第19話 跳躍
「おーい、
カジヤマさんの呼ぶ声で、はっと我に返る。カジヤマさんと詩緒が足を止めて僕を見ている。
「第2層に降りるよ。少し緊張感持って行こう」
「第2層?」
「ここはあくまでも大蛇の精神世界だ。外から見ていた実際の山とは違う。いくつかのフロアに区切られているし、日によってゴールまでの距離もまちまちなんだ」
マップの自動生成についてはルララ子からさっき聞いたばかりなので、あまり驚いたリアクションが取れない。
「なかなか大変なんですね」
「今日はたぶん第2層が最終フロア」
詩緒がちらりと視線をやった先。そこには、またしても鈍く輝くドアがある。
「これ、詩緒が今作った
「いや、これは元からあった
「ここから大蛇の気配がしてるの?」
「うん。もう、ここをくぐったら、ででーん、と大蛇が待ち構えとるかもしれん。そんでいきなり戦闘になる可能性もある。それで、ちょっと戦い方ばレクチャーしとこうと思って」
「戦い方?」
「そう」カジヤマさんが説明を引き継いだ。「俺たちは毎晩、神託によって選ばれた3人が1組になって戦う。基本的にはサポート役の2人が連携して鏡を使い、大蛇の弱点を照らし出す。残る1人がその弱点を正確に斬る。剣は一度しか振れないから、失敗は許されない」
「昼間、だいたいのところは理解しました。まだ鏡を使ったことはないけど……」
「それなんだけど。まずは【跳躍】について説明しないとね」
「跳躍」
「そう。ここ、けっこう険しい山だけど、ぜんぜん疲れないと思わないか?」
「そういえば」
「この山の中では、俺たちの運動能力は格段に増幅される。理由はわからないけど。とくにジャンプ力に関しては、やり方さえ覚えれば異常な跳躍力を発揮できるんだ」
「それが【跳躍】……」
「そういうこと。まずはその能力を解放するところからはじめようか。ちょっとしたコツなんだ。まず、目を閉じて。それから、頭の中に小さなピンポン球くらいのボールを想像してごらん。できた? そしたらそれを少しずつ移動させてみよう。自分のお腹の中に埋め込むようなイメージを持って……」
『おい。こんな説明無視していいぞ』
ルララ子の声がまた僕の中に響く。
え? 無視していいの?
『ああ。何も聞かなくて良い。お前はすでに最強レベルの能力を持っているし、それを運用するためのコツなんて、私という最強のアプリがインストールされている時点で不要だ。すべて私が自動で処理する。お前は、お前の思ったとおりに動けば良い』
そうなんだ? 面倒くさい説明はスキップできるってこと?
『まあね。空想のピンポン球なんかより、実際に会える女の子のパンツの色でも想像してろよ』
ええと……。
『こら。私のはだめだぞ』
だめなのかよ。
『想像しかけてたのかよ』
「…………で、そのイメージのピンポン球を、今度はふたつに増やしてごらん?」カジヤマさんの説明は続いている。「思い浮かべたかい? そしたら、そのピンポン球を、2つ同時に後頭部に移動させて……」
○
○
○
「よし、じゃあ今度は右の枝に飛び移ってみて」
カジヤマさんに言われたとおり、僕は枝から枝へと華麗にジャンプする。鳥みたいに長い跳躍。水筒の水を飲んでいる詩緒の様子が、高い位置から一瞬見える。
「よーし、上手だ。めちゃくちゃうまいね。さすがだ。素晴らしい才能だよ」
カジヤマさんが褒めまくってくれるので、なんだか気分が良い。人あたりが良くて優しいし、盛り上げ上手だし、ルックスも良いし、料理もうまいし……ほんとに元・歌のお兄さんだったとしても不思議ではない。
「動きに関してはもう大丈夫かね」しゃがみこんで退屈そうにしていた詩緒が立ち上がって言った。「そんなら行こかね」
僕とカジヤマさんも詩緒の近くに集合する。
詩緒は僕たちをちらりと確認すると、
僕たちもあとに続く。
『いよいよ大蛇とご対面だねっ。やっぱ緊張する?』
ルララ子が弾んだ声を上げる。
いや、まあ。でも昼間に一度見てるしなあ。
『おいおい、がっかりだな……。せっかく先輩がお寿司をご馳走してあげるっていうのに、「家でパンケーキ食べてきました〜」じゃないよ。お腹空かせて来いよ』
そんなこと言われても……あれ? でも変だな。
『なんだ? 気になることは先に言っておけ』
どうして緊張しないんだろう。僕ってこんなに図太かったかな?
『自分が自分じゃないような違和感があるんだな?』
そう。そのことが不安だ。戦う準備ができてないというか……。
こんなんで大丈夫かな。
『きっと大丈夫さ。なにも心配いらないよ。自分を信じて。終わりなき闇に包まれても、光の翼で切り裂いて。僕らだけの新しい未来に進んで行こう。つかんだ手ははなさない』
ズゾゾゾゾ……。
ルララ子の放つクソJ-POP風のフレーズと、大蛇が地面を這う轟音が、僕の耳に同時に届いた。
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