逢瀬を重ねる
次の月夜、本当に由景は琴姫の元へやってきた。
そして、初めて来た時と同じように格子にもたれるように座る。
琴姫は箏を弾いている時は、由景がいることを忘れ、ただただ昔の恋人に想いを馳せた。
音色は秋の冴えた空気に響き、どこか寂寥の念を感じさせた。
由景はただ耳を傾けている。
夜明け前、箏の音が止まると由景はまた来ると言い置いて、また流れるような動作で姿を消した。
その素早さに琴姫は由景が月の精霊か何かでなのではないかと思ったのだった。
その次の月夜の晩、琴姫は部屋の端に円座を用意し、やって来た由景に座るよう促す。
「部屋に入れてくれるんだね」
嬉しそうに笑う由景に、外は冷えて参りましたからと、か細い声で応える。
由景が遠慮なく座ったところで、琴姫は箏を鳴らし始めた。
明け方、由景のいなくなった部屋には凛とした菊を思わせる彼の薫りが残されていた。
その後も月夜の晩に由景がふらりとやって来て、箏の音を聴かせてやるという日が続いた。
来るたびに彼の薫りが部屋に色濃く積み重ねられていく。
琴姫は次第に彼の訪れを心待ちにするようになっていった。
ある晩のこと。琴姫はいつもは演奏中に周りに気をやることはなかったのだが、ふと由景の方に目を移した。
彼は月を見上げている。その月明かりで陰影を増した美しい横顔につい見蕩れていると視線を感じたのか琴姫の方を振り向いた。
刹那目が合って琴姫は反射的に視線を下ろした。
顔が熱くなり鼓動が早くなるのがわかる。
心なし乱れた箏の音色には熱が宿る気がした。その温度はとうの昔に失くしたはずのものだった。
由景が帰った後も琴姫の心に生まれた熱は消えなかった。この温かさはどこから来るのだろう。それは久々に感じる感覚だった。
その次の月夜。
琴姫は弾き始めから由景にじっと見つめられているのを感じ、平常心でいられなかった。
由景の熱の篭もった視線に箏を操っている指が鈍る。
手を止めてしまいたい。琴姫は初めてそう思った。けれども、箏を弾く手を止めたとき、自分がどうなってしまうのかわからず、ただ恐ろしかった。
結局、夜明け前まで弾き続け、由景も何も言わずに帰って言った。
ふうっとため息を付いて、先程まで由景が座っていた円座を見ると、円座の側に扇が落ちていることに気がついた。
扇を拾い上げるとそこに歌が一首書いてあった。
ひさかたの つきみあげれば こうこうたり
きみたがために ことやひくらむ
(月を見上げると白く光り輝いている 君は誰のために箏を弾いているのだろうか)
誰のために。
琴姫は自分の心に問いかけながら、扇を胸に抱きしめた。
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