第13話 拠点

 静かな辺境の山。その情景がすっかり取り戻されていた。


「なんとかなったごたるね」ノノが方言でつぶやく。


「結局なんだったんだ?」宇留賀うるがまほろがノノのそばに寄って、ノノの鏡を回収した。そして鏡を2枚小脇にかかえ、空いたほうの手でノノの服に付いた泥を払ってあげている。

「無事に済んで良かった」ノノは自分で膝の汚れを落としながら答えた。

「ていうか、戻って来なかったじゃん。蛇を斬ったらお腹から出てくると思ったのに。どうなってるの? 死んだの?」

「うーん」ノノは腕を組む。「夜、また探してみる。山に閉じ込められて出られんとかもしれん」

「夜って……今夜も神託あるのかな? 1日2回も?」

「わからん!」

 ノノは首を左右に振りながら言う。ノノの動作はキュートだ。

「あはは」と宇留賀は明るく笑った。

「あはは」と僕も調子を合わせて笑う。

「勝手に笑うなよ」宇留賀は急に怖い顔で僕を睨んだ。


 僕には勝手に笑うことが許可されていない。


「突っ立ってないで、イサナの様子を見てこいよ」宇留賀の口調も表情も、僕に対する苛立ちを隠そうともしていない。「やることないなら自分で探す。基本だろ。バイトとかしたことないのか? もうヒーローごっこは終わってんだよ。いつまでも余韻に浸ってんじゃねーよ」

「そういうつもりじゃ……」


 バレてしまった。余韻に浸っていることが。だって、めちゃくちゃ気持ちが良かったのだ。剣を振って大蛇を斬る。そんなゲームみたいなことが自分に可能だなんて。


 僕を取り巻く不可解な状況がどうでもよくなるくらい、さっきの気持ち良さが体中に渦巻いている。

 ちょっとぐらい褒めてくれてもいいのに。僕のおかげで助かったんだからさ……と思いながら、僕は倒れている男の子の近くまで移動した。

 これがイナサくんなのだろう。

 僕より少し年上かもしれない。


 しゃがみこんで、頬を軽く叩く。呼吸はしているようだ。けど目は閉じたまま。


「死んでる?」と宇留賀が聞く。

「死んでない」と僕は答える。「眠ってるのか気絶してるのか……わからないけど。医者じゃないから。でも生きてるよ」

「血とか出てない? 骨折とか」

「血は出てない。骨折はわからない。医者じゃないから」

「医者じゃないのは知ってるよ。うるせーな」

「イサナもしばらく無理かもしれんね」ノノがつぶやいた。「怪我がなかったとしても」

「戦力やばいじゃん。もし今夜、神託が降りたら」宇留賀はため息をついて山を見上げる。「とりあえず、道具を返すか」

 僕たちはぞろぞろ並んでお堂に戻る。剣と鏡は低い位置にある戸棚に無造作に置いてあるだけだった。剣は10本ほど。鏡も同じくらい予備がある。三種の神器みたいな貴重なものかと思っていたけど。


「あんたがイサナを担いでね、下山するとき」宇留賀が当然のように言った。

「手伝ってよ」

「やる前から手伝ってとか言うなよ。選ばれし者なんだろ」

「選ばれし者を手伝いし者になってよ」

「お前なかなか馴れ馴れしいな」


 結局、イサナと呼ばれた男の子を、僕がおぶって山を下りることになった。イサナくんは短めの金髪で、痩せてるけど背が高く、けっこう重い。それに、かなり「実戦向き」って感じの筋肉が付いている。怖い人じゃないことを祈るばかりだ。


 イサナくんを背負っている僕が何度もよろめくし、歩くのも遅いし、ぶつぶつ言ったりもするので、途中から宇留賀が少し支えてくれた。ぶつぶつぶつぶつ言いながら。

 とんでもない体験をしたあとなのに、雰囲気は部活帰りの中学生みたいだ。


 ノノはずっと黙ったまま。僕の隣を歩いている。


 途中、彼女が一度だけ小さな声を漏らすのが聞こえた。

、今どういう状況なんだろ」と宇留賀が独り言のようにつぶやいたのに対して、


「心配せんでかよ。どうせみんな、すぐ忘れるけん」


 と言ったのだ。ノノが。

 その言葉はおそらく、僕の耳にしか届かなかった。




 下山して、僕たちは民宿風の木造住宅に戻る。最初に来たときには気づかなかったけど、くすんだ木製の表札が出ている。


【つつの荘】


 つつの?

 筒野?

 地名だろうか。人名?

 どうやらみんな、この【つつの荘】で寝泊まりしているらしい。何の集まりなのかが未だにわからないが……。そろそろ何かしらの説明がある頃だろう。


 でも帰還した僕たちを見て、イシキリさんは「あら、おかえり」と軽い反応を示したのみ。僕がおぶっているイサナくんを見て怪訝そうな顔をする。

「……死んでる?」

「死んでないです」

「じゃあ、座敷に寝かせとくか」

 イシキリさんの指示に従って、僕たちは20畳ほどの座敷に布団を敷き、そこにイサナくんを横たえた。彼はまだ目を覚まさない。こんな雑な扱いで大丈夫なのか? とくに外傷はないようだけど。寝かせるとき、イサナくんのTシャツの袖が少しめくれていた。右肩からのぞく、美しい女性のイラストのタトゥー。


 イサナくんを座敷に放置すると、することがなくなった。カジヤマさんはみんなの夕食を作っているところらしい。宇留賀まほろは「シャワー浴びたい」と風呂場へ。イシキリさんは「頭痛がする」と2階の自室へ。

 僕は?

 一人廊下に立ち尽くしていると、後ろから誰かが僕のTシャツを引っ張った。

 振り返ると、ノノだ。


「リビング行かんね? ごはんまで時間あるけん」

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