貝殻
上着のポケットに、貝殻が入っていた。
それは、とある金曜日のこと。
僕はいつものように朝起きて学校へ向かった。
最近はバスと地下鉄に乗り継ぐのが面倒で、2限目の授業であっても、職場に向かう母の車に乗ろうと朝早くに家を出るのが日課になっている。
その日も同じで、誰よりも早く準備を済ませ、いつもの上着を羽織り車に乗り込んだ。
車で20分。駐車場で停められた車を降りると冷たい風が容赦なく吹いてくる。これだから、北海道は嫌だなと思いながら、僕は上着のポケットに手を突っ込んで、地下鉄の改札まで向かった。
なんら変わらない、いつもと同じ日々。
(お、タイミングぴったり。ラッキー)
僕は、改札を抜けてホームに降りると同時にやってきた地下鉄に乗り込んだ。
(座れそうなとこ…あるけど、………このご時世皆間隔開けて座ってるっぽいんだよなぁ)
一つ飛ばしで座っている人たちに目をやり、風邪気味で咳き込んだら嫌な顔をされるだろうなと想像して、到着駅まで開かない扉の目の前に立って、鞄を抱いた。
左手で鞄を支え、右手にはスマートフォン。
(小説、進まないなぁ)
長編は時間がかかるから、簡単な短編をと思っても、なかなか簡単に思いつく訳でもなく、画面と向き合い書いたり消したりを繰り返していた。
集中していると時間が経つのはあっという間で、目の前が急に拓けたことによって、自分が降りる駅に着いたのだとやっと気がつく。
(あっぶねー…最近何回か降り忘れちゃうんだよな)
一つのことに熱中してしまうと、周りが見えなくなるのは悪い癖だった。いつか知らないうちに誰かに迷惑掛けるかもしれないなぁなんて考えながら、鞄を背負い直してポケットに再び手を突っ込んだ時だった。
(…………ん?)
左のポケットに、慣れない感触。
(なんだ……?)
先程まではまるでなかった感触に、僕の思考が一瞬止まる。つい人の波の中で立ち止まりそうになり、怪訝そうな顔でこちらを見ながら通り過ぎていく人たち。
普段なら恥ずかしくて走り抜けてしまうところだが、今の僕はそれどころではなかった。歩きながら、そっと、ポケットを確認する。
そこには
貝殻が、あった。
(………は?)
正体を探って早く安心しようとしていたのに、そのありえない事実にさらに頭は混乱する。貝殻が、なんでポケットに入ってるんだ。
と、いうより
いつ、このポケットに入ったんだ?
地下鉄に乗り込む前は、確かになかったものが今そこに存在している。いくら考えても心当たりはなくて、小さめのポケットティッシュ程のサイズがある貝殻の存在は、考えれば考えるほど不気味に思えた。
それに、よく見ると乾燥させた植物のようなものが不自然にこびりついている。
(なんだこれ、……なんだこれ…)
得体のしれない貝殻。所詮貝殻だ。そうなんだけど。
最近呪い系の漫画にハマっている影響で、実際には決して有り得ないと現実主義の頭が理解していても、いつまでも非凡を望んでいる理想主義の頭が悪い想像をしてしまう。
(なんか、恨まれることをしただろうか)
否定するには、心当たりが多すぎた。
考えれば考えるほど、有り得ない、最悪の方向に考えてしまった僕は、駅のトイレのゴミ箱に貝殻を投げ捨て、学校まで急いだ。
「…で、怖くて」
自分でも頭がおかしいと思う話。友人に話した所で納得できる答えは得られないのはわかっていたが、それでも話した。
友人は笑い話に変えてくれて、少しばかり安心したが、一晩考えても訳がわからない。
この世には、時々説明のつかない不思議な事が起きることもあるのだろうか。
どうにもこうにも消化しきれないこの気持ちをどう消化するか考えて、はっ!と閃いた。
あるじゃないか、消化する方法。
僕はスマートフォンを開き、使い慣れた執筆ツールを開いた。
そして
『上着のポケットに、貝殻が入っていた。』
短編集 つづりさと @kura0516
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