第7話 勇者の過去②
地球のベッドで10年ぶりに眠った。ここでは襲われる心配はないし、スプリングは効いているし、暖かいしで、とても快適に眠れた。
「よく寝た」
「お兄ちゃん、おはよ」
「ああ、萌、おはよう――じゃないよ。何で俺の布団の中にいる」
「10年分のお兄ちゃん成分を吸収中」
抱き着くのを止めろ。朝一は何かと抱き着かれるとヤバいんだから。
「何で逃げるの、お兄ちゃん」
いや、逃げてるわけじゃなくて、当たるのを避けてるだけです。
「そろそろ着替えたいんだけど、出てもらってもいいかな」
「えー、もっとお兄ちゃんの腹筋、堪能したいのに」
10年も勇者やってれば腹筋も割れる。立派なシックスパックです。この体型は維持したいものだ。親父みたいな腹は勘弁願いたいからな。
「はあ、これからどうしよう」
昨日からため息しか出ない。
26歳、中卒、勤務経験なし、技能なし、勇者経験あり、人殺し経験あり。
こんな人間に仕事なんて碌なものはないだろう。
俺は何をすればいいのだろう。親父に迷惑はかけたくない。お袋が死んでからただでさえ苦労していたのに、俺が10年も消えていたんだ。萌を育てるのは大変だったはずだ。
シルファ。次会ったら許さん。お前のせいで俺の人生も家族の人生も狂ってしまった。
「お兄ちゃん、異世界の話聞かせて」
お前、まだいたのか。忘れていた。
萌に異世界で俺が体験したことを少し話した。苦労を共にした仲間の事や向こうでの過酷な生活の事、モンスターの事。総じてあんな場所にいってよかった事なんて何も無かった。
仲間にお別れも言えなかった。皆あの後どうなったのだろうか。俺が突然消えたから、心配しているかもしれない。
「ねえねえ、魔法使って見せてよ。ファイヤーボールとか」
「いいけど、ここでは危ないから庭でな」
「ファイヤーボール!!」
「……」
何も起こらない。危ないと思ってセーブしすぎたかな。今度は強めにイメージするぞ。
「ファイヤーボール!!」
「……何も起こらないね。地球じゃ、使えないみたいだね」
「……」
くそ、魔法もこっちでは使えないのか。本当に何にもならない10年間だ。俺の10年を返せ。
こんなことになるんなら、人助けなんてするんじゃなかった。
「お兄ちゃん、萌も異世界行ってみたい」
「バカ、俺の話を聞いてたか、あんな所行く価値は無い。それに行く方法なんて無い――事もないか」
時空転移。あれは地球とライフォートを結ぶとシルファは言った。ならばこちらからあっちへ行くことができるかもしれない。仲間に無事な事を伝えてあげないと心配しているかもしれない。
「行けるかもしれない。試して見るから、離れてろ」
萌が素直に離れたので時空転移を使った瞬間に萌が抱きついてきた。見事なフェイントにひかかってしまった。
「ここが異世界か。すごいね。お兄ちゃん」
良かった。
俺は無事、こちらに来れたことに安心した。萌を巻き込んでしまって、何かあったらと思うと気が気じゃなかった。
戻ってきた場所は魔王城跡地だった。魔王との戦闘で更地にしてしまった。ギ〇スラッシュとか、メテ〇とか使っても魔王を倒せなかったから、某ラノベで見た流星雨っていうのを想像しながら魔法を使ってみたら、こんな何も無い土地が出来上がってしまった。
その後は魔王が激昂して大変だった。俺の中で流星雨は禁呪となった瞬間だった。
「ここは何処なの?」
「ああ、魔王城跡地だな」
「お兄ちゃん、本当に魔王と戦ってたんだね」
あいつ等はここには既にいない様だ。一晩経っているから、もうそれぞれの国へ帰って、報告している頃だろう。近場から回っていくしかないかな。
「萌、仲間の所に行くから手を繋いで――」
言い切る前に腕に抱きついてきた。最近の子はこんなにもスキンシップが激しいものなのか? 謎だ。
「ルーラ」
体が中に浮かび、飛んでいく。これは地味に怖い。ジェットコースターなんか比ではないくらいは怖い。
萌は大丈夫かなと見ると笑っていた。
「お兄ちゃん、これ楽しいね。空飛んでるよ」
ハート強いな、こいつ。俺よりも萌の方が勇気がある。なんで臆病な俺が選ばれたのか。未だに謎である。
「お兄ちゃん、こんな森に誰がいるの?」
「ここには世界一の魔法使いの家があるんだ」
森の奥にある一軒家。ここにケイトが一人で住んでいる。寂しくはないのだろうか。いや、寂しいのだろう、前回は誘ったらすぐに付いてきたから。
「おーい。ケイトー。居るんだろ。出て来てくれー。俺だ。シュウだよ」
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