょっと気持ち悪いけど、ないよりははるかにましだ。


「どこに向かってんの」と僕は聞いた。

「山」と答える宇留賀まほろは振り向きもせず歩き続ける。明るい栗色の髪にあたる日射しが、生き物のようにうごめいていた。

「山って?」

「神様の棲んでる山」

「神様?」

「何も聞いてないんだ?」

「何も聞いてない。僕が選ばれし者ってこと以外は」

「ははは」

 宇留賀まほろは軽く笑った。

 軽く笑われたぞ?

「山については、私より他の人に聞いた方がいいかな。ノノとか。シオとか。フユちゃんとか。そのあたりに」

「へえ」

 知らない名前の羅列だ。

「みんな説明うまいし。専門家だしね。私は説明しない。説明が下手だし、したくないから」


 僕は説明なしで山につれて行かれようとしている。神様が棲むという山に。

 選ばれし者って、生け贄のことじゃないよな?


 不吉な考えがよぎった瞬間、宇留賀まほろが足を止めた。

「ここが入り口だよ。このお堂で待とう」


 彼女の指差した先には、四阿にちょっとした壁を付けました、といった感じの安っぽいお堂がある。

 その先は急激に道が狭まり、けもの道になり、深い茂みの中に続いている。けもの道に沿って視線を上昇させると、小ぶりな山がそびえているのが見えた。

 ここは山の入り口なのだ。


「ずいぶん変わった形の山だね」

 もこもこした緑の木々に覆われた、いかにも健康そうな山だけど、ピラミッドそっくりの直線的な三角形で、なんだか人工的な印象もある。

「かっこいいよな?」と宇留賀。

「あれが神の棲む山?」

「うん。神様っていうのは、眠ったり起きたりしてるらしいんだ。ずーっと昔から。人間には考えらんないくらい長いスパンで」

「ああ」それで僕はなんとなく理解した気になる。「神様が眠ってしまったってこと? それで世界が真っ暗になったんだ?」

「逆」宇留賀まほろは小さな顎を少し上向きにした。「目覚めたんだよ。神様が。ついこのあいだ。長い長い眠りから。今も起きてる。ずーっとね」

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