第9話 勇者の過去④
「ケイトちゃん、買い物に行きましょ」
萌からの提案を受けて、ケイトが俺の方を見る。
「シュウ、行ってもいいの?」
「服を着替えたら、行ってもいいぞ。そんな魔女みたいな恰好だと目立つからな」
「ケイトちゃん、私の昔の服あげるわ。私の部屋に行きましょ。お兄ちゃん、着替えるから覗いたら駄目だよ」
ケイトの裸なんか見てもな。全く興味が湧かない。
「俺は出かけてくる」
「どこ行くの?」
「職安だよ」
一応、俺でも働ける仕事がないかをチェックしに職安に行ってみることにした。平日だと言うのに凄い人の数だ。日本だけでもこれの何百倍、何千倍の求職者がいるんだな。
考えてみたら、これだけ仕事にあぶれている人がいるのに、餓死者が年間で千人程度しか出ていない日本の環境って凄いな。
向こうだと、スラムでは毎日何百人と死んでいるというのに。
あの世界はもっと発展した方がいい。技術力が低すぎる。
百均で仕入れたものを向こうで売ったら儲かるかな。でも、向こうで儲けても暮らすことはできないし、あんな未発展な世界では暮らしたくない。
こっちの世界で何とかお金を稼がないといけない。
職安での検索の結果、数件、中卒でも社員募集している所があった。
工場での作業員、ガソリンスタンド、コンビニ。後はやたら給料はいいのだが、具体的な勤務内容が記載されていない怪しい求人が複数。
想像していたとおり、碌な求人は見当たらなかった。今の俺に何ができるのだろうか。
中卒のため、学は無い。体は鍛えているので一般人よりは丈夫だ。自営業は資本が無い。となると肉体労働しかない。アルバイトの警備員とかが無難な線か。お先真っ暗だな。
夕暮れの道を気落ちして歩いていると、玄関前で萌とケイトが待っていた。
「あっお兄ちゃん帰ってきた」
「シュウ、お帰り」
二人が明るく出迎えてくれる。少し沈んでいた気持ちが回復した。
「「……」」
なんだ、なぜ急に黙る。何でくるくる回り出した。
「お兄ちゃん! 何か言う事は無いの!」
えっ、何かって?
「ただいま?」
「「ちがーう」」
えー。何なんだよ急に。
「お兄ちゃん、そういう所を直さないと彼女なんてできないよ。折角おしゃれしたのに」
うぇ。ああ、確か買い物に行くって言ってたな。
「ああ、成程。そういう事か。気を付けて行って来いよ」
「「ちがーう」」
「シュウはホントに駄目な男だよ。もう買い物は行って来たよ。シュウに聞いていたが、この国は本当にすごいな。私はもう帰りたくないぞ」
だよな。この快適さを知ってしまったら、あちらの世界は不便でならない。
「で、結局俺の何が駄目なんだよ」
「もういいよ、お兄ちゃん。そのままの方が安心だし。暗くなってきたから、中に入りましょ」
萌が玄関をくぐり、中に入る。
「わっ、夜なのに、昼間より明るくなった」
家に入るとセンサーが反応し、明かりが着いたことでケイトが驚いている。
「これは魔法?」
萌が電気の仕組みについて、説明してくれる。
へー電気ってそんな仕組みでできてたんだ。流石、萌さんだ。
「あまりにも発展した科学力は魔法と変わらん」
「お兄ちゃん、それパクリだから」
これ言ってみたかったんだ。
「それで、お兄ちゃんは何か成果はあったの?」
それが、何にもありませんでした。現実を確認しただけでした。
「ん、んん。そのな。いろいろな事が分かったよ」
「碌な仕事無かったでしょ」
「そうだな」
「じゃあさ、私の仕事手伝って欲しんだけど」
「お前の仕事って、ファイヤーなんとかってやつか。俺には無理だ」
「違うの。それはお兄ちゃんを探してもらうために協力してただけだから、もういいの。さっきケイトと話してて、新しく会社を作ろうと思って」
俺の為にそんなことまでしてくれていたのか。おれの中で萌の株価がストップ高だ。
「会社なんて簡単に作れるのか? それに何の会社を始めるつもりだ」
「旅行会社よ。お兄ちゃんには飛行機の役をお願いします」
「飛行機? 意味が分からん」
「もう、シュウは察しが悪いわね。私は何処から来ましたか?」
「あん。ライフォートだろ」
「まだ、分からないとは……。で、どうやって来たの」
「時空転移で――って旅行ってまさか、異世界か!!」
「そう。何処も真似できない旅行会社でしょ」
「危険すぎる。あっちの世界を甘く見るな。凶悪なモンスターがいるんだぞ」
「そうね。それでも異世界に行きたいと思っている人は沢山いるはずよ。私も行ってみて思ったもの。こんなにわくわくする旅は他には無いって」
「だが、やはり危険だ。テロが起こっている国に行くようなものだ」
「そうね。でもそれは自己責任じゃないかしら。私たちは異世界に行く方法と帰る方法を提供する。向こうで何が起ころうと自己責任。これでいいじゃない。お兄ちゃんは優しすぎるのよ。もっと自分勝手に生きていいと思うの。ただでさえ10年だよ。10年も皆の為に戦ったんだから、今度は自分の好きに生きればいいと思うの」
自分勝手に生きていいのだろうか。あの世界で共に戦って死んでいった仲間たちはそれを許してくれるのだろうか。
「ケイト、俺は好きな様に生きていいと思うか。死んでいったブランやシルフィ達は許してくれると思うか」
「好きに生きればいいんじゃない? 逆に聞くけど、もしシュウが死んだとして、ブランが幸せに生きるのを妬んだりするの? それと一緒よ」
俺の好きに生きていいのか。幸せになってもいいのかな。
俺は人の為に戦って後悔したばかりじゃないか。萌の言うとおり、自分の為に生きたっていいじゃないか。
「よっしゃ。俺はもう人を助けたりしないぞ。勇者は今日で辞めだ」
「そうそう、それでいいのよ、お兄ちゃんは今日から私の会社の社員よね」
「それはまだ検討中だ」
「月100万でどう?」
「宜しくお願いします。社長」
こうして俺の異世界案内人としての仕事が始まった。
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