03
窓の外を見たら、地面が濡れていた。
でも、彼はいない。
***
彼は、街を守る、正義の味方だった。最近街に入ってきた、危険な宗教組織に関する情報収集のために大学に潜入している。
自分は官邸側の人間で、彼は街の正義の味方。所属や管轄が微妙に違う。
それでも。
彼のことが好きだった。
自分の顔や身体、人を惹き付ける力ではなく。心を、綺麗だと言われたから。目が、澄んでいて。笑顔が、やわらかいから。
でも、彼は、いない。
結局、学内のスパイを見つけ出したのは、彼だった。
スパイは学生ではなく、学内施設の職員だった。彼は、目で見て人を判断できる。遠くから声を聞くだけでは、学内施設の奥の奥までは把握できない。それに、学内施設の職員は機密保持の観点からかなり口の堅い人間ばかりが配属されている。そもそも、喋らない。
スパイを見つけ出したのが彼だったので、街の主導で宗教組織の内部破壊が計画された。その図式のなかに、自分はいない。
彼。
今日、わたしの家に来てから。
「留学することになった」
そう言った。
「ちょっと海外にある危険宗教施設ぶっこわしてくる」
まるで、駅前のコンビニに行くかのような口調。
「大丈夫?」
彼の様子。最近、ちょっとおかしかった。花を見ても、立ち止まらない。水をあげるときも、花を溺れさせるようなかけかたをしている。
「危険宗教だからな。多少洗脳されてるぐらいじゃないと、内部には入り込めないよ」
不安が、よぎる。
「ちゃんと、帰ってきてね。この家に」
「うん。大丈夫だよ」
彼。手で、狐を形作って。何か、呟いている。
「ほっけこんこん。危険宗教の、危険な洗脳手段。こうやって手で形を作って、ほっけこんこん、って言うだけ。深層心裡から洗脳するやつだな」
「行かないほうがいい」
洗脳されている。彼の心は、そんなに、強くないのに。
「いやあ。俺が行くよ。じゃないと、君が行くことになっちゃうから」
彼は、そう言って。
わたしの家から出ていった。
窓の外を見たら。花が踏みつぶされている。
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