第11話 姫

 あーひどい目にあった。

 まさか、あんなに綺麗な人だったのに男だとは……。


 ニックの奴は逃げるし、あいつはいつも上手く逃げるんだよな。俺にもその能力が欲しい。


 ニックも元パーティメンバーだ。見た目と行動は完全にシーフなのだが、女神も何を血迷ったのか、あいつの職業は重戦士なのだ。

 滅茶苦茶素早いのに、重装備がその速さを殺しているという矛盾。

 それでも重戦士としても優秀で、魔王戦でも幾度も攻撃を防いで助けてくれた。

 頼りにはなるんだが、見た目には頼りない、そして、生来の下っ端根性の染み付いた変わった奴だ。


 ニックの奴はいったい何処に逃げたんだ。

 先に逃げ出したニックを探して、王都を散策する。

 魔王を倒す旅に出た最初の街も王都だった。女神はこの世界に俺を召還した際に、この王都近くの平原に俺を降ろした。その時に俺を見つけてくれたのが、今は亡きシルフィだった。

 あの時は此方の世界に来たばかりで、シルフィには助けて貰ってばかりだった。


 シルフィはこの国の王女だった。未熟な俺を庇って死んでしまった。俺がもっと強ければ彼女が亡くなることはなかった。

 この国の王には合わす顔がないのだ。当然、シルフィの妹のプリシアに対してもそうだ。


 そうなのだが……。

「おい、プリシア。逃げないからさ、そろそろ離してくれないかな」

「嫌ですわ。そんなこと言って、離した瞬間、お兄様は逃げるんですから」

 王都を散策していて、偶然見つかってしまったのだが、先ほどから俺の腕をぎゅっと抱きしめて離してくれない。

 なんでお姫様が、街中をふらふらと歩いてるんだよ。シルフィもそうだったが、この国の王族は自由すぎないか?

「お兄様、誰を探しておられるのですか?」

「ん。ニックだよ。あいつ、俺に怒るケイトを押し付けて逃げやがったんだよ。それよりも、離してくれよ。こんな所、姫様のフィアンセに見られたら――」


危ない、姫様を抱いて横に飛んで躱す。

ガキィーンとすごい音が一瞬遅れてやってきた。


「おのれ、シュウ。今日こそは亡き者にしてやろうと思ったのに。私のプリシアを返せ」


 ほら、面倒な奴が現れたじゃないか。


「ジェイク、いつも言ってるけど、俺とプリシアは何の関係もないから安心してくれ。そして俺を狙うのは止めてくれないか」

「だまれ、何の関係も無い訳がなかろう。何だそれは。私もした事がないのに」

 いや、これは君の攻撃を躱すのに仕方なくだな。

 俺はプリシアをお姫様だっこしていた。そして彼女も彼女で、婚約者の目の前で俺の首に手を回し、ぎゅっと抱き着いている。

 さっきから離そうとしているのに、離してくれない。


「プリシア、離してくれ、ジェイクが般若の様な顔で俺を睨んでるから」

「はんにゃって何ですの?」

「嫉妬に狂った鬼みたいなものだったかな?」

「ほんとだ鬼がおりますわ。まあ怖い。婚約者の私にこんな顔をするなんて。これは婚約破棄ものですわね」

 嬉しそうにはしゃぐプリシア。ますます怒るジェイク。そして困り果てる俺。

 ああ面倒だ。


「ラリホー」


 またもや、伝説の魔法に頼ることにする。こういった時に便利だ。ジェイクは脳筋野郎なので、精神的な魔法はよく効く。おやすみジェイク。良い夢を。


「姫、城まで送っていくので帰りましょう」  

「嫌です。お兄様と一緒にいます」

 俺は君のお姉さんを死に追いやった罪人だよ。なんでそんなに懐いているんだろう。


 俺とプリシアが出会ったのは彼女が8歳の頃だった。シルフィの後ろをちょこちょことついて来て、とてもかわいい少女だった。シルフィが大好きで、

 いまや、あんなのだが婚約者もいる立派なレディだ。俺には不釣り合いな子なんだけどな。


「困ったな。プリシアはどうしたら城に帰ってくれるんだい」

「そうですわね。お兄様が今度デートしてくださるなら、今日は大人しく城に戻りますわ」

「それは無理かな。婚約者がいる女性とデートにはいけないな」

「それは裏を返せば、婚約者さえいなければいいという事ですわね。分かりましたわ。早速、城に帰ってお父様に婚約破棄をお願いしてまいりますわ」

「あっ、待って――」

 止める間もなく、行ってしまった。


 王女が簡単に婚約破棄なんてできる訳ないから大丈夫だろう。

 あんな男でもジェイクは騎士団長の息子で、侯爵家の嫡男だ。プリシアの嫁ぎ先としては申し分ない。プリシアは嫌っている様だが、ジェイク自体はプリシアの事を好きみたいだし大丈夫だろう。


 やっとニックを探しに行ける。まあ大体の居場所は予想できるけどな。

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