異世界を観光してみませんか〜元勇者は妹と元仲間と観光客に振り回される〜
間宮翔(Mamiya Kakeru)
第1話 異世界、ご案内いたします
「お客様、くれぐれも私から離れないで下さいね。離れたら死にますよ」
俺はオーガと戦いながらお客様に注意を促す。つい先日も戦闘中に怖くなって逃げ出した人が別のモンスターに殺られてしまった。
「私の側にいれば、確実にお守りできますから、戦闘をじっくりご堪能下さいね」
大切なお客様だから、サービスは欠かさない。
「お客様、お茶は如何ですか? え、お茶なんていいから早く倒せ」
はいはい、分かりました。こんな雑魚なんか一撃だ。
お客様の為にわざと手を抜いて苦戦を演出しているのに。エンターテイメントを分かってくださらないお客様の何と多いことか。プロレスリングと同じ様なものなのに。嘆かわしいことだ。
本日のお客様は異世界体験お試しコースにご応募頂いた20代のカップルです。
お試しコースはこの悪鬼の森を抜け、その先にあるパート村へご案内する日帰りコース。2時間程度の旅ですが、お一人様10万円の参加料を頂いております。それにも関わらず、毎日予約が絶えません。
毎日仕事で大変です。そろそろお休みを頂けませんか。えっ、「半年先まで無理」そうですか。
あれ、お客様の姿が見えません。
「あの、お客様、お連れの彼女さんのお姿が見えませんが……」
「あぁ、お花摘みだってよ。その辺でしてくるってよ」
そんな。あれ程「私の側から離れないでください」とお伝えしたのに。何で日本人のお客様は異世界を舐ていらっしゃるんだろう。
この森はゴブリンの巣窟だ。奴らは臆病ゆえ強者には絶対に近づかない。だから「離れないでください」と何度も何度も忠告したと言うのに。
「それはご愁傷さまでございます。もう助からないでしょう。先に行きますか? それとも帰りますか?」
「なんだよそれ。只、小便しに行っただけだろ。直ぐに戻ってくるよ」
「無いですね。確実にゴブリンに拐われてますね。間違いありません。だから『離れないでください』ってお伝えしたのに」
「そ、そんな。助けてくれよ。俺達、来月結婚するんだよ。まだ生きてるかもしれないだろ」
確かに生きてはいる。只、このままだと無事では済まないだろう。
ああ、ウザい。またタダ働きか。社長に怒られる。
もう人助けはしないと決めたのに、結局は流されてしまう。元勇者の宿命か? 単に俺があまいだけか?
仕方が無い。助けるか。
「おい、お前。今回だけは無料で助けてやる。調子に乗ってるから、こんなめに合うんだよ。大人しく付いて来い」
人が下手に出てりゃ、つけ上がりやがって。もう接客モードは終了だ。
意識を集中し、魔法を使う。
「サーチ」
500mほど先に集団がいるな。多分これだ。
「身体強化」
男のシャツの襟を掴むと集団を感知した方向へ駆け出した。
あっ、男を木にぶつけてしまった。まあいい。起きてても邪魔だ。寝ててくれ。
5秒ほど走ると目的の奴らが見えてきた。
くっ、この男邪魔だな。しくじった、右手でこいつを持ったせいで剣が抜けない。後で治してやるから許せ。
ゴブリン共へ男を投げつける。
女に群がっていたゴブリン共を巻き込んで、男が吹っ飛んでいった。残ったゴブリンも急に仲間が吹き飛んだんことで恐慌状態になっている。
「きたねぇもん見せんじゃねえよ」
残ったゴブリンは7体、袈裟斬りにしていく。
最後の1体の首を刎ね飛ばす。
この雑魚どもが、俺の仕事の邪魔しやがって。
元客だった女性は案の定、無事では無かった。気を失っているのが唯一の救いか。今のうちにキレイにしておくか。アフターケアだ。
「クリーン、キュア」
体の汚れと傷を治してやる。あくまで、汚れを落とすだけだ。妊娠していたら諦めてくれ。そこまでは責任はとれん。
「キュア」
男の方は外傷だけだ。これで十分だろ。
はあ、予定が遅れたら社長に怒られる。今日はあと二組も予約が入っている。こいつ等は続行不可だろう。もう帰ろう。
「ルーラ」
伝説の移動魔法を使い、事務所へ戻る。
「ケイト、帰ったぞ」
「あら、シュウ早かったわね。まだ1時間位よ」
「ああ、いつもの奴だ。勝手しやがってゴブリンにヤラれた」
「またー。シュウ、ちゃんと接客してるの。社長に怒られるわよ」
「やってるよ。それよりも、起きる前に記憶の書き換え頼むわ」
「ほいほーい。サクサクとやっちゃうから、次の人連れて来ちゃってね」
「それじゃあ、俺はあっちの世界に戻るから、あと頼む」
この世界と地球で俺だけが唯一使える魔法。
「時空転移」
これを使って、今日も金を稼ぐ。俺の仕事は――
異世界観光案内人だ。
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