第6話 勇者の過去①


 俺はこの世界に絶望した。


 今から10年前、高校1年生だった俺は帰宅途中に突然、女神シルファにより、異世界へ転移させられた。地球とは異なる星、ライフォートへ。

 当時のライフォートは魔王が世界が滅ぼそうとしていた。人類がこのままだと絶滅してしまうと感じたシルファは魔王を倒すため、勇者である俺を転移させた。


 シルファは転移させた俺に対して人類を救って欲しいと頼んできた。そして勇者という言葉に心が踊った俺はすぐさま了承してしまった。

 その事を思い出すだけで後悔しかない。もっと考えて返事をすべきだった。今はシルファを殺してやりたいくらい憎んでいる。


 魔王を倒すのに10年もかかってしまった。仲間が何人も死んだ。仲間が死ぬたびに心が折れそうになった。

 それでも頑張れたのは、地球にいる家族や恋人に会いたいため。そして、この世界の人類のために死んでいった仲間のためだった。


 魔王を倒した俺にシルファは言った。俺を帰還させるにあたり、「何か望みがあれば叶えます」と。

「10年前のあの日に俺を戻してくれ」

 それしか望みは無かった。

「過ぎ去った過去には戻すことはできません」

 返事はあまりにも無情なものだった。10年も経っているんだぞ。今更戻れるはずがない。

「なら、この世界にこのまま残してくれ」

「貴方の存在は異質です。こちらに残してしまうとこの世界が崩壊してしまいます」


 なんだよ、それは。地球にもライフォートにも居場所は無いじゃないか。俺はどうすればいいんだ。


「ただ、定住はさせられませんが、好きなときに行き来するくらいならばいいでしょう。それならば、貴方の魂の存在場所はあちらの世界になりますので……」


 俺はシルファの話なんか聞こえていなかった。絶望が俺を支配していた。


 シルファが手をかざしてきた。何をするつもりだ。頭の中に魔法が浮かんでくる。


「その魔法を唱えなさい。こちらの世界とあちらの世界を繋ぐ魔法です」

 

「時空転移」


 俺は言われるままに魔法を唱えた。シルファがお礼を言っている様に聞こえたが、その姿が急に姿が消えた。

 俺は暗い空間を飛んでいた。そして物凄い光に目が眩みそうになり、目をつぶった。


 目を開けると、ここは――俺の部屋だ。10年前と何も変わっていない俺の部屋だ。

 俺が変わっていない部屋の様子に見入っていると、扉が開いた。


 扉を開けたのは高校生の女の子だった。

「だれ?」

 とっさに出た言葉がそれだった。

「もしかして、お兄ちゃん?」

 お兄ちゃんだと……。するとこの美少女は妹の萌なのか。

「お父さん、お兄ちゃんが帰ってきたーー」

 萌が部屋から叫んだ。階段を駆け上がってくる音が聞こえる。ひどく慌てている様だ。

「どこだーー」

 親父が部屋へ飛び込んできた。老け込んだな。親父。10年だもんな。


「し、修也。お前何処に行ってたんだ。どれだけ探したと思ってるんだ」

 親父に殴られた。殴った親父は泣いていた。

 萌も俺に抱きついて泣いている。当時8歳だった萌はいつも俺の後をついてきて、とても可愛い妹だった。


「お兄ちゃん、会いたかったよー」

「ごめん。10年も待たせて、探させてごめん。俺もずっと二人に会いたかった」

 俺も止めどなく溢れる涙を止められなかった。


 それから暫くして落ち着いた俺はこの10年の経緯を二人に話した。

 こんな荒唐無稽な話を信じてくれるのか心配したが、二人は俺の言うことを信じてくれた。

 こんな鎧をつけて、剣を持っていたら当然かもしれないが……。


「修也、立派なことを成し遂げたな、頑張ったな」

「お兄ちゃん、凄いね」

 向こうの世界では、魔王を倒しても喜んではくれるものの、誰も褒めてくれなかった。親父の言葉にまた涙が流れてしまった。


「修也、帰ってきたばかりで何だが、これからの事をしっかりと考えないといけないな」

「そうね。お兄ちゃん、中卒だもんね」


 そうだ。高校1年のときに向こうへ行った俺の最終学歴は中卒だ。

「仕事、どうしよう」

 ポツリとつぶやいた。

「無理に今すぐ働く必要はない。俺もまだまだ現役だ。ゆっくり考えろ。

 高校、大学に行ってもいいし、バイトしてみてもいい。ここでは好きに生きていいんだ」


 親父はそう言ってくれるが、もう26歳だ。今更、高校や大学に行くつもりは無い。でもこれからの事は考える必要がある。いつまでも親父に苦労をかけるわけにはいかない。

「分かった、しっかり考えてみるよ」


「あとな、言いにくいんだが、凛ちゃんのことだ」

 凛は当時、俺が付き合っていた彼女のことだ。親父の口ぶりから大体のことは予想できる。覚悟はできている。


「凛ちゃん、昨年結婚してな。お前の友達の和君と。でも、二人を責めたら駄目だぞ。二人とも必死でお前を探してくれていたんだ。学校が終わった後、毎日駅でビラを配ってくれたり、似た人を見たと聞いたら探しに行ったり――」

「親父、もういいよ。分かってる。二人が幸せならもういいんだ」


 10年も居なくなった俺が悪いんだ。

 異世界で勇者やって、人類救って、帰ってみたら親友に彼女を取られてて、何やってたんだろうな。この10年。ほんとに。


「親父、悪いんだが二人には俺は会わない方がいいと思うんだ。お互いに気まずいしな。無事に戻ったことと、幸せになってくれるように言っていたと伝えてくれないか?」

 親父が言った様に、二人を責めることはできるはずもない。二人とも俺にとって大事な人だった。二人が幸せになってくれればそれでいいと思うしかない。


「ちょっと部屋で休んでくる」


 それだけ言って、自分の部屋に戻りベッドに倒れ込み、そのまま眠った。

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