第2話 社長

「萌、帰ったぞ」

「あ、お兄ちゃん。お帰り。萌じゃないでしょ。ちゃんと社長って呼んでよね」

 あっちの世界から戻った俺は妹の萌に声をかけた。

 萌は俺が務める世界で唯一の異世界案内会社、株式会社異世界トラベルサービスの社長である。


 若干18歳にして、この会社を起業し、今や資本金9999万円の企業に成長している。資本金を1億円にしないのは、何やら、1億円を超えると中小企業だけの特権が使えなくなるとか何とか言っていたが、俺には全く分からないことだ。


「お兄ちゃん、帰ってくるのが早いけど、また何かあったでしょ?」 

 ギクッ。するどい

「どうせ、また無償で人助けしたんでしょ?」

 バレている

「何度も言ってるわよね。慈善事業じゃないんだから、取れるときに、取れる人から、取れるだけ取るの」

「でもな、萌」 

「萌じゃない、社長」

「でもな、社長。そうは言ってもさ、目の前で人が死んだりするの気持ちがいいもんじゃないんだぞ」

 助けれる命が目の前にあったら、気になってしまうのだ。性分というヤツなのか。

「お兄ちゃんはそれで世界に見捨てられちゃったんじゃない。他人のことより、もっと自分の事を考えようよ」

 そう思うのなら、お休みをください。

「ならおやす――」

「それは駄目。ほら、次のお客様が来てるわ。行ってきて。彼女も体験コースね」

「へいへーい」


 次のお客様は23歳の女性お一人様の様だ。凄くきれいな人だ。そして、あれが大きい。これはチャンス。


「お客様、お待たせいたしました。異世界トラベルサービスをご利用ありがとうございます。本日は体験コースのご利用でお間違いございませんでしょうか」 

「そうです。宜しくお願いします」

 物腰も柔らかくて、丁寧な人だ。

 好きだ。これは是非ともお近づきになりたい。

「注意事項はお聞きになられましたか?」

「はい。案内人から離れたら死ぬと何度も言われました」

「そのとおりです。異世界は危険で一杯です。私が貴方をお守り致しますので、離れないで下さいね」

「はい。分かりました」

 俺が手を差し出すと、ぎゅっと握ってくれた。


「では早速、異世界へ飛びますので、私の腕にとつかまって下さい」

 お客様がしっかりと抱きついてくれる。ふへへ。柔らかいな。幸せや〜。

 頭では変な事を考えていても、顔には一切出さない。これも案内人としてのプロの技だ。

「行きます。時空転移」


「お客様、怖くありませんか。手を繋ぎましょうか?」

「大丈夫です」


「お客様、歩き疲れておりませんか?」

 いつも以上に丁寧に接客する。


 オーガが現れた。今度は無駄にピンチを演出せずに華麗に切り伏せる。

 どうだい。かっこいいだろ。


「如何でしたか、体験コースは?」

「はい、やっぱり異世界っていいですよね。私、ラノベが大好きで一度来てみたかったんです」

「そうですよね。異世界楽しいですよ。宜しければ今度は1泊以上のコースにされませんか。最高の宿があるんですよ」

 そして、あわよくば二人で――

「本当ですか、絶対申し込みます。次は主人と二人で」


 な、ん、だ、と。人妻だと。

 くそー、おかしいと思った。萌がこんな美人と二人のツアーを許可するはずが無いんだから。もっと早く気づけよ。俺のバカ。

 でも、ちょっとしたデート気分は味わえたからよしとしよう。


「では、そろそろ帰りましょう。その前に記念撮影はされますか?」

 パート村の入り口には「ようこそ異世界の皆様、歓迎いたします。パート村一同」と日本語で書かれた横断幕。大凡異世界らしくない。

 もちろん、萌が付けたものだ。


 何か知らんがツイッターとかインスタ映えがなんちゃらとか言っていた。

 10年も地球を離れていたら帰ったら別世界だった。300年経っていた浦島さんはさぞかし大変だったはずだ。


 横断幕の前でピースをするお客様の写真を携帯電話で撮って差し上げる。

 俺は地球に帰って、この携帯電話に一番驚いた。ガラパゴス携帯がどうこう言っていた時代の知識しか無かったからだ。

 凄い時代になったものだと感心してしまったものだ。


 帰ったら、萌に文句を言わないといけない。俺に彼女を作る機会をくれるように。

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