第9話 ひさしぶりの訪問

今日は日曜ということもあり、ひさしぶりに勇梨の家に来ていた。

とはいっても別に遊びに来たわけではなく…。


「え~っとこれで全部かな。サンキュー勇梨助かった。またなんかあったら教えてくれ。」

「どういたしまして。いつでもいいよ。しかし陽介気合入ってるね~。休みの日まで勉強なんて。」

「いや、普通だから。お前ももっと勉強しろや。」

「ん~、別にトップ目指してるわけでもないからね。ほどほどでいいんだよ、ほどほどで。」

「なんで俺はいつも負けてるんだろうな。聞いてて悲しくなってきたわ。」

「授業ちゃんと聞いていないんじゃない?」

「そんなことねーよ。はぁ。」

相変わらずの優秀っぷりにため息しかでない。勇梨の教え方はわかりづらいと評判だが、どの知識を使えばいいのかだけを教えてくれるその手法は自己再現性が高くむしろためになる、と俺は思っている。というよりも長い付き合いによってどういう心構えでアドバイスを聞けばいいのかという勘所を理解しただけなのだけれど。


「そうだ、こないだ借りたマンガ息抜きに読んだけどかなり面白かった。つい勉強を忘れそうになっちまったけど。」

勉強道具を片付け、持ってきたものを鞄から取り出す。どういたしまして、という彼の手に渡す直前で引っ込め、睨みつける。


「ってかコレわざと中途半端な巻数で渡しただろ。SNSで調べたら9巻で貸すのは犯罪だって書いてあったぞ。続きが気になりすぎるので貸せ、くださいお願いします。」

ププっと吹き出した勇梨がクックッと笑いを堪えながら本を受け取る。

この野郎、俺の純情をもてあそびやがって。


「いやーちょっとした悪戯心だったんだけど思惑どおりハマってくれてうれしいよ。この作品はかなりオススメなんだ。」

この展開を予想してあったのかあらかじめまとめてあった続きの巻をハイっとまとめてわたされる。くそう、帰ったら読もう。


「かなりくやしいがめちゃくちゃハマった。とりあえず聞くべきことは聞いたしさっさと帰るわ。」

女々しく本の入った鞄を抱きしめていると勇梨が口を押える。

なんだよ、悪いか?


じゃあね~、という声を聞きながらそそくさと退散するとドアを閉じ際にマンガを掴んで彼がベットに向かうのが見えた。どうやらこの後はお楽しみのようだ。

廊下に出て、階段に向かう。最近あまり近づいていなかったとはいえ、かつてよく遊びに来ていた家だ。特にためらうこともなかった。

前に抱えていた鞄を背負おうとしたところで背中にやわらかいものがぶつかる。

わぷ、という声に振り返った。


「あ~、よーちゃんだぁ。おはよぉ~。」

寝癖のついたパジャマ姿で瞼が眠そうに垂れ下がった美千歌だった。

まさかのタイミングでの遭遇に言葉を失う。

会えたらいいな、とは思っていたが、寝起きに遭遇するとは思わなかった。

美千歌は寝起きが悪いので昔はよくお昼寝の後に寝ぼけているのを見ていたが、今はその姿は心臓に悪い。顔に血が上りそうになるのと声が上ずるのを必死に抑える。


「お、おはよう。だいぶ遅いけど夜更かししたのか?」

今はもう14時過ぎだ。


「んぅ、ぅん~。きのうは、きのう、そうちょっとたのしくなったからえをかいてて。」

ふへへ、と笑う美千歌がかわいい。ピクッと腕が伸びそうになるが止める。いやだってここ勇梨の部屋の前だし。


「それで、それでね、けっこううまくかけた、から。」

しゃべりながら徐々に目が覚めて来たのかだんだんと目の焦点が合い始め、ついにビシっと目が合う。

自分の袖を見て、俺の顔を見、自分の服を見直す。猫柄のパジャマだった、かわいい。

バッっと顔をあげ、わずかに頬を赤く染めて押し殺した声で俺に問う。


「ようちゃん!なんでいるの!ここ、あたしのうちだよ?」

「知ってる。勇梨に用があったからせっかくだしと思ってきたんだ。夜更かしはあまりよくないぞ。」

「あんまり言われたくないんですけどぉ~。ようちゃんだってたまに朝までゲームしてたりするの知ってるんだからね。」

ふんすっと腕を組んで無い胸を張る美千歌。いや今更取り繕ってもだな。

そのままチラっとこちらを片目でみるとためらいがちに言う。


「それで、あの、ようちゃんに見せたいものがあるの。すぐ着替えるから待ってて。」

それだけ言ってすぐにバタンっと部屋に戻ってしまう。

すぐ帰ろうと思っていたのだが引き止められてはしょうがない。

大人しく扉の前で待つことにした。

したものの、閉じられた扉の先から衣擦れの音が聞こえる気がして少々居心地が悪い。

できるだけ意識しないようにして無限とも思える時間をひたすらに待った。


鞄に仕舞ったものを取り出そうか思案し始めたころ、目の前の扉がひかえめにカチャリと音を立てる。


「ど、どうぞ。」

慌てて整えられたような小さな頭が隙間からのぞき、楽園へと誘われる。

ごくり、と唾をのんで取っ手をつかみ、未知の世界へと一歩を踏み出した。


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