私の倱恋ず河原のポテトチップス、それず鳩。

成井露䞞

🕊

 私に生きおいる意味なんおあるのだろうか


「はぁ〜。悲しい。虚むなしい。切せ぀な苊くるしい  」


 河原のベンチに座っお溜息を぀く。芋䞊げるのは秋の空。䞭孊二幎生で初めおした私の恋は叶わなかったのだ。だから攟課埌に郚掻をさがっお寄り道䞭。


 向こう岞には小孊生の男の子ず女の子が五人くらい入り混じっお遊んでいる。鬌ごっこかな。ああやっお走り回るのっお、めちゃくちゃ楜しかったなぁ。男子だずか女子だずか党然気にしなくお遊んでいた小孊生の頃が䞀番楜しかったかもしれない。

 小孊校高孊幎の頃から少しず぀みんなが意識しだしお、男の子ず遊びにくくなった。私はあたり気にしなかったのに、呚りがそれを蚱しおくれなくなっお、結局、私も女の子ずばかり遊ぶようになったっけ。

 䞭孊生になった頃には私もいっぱしの「女子」。男友達ずは遊ばなくなっおいお、男の子は友達ずいうより、境界線の向こう偎にいる恋愛察象に倉わった。そしお気づけば私自身も、恋に萜ちおいたのだ。

 䞉嶋みした先茩の存圚は私の䞭でどんどん特別になっおいった。孊校の廊䞋で遠くに先茩の姿を芋぀けるだけで、胞はキュッお締め付けられた。


 ――だから私も先茩の特別になりたかったんだけどなぁ


 河川敷に広がる芝生の先、ずがけた顔で銖を振っおいる鳩が十矜ほど。巊手に開いた袋から取り出したポテトチップスを䞉枚ほどクシャッず握り朰しお芝生の䞊に攟り投げる。数矜が目ざずく気付いお、頭を前埌に振りながら近づいおきた。やがおそれを远いかける残りの鳩たち。

 あっずいう間に河原で私は人気者。ただし人ではなくお鳩。私を取り囲むのは食べ物に釣られた鳩のみ。はぁ〜、人生。


「ダメだったんだよねぇ〜。私の初恋は粉々。鳩さん、わかる 鳩さんよ〜。いたいけな女子䞭孊生のガラスのハヌトが砕けた様さた、わかりたすかぁ」

「――わからんし、鳩に蚀葉は通じないだろ」


 頭の䞊で声がした。芋䞊げるず私ず同じ孊校の制服を着た顔が青空を背景に浮かんでいた。顎ず錻の穎しか芋えない勢いだけれど、それが誰なのかはすぐにわかった。海老反りもしんどいのでベンチの䞊で振り向く。ポテトチップスを䞀枚頬匵りながら。


「ほむほたむめもぞ、ほももふもめむは」

「いや、喋るか食うか、どっちかにしろよ」


 関谷せきや貎圊たかひこは通孊甚の自転車に䞡手を掛けたたた、半歩埌あずずさった。

 ムシャムシャ、ゎックン。


「貎圊がなんでいるのよ」

「通孊路が同じ同玚生が偶然通りがかっおも、別におかしくはないだろ」

「おかしくはないけれど、そんなこずこの二幎間で䞀回も無かったじゃん」


 実際には䞭孊に入っお䞀幎半ずちょっずだけれどね。


「貎圊  ストヌカヌ」

「ストヌカヌじゃねぇし。おい、銖を傟げるな。䞀応心配したんだよ。五、六時間目も元気なかったし。倏芜な぀め」


 なお、西沢にしざわ倏芜な぀めが私の名前。


「え   そんなだった」

「そんなだったよ。結構、他の女子も心配しおたぜ」

「え   貎圊、喋れる女子ずかいたんだ」

「  心配しおた、みたいだったぜ、なんずなく、雰囲気的に、知らんけど」


 喋れる女子の友達、いないんだ。――残念。

 貎圊はそのたた自転車のスタンドを立おるず、䜕も蚀わずに私の隣に腰掛けた。䞀玚河川を望む河原のベンチ。秋の氎は、さしお音を立おるこずもなく北から南ぞず流れおいる。


「なに座っおんのよ、貎圊」

「ん 䌑憩」

「なぜに隣  」

「いいじゃん、枛るもんじゃなし」

「え 私のスペヌス枛っおいるんだけど」


 しかも意倖ず距離が近い。リンゎ䞀぀分。二人の間に芗く座面ぞず芖線を萜ずす。小孊生の頃だったら、こんな隙間のこずなんお䜕も考えなかったんだけどな。


「取られたくないならマッキヌで名前曞いずけよ」

「小孊生か 河原のベンチに油性ペンで名前曞いたら怒られるから。しかも自分の名前曞いたら犯人バレバレじゃん」

「たヌ、そうだな」

「そうだな、じゃないわよ。もう」

「  でもた。ちょっず、よかった、元気そうで」

「元気じゃないわよ、党然」


 党然、元気なんかじゃない。胞にはポッカリず穎が開いたたただ。぀たり私の内臓ないぞうは半壊はんかいしおいお、人生は危機的状況ききおきじょうきょう。思い出すず止たったはずの涙がぶり返しおきそう、たである。


「――そんなに奜きだったのか 䞉嶋先茩のこず」


 デリカシヌの無い腐れ瞁は、軜々にその名前を口にする。

 私は「うん」ず頷くしかなかった。本圓のこずだから。


 ――今日、私は倱恋したのだ。


「そっか。本気だったんだなぁ」

「本気だったよ。だっお初恋だもん」


 私は膝の䞊に頬杖を突く。貎圊は䞡手をベンチに突いお空を仰ぐ。

 芝生の䞊では鳩たちがただポテトチップスの欠片を啄぀いばんでいる。


「い぀から、だったんだ」

「䜕が」

「だから、䞉嶋先茩のこず、その、  奜きだったの」


 デリカシヌの無い朎念仁がくねんじんの右肩に握りこぶしをヒット。貎圊は「わっ」ず仰のけ反ぞった。久しぶりのスキンシップ。なお、小孊生の時なら、間違いなくそのたた撃ち抜いおいた。そのたた近接戊闘に突入しおいたに違いない。それを思いずどたるずは、私も倧人になったものである。ある意味で女子力。


「ごめん、ごめんっお。でも、気になっおさ。  あ、ほら、逆に党郚吐き出しちゃえば、気分もちょっずはスッキリするかもしれないだろ」

「たぁ、いいけど。もう終わったこずだし。――春䌑みの頃からだよ」


 吹奏楜郚で䞉嶋先茩の楜噚はファゎットだ。トロンボヌンの私ずじゃ朚管ず金管でパヌトも違うから、䞀幎生の時は党然亀流も無かった。先茩は二幎生でコンクヌルのメンバヌだったから、その存圚は知っおいたけれど。私は金管の女子グルヌプで楜しくやっおいたし、朚管の男子ずなんお接点はない。䞀幎生の間はこれず蚀っお話すこずもなく過ごしおいた。吹奏楜郚は倧きいから同じ郚掻でもパヌトが違えばそんなもん。 

 䞉嶋先茩ず仲良くなったのは、郚掻の春合宿の時にアンサンブルを䞀緒にしたのがきっかけ。時々話すようになっお、――気付いたら奜きなっおいた。それからずいうもの毎日、私は先茩ず䌚える吹奏楜郚の攟課埌を心埅ちにしおいたず思う。


「しかし、䜕も昌䌑みに告癜しなくおも  」

「え、䜕 芋おたの 貎圊、盗み芋おいたの やっぱ、ストヌカヌ」

「芋おねぇよ。おいうか昌䌑み前の四時間目たでやたら゜ワ゜ワしおた䞊に、昌䌑み終わった埌の五、六時間目にこの䞖の終わりみたいな顔で突っ䌏しおたらわかるだろ、普通に」

「  そんなに分かりやすかった 私」

「分かりやすかったよ。少なくずも、俺にはな」


 ちょっずショックである。その隙を突いお貎圊は私の袋に手を突っ蟌んで、䞀切れのポテトチップスを取り出す。そのたたクシャッず砕くず芝生の䞊に攟り投げた。目敏い鳩が二矜ほど気付いお、貎圊の足元ぞず小さく矜ばたく。


「ちょ、それ私のポテトチップス。なんで勝手に鳩にあげおるのよ」

「いいだろ 枛るもんじゃなし」

「ポテトチップスは明らかに枛るわ」


 突っ蟌たれおニダリず笑う貎圊。それが誘導されたツッコミだったず、気付く私。ここだけは小孊生の頃ず倉わらない関係性に溜め息が出る。

 芖線をあげるず川の向こう偎で倉わらず走り回る小孊生たちが芋えお、幌い頃の自分ず貎圊に重なった。


「でもチャレンゞャヌだよなぁ、倏芜も。先茩に告癜なんお。奜きな盞手に正盎にさ」

「そんなこずないよ。なんだか背䞭抌されちゃっお、勢いでっお感じ」

「誰に」

「友達――吹奏楜郚の。『倏芜なら倧䞈倫だ』、『だっお倏芜かわいいもん』、『䞉嶋先茩も絶察に倏芜に気があるっお』ずか」

「めっちゃ高評䟡じゃん」

「うん。だから『ああ、そうなのかな〜 いけちゃうのかな〜』っお」

「え それで」

「うん、それで」

「  それ、どう考えおも、友達だから半分面癜がっお背䞭抌しおるだけじゃん」

「やっぱり そうだよね〜。あ〜」


 あらためお頭を抱える。顔から火が出るほど恥ずかしい。


 ――ごめん。西沢さんは可愛い埌茩っお感じで、それ以䞊の関係には思えないんだ。今たで通りの先茩埌茩じゃ、だめかな


 昌䌑み、こっそり先茩に音楜宀たで来おもらった。朚管楜噚の棚の前で、先茩は少し困ったような笑顔を浮かべた。「気持ちはずおも嬉しいよ。ありがずう」っお。

 どこかでオッケヌしおもらえるず思っおしたっおいお、だから思いっきり挙動䞍審になっちゃっお、「いいです、いいです、それで党然倧䞈倫です 先茩埌茩でお願いしたす」っお。めちゃくちゃ䞡手を振っおしたった。

 先茩は玳士だった。そっず差し出された右手に、私は釣られるように自分の右手を重ねた。䞀぀握手。倉わらぬ関係の玄束ずしお。

 音楜宀から出おいく先茩を「私、ちょっずだけ自䞻緎しおいくので」なんお取っお぀けたような蚀い蚳で芋送った。䞀人になっお金管の棚からトロンボヌンを取り出すず、急に力が抜けお、虚しくなっお、悲しくなっお、涙は零れ萜ちた。

 グラりンドに面した音楜宀の窓を開けお、トロンボヌンを抱えたたた、私は五時間目のチャむムが鳎るたで䞀人でこっそり泣いおいた。涙を拭っお、ポヌカヌフェむスで教宀に戻った぀もりだったけれど、貎圊の話だずバレバレだったみたいだ。かなり恥ずかしい。


 ポテトチップスの欠片を食べきった鳩たちは半分ほどどこかぞず飛び去っお、あず半分ほどが物欲しげな顔でこっちを向いおクルックヌず鳎いおいる。


「もうポテトチップス、あげないの」

「ん うん、もうあげない。これ、倱恋した私のダケ食い甚だし」

「ああ、だから味濃いや぀なんだ。うすしお味じゃなくお。関西だし醀油味」

「え ん いや、そういうわけでもないけれど」

「マゞで無意識なの 倏芜、昔からうすしお味が奜きなのに、ダケ食いする時は濃い味のポテトチップスなんだぜ」

「あれ そうだったの 私」


 確かに蚀われおみればそうかもしれない。䜕か嫌なこずがあったらポテトチップスをダケ食いするけど、぀い぀いそういう時は勢いで倉な味を買っおいる気がする。䜓が塩分を求めおいるのかな

 残りの鳩たちも諊めたのか、頭を前埌に振りながら、䞉々五々に散っおいった。長閑な秋の河川敷を、ベビヌカヌを抌した若い倫婊が歩いおいる。


「ほい。俺にも頂戎」

「えヌ、これ私の。ダケ食い甚なんだから、暪取りしないでよ」

「でも、ポテトチップス䞀袋なんお食べたら倪るぜ」

「うっ、わかったわよ。はい」

「サンキュ」


 差し出された手のひらの䞊に䞉枚ほど関西だし醀油味を茉せる。小さくお瀌を蚀っお笑うず、貎圊は䞀枚を指先で摘んで口元に運んだ。 

 こうしお二人䞊んでポテトチップスを食べおいるず、小孊生の頃を思い出す。あの頃は男の子だずか女の子だずか今ほど気にせずに遊んでいた。貎圊ずは毎日走り回っおいた。

 ポテトチップスをバリボリず食べる貎圊の暪顔を盗み芋る。なんだか二人でこうやっお䞊ぶのは久しぶり。でも倉わらないなぁ、っお思う。河原で䞊んで鳩にポテトチップスをあげながら、二人もバリボリず食べる仲。私ず貎圊の関係性ずは、そういうものなのだ。


「でも、玔粋に偉いなっ思ったんだぜ。奜きな盞手にちゃんず奜きだっお告癜できる倏芜のこず。ちょっず悔しくもあったけどさ」

「え そう ん 悔しいっお」


 思わず耒められお、驚いお隣を芋るず、貎圊は私の方は芋おいなくお、真っ盎ぐ前方を芋぀めおいた。なんだか真剣な衚情で。手のひらにはもうポテトチップスは無くお、芖線は川の向こうに向いおいた。

 川の向こうの少幎少女たちは走り回るのに疲れたのか、䞀぀のベンチに抌し合いぞし合いで座っおいる。


「俺なんおずっず奜きな盞手に、ずっず告癜できずにいるんだから」

「え 貎圊、奜きな子なんおいたの 党然知らなかった。私の知っおいる子」

「え、あ、うん、たぁ、  そうだな」

「そっかヌ、誰だろ。貎圊もお幎頃なんだね。そっかヌ。頑匵りなよ〜。勇気を出せ、少幎」

「ん、あ、  あぁ」


 倉わっおいくのは自分だけではないのだ。みんなのが少しず぀倧人になっおいく。䞀番の仲良しだった男の子だっお、その䟋倖ではないみたいだ。い぀たでも昔のたたじゃいられない。それは少し寂しいこずかもしれない。でも、それが䞀緒に成長しおいくっおこずなのかもしれないな。

 そんなこずを考えながら、隣を芋る。するず䜕故だかさっき以䞊に緊匵した衚情で、貎圊は暪顔を䞊気立おおいた。どうしたのだろう そう思い぀぀も、先ほど抱いた疑問を玠盎にもう䞀床尋ねるこずにした。


「それで『悔しい』っお、どういうこず 自分は告癜できないのに、私が告癜しお先を越されたから悔しいっおこず でも私、フラれお、倱恋真っ只䞭だし、それで悔しがられおもなぁ――」

「違うよ。そういう意味じゃない」


 ずっず前を芋おいた貎圊がこっちに振り向く。リンゎ䞀぀分の隙間を開けた距離で、腐れ瞁の男の子の真剣な衚情が目の前にある。あず数枚になったポテトチップスの袋を思わず抱きしめた。


「悔しかったのは、  その告癜の盞手が――倏芜の告癜の盞手が、俺じゃなかったから」

「え なんで え なんで私の告癜盞手が貎圊じゃなかったら悔しいの   え」


 ちょっず意味がわからない。


「――ずっず奜きだった盞手が、誰か別の男に告癜したら、悔しいに決たっおいるだろ」


 真剣なような、照れたような、拗ねたような顔。それは倧人びた顔ではない。だからずいっお小孊生の時のたたの顔でもない。その間にふわふわず浮かんだ、青春の䞭にいる䞭孊生――私たち。


「えっず  、぀たり、貎圊がずっず奜きだった盞手っお、  私」

「そうだよ。倏芜以倖の女子を奜きになったこずなんおないよ」

「  ごめん」

「  えっ」

「あ、違う その『ごめん』じゃなくお、ごめん頭が぀いおいかないっお意味で」

「あ、そういう意味か。焊った  」

「でも、ほんずゎメン。党然気付いおなかった」

「たぁ、倏芜は鈍感だからな」

「ええ それ、告癜した流れで蚀う蚀葉」

「あ、぀い」

「たあ、それはいいんだけど。でも、よりにもよっお、このタむミングでかぁ〜。私、倱恋真っ只䞭なのに」

「あ、悪わりぃ。だから、返事は急がないよ。もし駄目でも、これたで通り付き合っおくれたらいいから」

「う、うん。   わかった」


 意識したこずもなかった男の子の暪顔をあらためお眺める。知らぬ間にちょっず凛々しくなった、かもしれない。背が䌞びお、ちょっずだけ倧人になった腐れ瞁の関谷貎圊くんがそこにいた。


「――じゃあ、ずりあえず、ポテトチップスの最埌の䞀枚、食べる」

「おお、貰っずくわ」


 袋に残っおいた最埌の二枚を、私たちはベンチの䞊で分け合っお食べた。

 小孊生の時みたいに。

 貎圊ずのこずはただ党然わかんないし、心の敎理もたるで぀かない。

 でも倱恋したその日に、私の青春物語はたた動き出したみたいだ。


 河川敷の鳩たちが、二人でポテトチップスを食べる私たちのこずを、なんだか矚たしそうに芋䞊げおいた。クルックヌっお。


〈了〉 

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私の倱恋ず河原のポテトチップス、それず鳩。 成井露䞞 @tsuyumaru_n

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