第18話 特別な才能

 思わず足を止めてしまった僕をカジヤマさんが振り返る。

「どうした? 昼間の疲れが残ってるの?」

「あ、すみません、大丈夫です。ちょっと眩暈みたいなものが。でも、もう大丈夫です。大丈夫大丈夫」


 自分の内臓から聞こえてくる闇鍋ルララ子の声をかき消すように、僕は大丈夫を繰り返す。


 先頭を行く詩緒しおは、一瞬だけこちらを振り返ったものの、あまり僕の様子を気にしていないようだ。なんか山に入ってから、ちょっと冷たい気がする。急に無口になったし。


『私がお前の中にいることを理解しているか?』


 またルララ子が話しかけてきた。

 僕は黙っている。


『7月2日の23時12分、私はお前のアパートのバスルームに出現した。それ以来、ことあるごとにお前の内臓をごちょごちょやっていただろう? あれは何をしていたのかというとだな、私の居住スペースをお前の中に建設していたのだよ』


 えっ、僕の中にあなたの居住スペースがあるの?


『あるの』


 そこに住むの?


『住むの』


 いつまでいるつもりなの?


『安心しろ。お前が入山したときだけだ。お前に取り憑き、お前を自在に操ることも可能だが、そのような気色の悪い行いは私の美学に合わない』


 今さらだけど、この会話……ふつうに、僕の心を読んでる?


『ふつうに、お前の心を読んでいるよ。それどころか、お前の心の中はすべて、くまなく、何から何まで把握しているよ。歴代好きな女の子ランキングの細かな変動もわかるし、詩的きわまりないエロ動画の検索履歴も300万件まで遡ることができる』


 やめてくれ……。


『やめない。私は闇鍋ルララ子。正式な名は、闇鍋・ルララ・フォン・ルララール・子子子。稀代の用兵家である』


 目的は何なんだよ。


『目的もくそもありますか。お前は選ばれし者なのですよ。誰がお前を選んだと思っているのかな?』


 え? 神様って聞いてるけど。


『その神様というのが私です』


 ええーー??


『びっくりした? びっくりした?』


 びっくりした……。


『私は生き霊だと言っていただろう。あれは神様の生き霊という意味だったのだ』


 神様ってのがすでに霊的な存在っぽいのに、その生き霊って、なんかずるくない?


『神様にもボディはある。生きたボディから離れた精神はすべて生き霊だ。私のボディは、この山。大蛇のなれの果ての山だ。そこに宿るのは天地創造の神。そのうちの1人がこの私だ』


 そのうちの1人? 他にも神様がいるの?


『神の中には2つの人格が宿っている。私はそのうちの1人。という意味よ』


 あー、その話か。神様を眠らせるか、目覚めさせるか。そのふたつの人格が争ってるって。


『その通り。詩緒に聞きましたね? あの子も、あまり正確な知識を持っているわけではないけれど、まあ、あるていど当たっている。私は、私の体を眠らせようとしているのだ』


 どうして?


『眠るのが好きだから』


 …………。


『冗談だ。いや、完全に冗談というわけでもない。神の思想を人間にもわかるように噛み砕いて説明すると、そのあたりが限界なのだ。あまり深く考えるな。人は神について考えすぎると気が狂う。あるいは時間を無駄にする。黙って私の指示に従え。大蛇を殺し続けろ。そうすれば、世界は元に戻る』


 神様を眠らせるってのは、どうすればいいの?


『何度も説明を受けただろう。この山に眠る蛇をすべて殺せば良い。それが神を眠らせる方法だ。羊をたくさん数えるようなものだ。蛇をたくさん殺せ』


 僕が来る前も、毎晩【つつの荘】のみんなで大蛇退治してたんでしょ? 僕がいなくても、いずれ神様は眠ったんじゃないの?


『やつらだけでは無理だね。この山は入るたびにマップが自動生成されるし、出てくる大蛇の強さもまちまちだ。神クラスのとんでもない蛇が出てくる可能性もあるんだよ。そういう蛇は、あいつらでは殺せない。お前の力が必要だ』


 いやいや……僕に何ができるっていうの?


『お前はもともと何もできない凡人だ。何の取り柄もないゴミ粒だ。しかし全人類に隠しパラメータとして設定されている、神の大蛇と戦うための能力、この数値においては全人類で最強なのだよ。平均的な人間が、5~9のボーナスポイントをストレングスやアジリティといった各種特性値に振り分けているのに対し、お前に与えられたボーナスポイントは破格の64だ。こんな人間は長い歴史の中でも見たことがない。神話に登場する戦士ですら50を超えた者はいない』


 ちょっと意味がわからないよ。


『胸を張れ。お前は何の取り柄もない人間だ。しかし神を眠らせる能力に関しては天才中の天才。特別な才能があるのだよ』


 それって、神様が眠っている時代に生まれたら、何の役にも立たない才能ですか?


『何の役にも立たない。でも今、世界を救えるのはお前だけだ』


 ん?

 そこで僕の中に小さな違和感が芽生える。

 がんばって、戦って、世界を元に戻して……それで僕に何の得があるんだろう?

 世界が元に戻れば、僕も元の凡人に戻って、凡人として生きていかなければならない。

 平凡な自分に嫌気が差していたのに。

 僕の運命ができるだけ数奇なものに変化することを望んでいたはずなのに。

 その望んだ運命ってのが、今、なんじゃないのか?

 だとしたら、僕は何のために世界を元に戻すのだろう?


『お前のようなカンのいい子供は嫌いだよ……』


 お前みたいに心を読むやつが僕は嫌いだよ。

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