第12話 蛇を斬る
巨大な蛇は、光の窓をこじ開けながら少しずつこちら側に顔を出している。
「まじか~……」
「まほろ」落ち着いた声でノノが言う。「あんた今、剣は振れるとね?」
とね?
方言だろうか。
言葉遣いもそうだけど、ノノのイントネーションは全体に訛っている。
「わかんない」まほろは蛇から視線をそらさずに言う。「昼間に力が戻ってるかどうかなんて。ノノは? まだ剣は抜いてない?」
「抜いた。さっき山の中で1匹しとめた」
「えっ、じゃあこいつは?」
「2匹目」
「2匹目?」宇留賀の顔色が変わる。「そんなのあり?」
「こいつがみずうみを呑み込んだ。
「どうすりゃいいの」
「斬るしか
「そいつはまだ」と宇留賀。
「じゃあ」ノノが僕に視線を固定する。「あんたが斬りなっせ」
なっせ?
やっぱり、さっきからどうも方言っぽい。
でも、どこの?
他のみんなは訛っていないし……。
などと僕が的外れなことを考えているあいだにも、大蛇は少しずつ
あまりにも非現実的な光景だ。
「鏡は?」ノノが宇留賀に言う。
「いま持ってくる!」
宇留賀は再びお堂に走る。すごい勢いで、2枚のシンバルのような石版を抱えて戻ってきた。
「ほれ!」そのうちの1枚を宇留賀はノノに放り投げる。ノノがそれをキャッチしたのを見届けると、宇留賀は僕に向き直った。「私たちが蛇の弱点を照らし出す! あんたはそこを正確に斬ればいい!」
雑な説明を投げつけ、宇留賀は走って蛇の右側に移動する。連動するように、ノノが反対側に向かった。馬鹿でかい蛇の顔は、ほとんどすべてがさらけだされている。これに胴体がくっついているのだとしたら、たしかに12両編成の電車くらいありそうだ。
化け物といって良い。
ノノと宇留賀は蛇を挟んで数メートル離れた位置で足を止めた。
それこそ踏切で線路を挟んで向かい合うように。
そしてほぼ同じタイミングで、さっきのシンバルみたいな丸い石版を胸に抱える。
あれが【鏡】なのだろう。
といっても表面には何も映らない。
しかし突然、それぞれの鏡からまっすぐの太い光線が放たれる。
それは蛇の頭に向かって照射されていた。
太いビーム状の光を、2人はせわしなく移動させている。まるで懐中電灯で何かを探しているみたいに。
やがて2本の光線は、ある一点で交わった。その交わった一点が、まぶしく輝きだす。蛇の眉間のあたりだ。
「助かった! 位置が低い」宇留賀の声が森林にこだました。「これなら〈跳躍〉の必要がない」
「どうすればいいの」僕は棒立ちのままで聞く。
「ほら、光が交差してるところ!」宇留賀はもうほとんど怒鳴っている。「蛇の弱点だ! そこを狙え!」
思わずノノを見る。ノノも僕を見ている。
「
囁くようなノノの声が、なぜか僕の鼓膜を痛いくらいに震わせた。
僕は剣の柄に手をかける。なんだか、ずっと昔から何度もこれを繰り返してきたみたいに、奇妙な自信が体の隅々まで行き渡っている。
なんだろう?
懐かしいような、恐ろしいような、すべてが研ぎ澄まされているような。
自然な動作で剣を抜く。
ずぶずぶ……ずぶずぶ……と、沼から鉄球を引き上げているような、得体の知れない感覚が全身に伝わる。刀身からはほとんど漫画みたいにコミカルな光と星がどんどん湧き出している。少し長めに滞空し、どぼどぼ地面に落ちている。しばらく消えずに輝いている。
なんだこれ?
あとからあとからこぼれてくるのだ。
とりあえず剣を抜ききった。
幻想的な光と星が、雪崩を起こして溢れ出す。
「斬れ!」
宇留賀の声が聞こえる前に、僕はもう剣を振りかぶっている。蛇の左目が、冷たく僕を見据えている。心臓が凍りつく。でも僕の動きは止まらない。
ノノと宇留賀が放った光。その指し示す地点は、剣を振ったところでわずかに届かない位置にある。
だけど僕には迷いがない。
正しい軌道で剣を振る。
正しく剣が空振りする。
空中を斬ったのだから当然だ。
でもこれでいい。
刀身からあふれ続ける光と星が、投網みたいに放たれる。凄まじい速度で描画されたその曲線は、一瞬で蛇の弱点に到達し、それを正確に撃ち抜いた。
鈍い衝撃音。
僕の全身が、全神経が、細胞の隅々にまで行き渡る快感に震えている。
蛇の頭は半分になっていた。がたがたと揺れていた。それにあわせて地面も波打つ。首を失った蛇は、ゆっくりと
「させるか!」
少年漫画の主人公みたいなセリフとともに、もう一度剣を振る僕。とどめを刺そうとしたのだ。
だけどそれはかなわない。光も星も尽きている。ただ単に素振りしただけ、みたいな感じなって、バランスを崩し、無様に砂利道に転倒する僕。取り落とした剣の刃が目の前にある。危うく大怪我するところだった。
「1日1回しか使えないって言っただろ」呆れたような宇留賀の声。「させるか~。だってさ。だっさ」
めちゃくちゃ恥ずかしくなって、僕は無言で立ち上がる。
すでに蛇の姿はどこにもない。
蛇が出てきた光の窓も、重い重い扉のように、ゆっくりゆっくり閉じられて、
あっけなく消失する。
静寂。
そこにはもう何もない。けもの道と、深い茂みがあるだけだ。
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