第8話 みんな手探り
「ん~、おいしぃ~。」
隣を歩く美千歌がクレープをかじりながら幸せそうに微笑んでいる。
それを眺めながら俺も同じものを一口、口の中に濃厚な抹茶の香りが広がり、顔がほころぶ。
「これ当たりだな~。抹茶スイーツってはずれ少ないけど。チカも好きだったろ?」
「う~ん、抹茶も好きだけどやっぱりあたしはいちごかな。」
「味覚が小学生から進歩してないな。」
「うっさいなぁ。いいじゃん、好きなものは好きなんだから。だいたいようちゃんも男子なんだからそろそろスイーツじゃなくて担々麺とか食べれば?」
「あーチカお前今全国の甘いもの好き男子を敵に回したぞ。それにあんな辛いもん食えるか!」
なんでもないことを話しながら帰路に着く。先ほどまでいたコンビニではコピー中に普段の勉強会の説明は終わっていたし、せっかくだしということでおみやげと称してお菓子を物色し、先に食べているのだった。
しかし普通に会話できてよかった。自分もそれほど引きずってはいないし、美千歌にもそれほど後を引いていないようだった。なにも思われるところがないというのも悲しいところだが。
一歩、二歩とそれまで隣を歩いてきた歩調を少しずつ遅くしてみる。
風に吹かれ、藍色のジャケットの背中に、ひらひらと揺れるプリーツスカートに、もう高校生なんだよな、とぼんやり思う。思えばずいぶん長い間、こうしてともに歩いてきたもんだ。
「ち~か。」
はたと呼び掛けに気づいたかのように止まり、くるりとその場で振り返る。
「なあに?」
ニコっと笑ったその背後からちょうど太陽が後光のように差し、その衝撃で心臓が止まりそうになる。
ドクンっドクン、と高鳴る心臓に手を置き、大きく息を吐くと同時に足を踏み出した。
ポンっと頭に手を乗せ、その耳元にささやきかける。
「なんか、今もまだ一緒にいてくれてよかったなって。うちの学校に来てくれてありがとう。」
そのまま追い抜いた俺を追いかけてきた美千歌が追い付くなり俺を心配そうな視線で見上げる。
「いや、ようちゃんのためじゃなくてお兄ちゃんいたからだし。ってゆーかよーちゃんどうしたの?今日なんか変だよ?熱でもある?」
そのまま手を伸ばしてこちらの額の温度をはかろうとする美千歌の腕を抑え、近づけようとするその額をのけ反って躱す。
美千歌のことが好きだと自覚したときから俺はもうずっと変なんだ。でもどうしようもないんだ、しょうがないだろう。
チラっと下を見やると、美千歌は不満そうにむーむー言いながらあきらめ悪くぴょんぴょんしている。今このときも俺がどれだけがまんしてため込んでいるかなんて説明しても10%も理解しちゃくれないだろう。
でも、それをわかってもらう努力をするって決めたんだ。もう一足飛びな手段に頼ったりは、しない。
手を伸ばし、不満そうなその額にデコピンをお見舞いする。
ひゃん、と悲鳴をあげて額を庇う姿に留飲を下げると俺は前へと踏み出した。
スタスタと歩き去る俺の背中に背後から声がかかる。
「ちょっ、心配してあげたのに~。暴力はんたあ~い。」
立ち止まって小言を言いながら近づいてきた美千歌を不敵な笑顔で迎え入れる。
あっかんべーしてむくれる彼女にこちらも変顔で対抗する。
数度お互いに顔を変え、同時に吹き出す。
一通り二人で腹を抱えあい、そしてそのまま連れ立って校舎の中へと入っていった。
「おかえりー。待ってたよー。」
「ただいま。おみやげ買ってきたぞ。」
ビニール袋を掲げるとパチパチと拍手が上がる。
そのままみんなに配ると最後に渡した茉紀がキレイに微笑む。
「あら、ありがとう。おいしそうね。」
「たまたま目に入ってね。おいしかったよな、チカ。」
先ほど二人で出ていた時とは打って変わってかしこまってひそっとしている美千歌に話を振る。声をかけた瞬間にビクっと身を縮まらせた彼女は小動物のようにおずおずと発言した。
「う、うん。みなさん、めしあがってください。」
そのおどおどとした行動に思うところがあったのかみこが優しく話しかける。今まではあまり接点がなかったけどこの二人はきっと仲良くなれると思うんだよな。
「そんなにかしこまらなくていいよ、美千歌ちゃん。日渡くんと同じように普通にしゃべって欲しいな。」
「ようちゃんと同じ、…はちょっとむずかしい、です。でも努力はします。みこ先輩。」
みこの優し気な雰囲気に心打たれたのか、美千歌が軽く瞳を潤ませている。
ちょっとずつでも彼女の世界が広がっていけばいい。人見知りではあるが俺の幼馴染はいい子なのだ。
「私も敬語使わなくていいわよ。仲良くしたいし、ね。」
「茉紀先輩はちょっと無理です。…こわいし。」
「なっ。」
「あはは。怖いってよ、茉紀。日頃の行いって大事だよな、うん。」
普段より半音高い声で便乗しようとした茉紀がばっさり切られているのがおもしろすぎる。
茉紀は茉紀でそんなにコミュ力が高くないのできっと機会をうかがっていたのには違いない。一人笑っていると笑顔のまま青筋を立てて睨まれる。そうゆうとこやぞ。
「勇梨、彼、殴っていいかしら。」
「いいけど喜ぶだけなんじゃないかな。」
「おいちょっと待て勇梨。俺はまだそんな性癖に目覚めてないぞ。」
「まだって。時間の問題だね。」
あらぬ嫌疑をかけられた俺があせって弁明していると場が笑いに包まれる。
横目で様子をうかがうと美千歌もくすくす笑っているのでまあいいか。
笑いが収まるのを待って、一つ提案をする。ずっと温めていたものだ。
「まあそんな急に仲良くなるのは難しいでしょ。徐々にでいいんだよ、徐々にで。ということで、試験終わったらみんなでどっか遊びに行こうぜ。」
さんせーい、と言っている勇梨と機嫌のよさそうな茉紀は大丈夫そうだ。
美千歌も嫌そうにはしていないので問題ないだろう。
ひとり、みこだけが戸惑っているようにそわそわしていた。
「わたし、部員じゃないけど一緒に行っていいの?」
「にこは準部員みたいなもんだし、友達だし、…それにチカと仲良くなりたいんだろ?」
困ったようだった顔が徐々に花開くように笑う。両手を合わせて祈るような姿は大変かわいらしかった。
「お言葉に甘えさせてもらおうかな。とっても楽しみ。」
これで全員の了承が得られたと判断し、満足げにうなずく。
立ち上がった俺はみんなにも立ち上がるようにジェスチャーを出し、みなが席を立ったのを確認して拳を突き上げる。
「ではみなさま、気持ちよく遊びに行くために試験勉強がんばりましょう!」
「「「「おおー。」」」」
部屋の中に響いた声は、きれいにハーモニーになっていてこういうのも悪くないなと素直に思えた。
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