第6話 サプライズ
カリカリ、とシャーペンが紙を走る音。
ペラッペラッと紙をめくる音。
そして飲み物をすするようなズズっという音。
本日の放課後、文芸愛好会の部室である通称マンガ喫茶は静かな空間に時折そのような音が響くだけの空気の密度が高い場所であった。
普段ならばにぎやかな歓談や笑顔にあふれる空間も、今はだれしもが真剣な表情で部屋の中央にある大きな机に向かっている。
そんな中、この空間に紛れ込んだ哀れな子ウサギが一羽…。
「失礼しまあ~す。…なんかすっごい静かじゃない?みんな、なにしてるの?」
静かな空間に大きく響いた扉を開ける音に続いて困惑した声が飛び込んでくる。
そちらにチラっと視線を向けた後、紙の上に視線を戻す。
しめしめ、あの様子では何も聞かずにここに来たな。
上がった口角を悟られぬように作りかけのレジュメを見ながら声を出す。
「なにって勉強してるんだよ。見ればわかるだろ?」
「見ればって…。ようちゃんそんなキャラじゃないでしょ。」
すまし顔で答える俺に美千歌がジト目を向ける。
それまで聞こえていた隣の席のペンの音が止まり、俺にだけ届くような音量で声が上がった。
「…ようちゃん?」
ちょっとおどろいたような茉紀をよそに勇梨が続ける。
「今日で定期試験二週間前になるからそのあたりで部活の時間に試験勉強をすることにしてるんだよ。今はそのためのまとめを作ってる。」
「作ってるってお兄ちゃん、マンガ読んでるけど。」
「いやー最初は僕も参加してたんだけど、僕の作るレジュメはわかりづらいとか余計なこと書きすぎとかってみなに不評でさ。今の時間はやることがないんだ。」
照れたように頬をかく勇梨を前に、徐々に事情を飲み込んだ美千歌が冷たく目を細める。
「それはそうとお兄ちゃん、あたし何も聞いてないよ。どういうこと?」
「…それは、その、…ねぇ。」
口ごもった勇梨はこちらに視線を振ったらしかった。
先ほどよりさらに低くなった声がこちらに飛んでくる。
「ようちゃん?」
ちょうどよくキリのいいところまで書き上げ、うさんくさい笑顔でそれを迎え撃った。
「放課後に勉強会をやるって言ったらチカが一日嫌な気分になるかと思ってな。さっきまで気分良かったろ?」
「…本音は?」
「いきなり勉強するぞって言われた時のリアクションが見たかった。」
スッと表情が消え、いつもの指定席に鞄を置いた美千歌がノートを取り出して丸める。
そのままスタスタとこちらに近づいてきてニコっとする。
あ、ヤバイ。
「あほぅー。いつもいつもそうゆうことばっかして!ホントにっ、もう!」
快音を響かせながら手に持った棒を乱打する美千歌を前にこっそり横目で勇梨とアイコンタクトをとる。「いい感じのところで回収して。」
どうどう、と頃合いをみて彼が引き離してくれ、満足感に浸ってていると横から声をかけられた。
「あなたたち、そんなに仲良かったのね。これまでずっとよそよそしかったのに。」
それまであっけにとられて見守っていた茉紀は声の焦点が合っていなく、対面に座るみこはまだおどろいた様子でコクコクとうなずいている。
「まあちょっとした冷戦状態になってたんだけどこないだ和解してね。小さいころからこんなかんじ。」
へぇ~っとまだちょっとほうけているようで、視線が定まっていない。
まだ心ここにあらずなみこもポロっとこぼす。
「美千歌ちゃんってもっと大人しい子だと思ってた…。いつも控えめに挨拶するだけだったし…。」
人見知りなんだ、と説明しているとまだぶすっとした様子の美千歌が戻ってきた。
「それで?ようちゃんのせいであたしなんの用意もしてないけど?」
「そういうなよ。俺と勇梨も朝まで忘れてたんだ。茉紀が去年作った試験対策ノート持ってきてくれてるから授業進度と照らし合わせてコピーさせてもらおう。」
茉紀を促してノートを出してもらう。これは元々茉紀が一人で作っていたものだが、一緒に対策を始めてからは皆で手分けして作るようになっていた。
手渡そうとしていたときにもうひとつ、渡そうとしていたものがあることを思い出して自分の鞄を開ける。
「はい。ノートとお詫びのお菓子だ。これはうまいぞ。」
にこやかに手渡すと美千歌はこちらを憮然として眺めていた。
「…ようちゃん、あたしのことあまいもの渡せば機嫌の直るチョロいやつだと思ってない?そんなに安くないんだけど。」
ことさら驚いた顔を作って見せ、大げさに否定する。
「心外だな。俺は誠心誠意、お詫びの気持ちを込めて昼休みのうちにこのマフィンを買っておいたというのに。食堂で手作りしてるこれが案外うまいんだよ。」
「知ってる。一年生の間でも有名だから、それ。いちおうもらっとくよ。まったく。」
あきらめたようで緩慢な動作で席に戻り、マフィンをひとかじりする。
あ、おいしとつぶやき美千歌の顔がほころぶさまを見てひとりニヤニヤする。
こちらの様子に気づいてべーっと舌を出してきたのでウインクしてやると眉間にしわを寄せてそっぽ向かれた。
まあ、そのままマフィンをかじってるしこちらは大丈夫だろう。
満足したのでやっていた作業に戻ることにした。
「茉紀とにこはどう?そろそろ終わりそう?」
それぞれ後三十分くらいと返事が返ってくる。そのまま三人は手早く片付けることにして再びの紙をペンが走る音と、ときどき混ざる勇梨と美千歌の会話をBGMに進めていた。
美千歌がマフィンを食べ終わり、一通り昨年の資料に目を通し終わったころ、俺たちのレジュメ作りも終わりを迎えた。
「お」「わー」「たぁ~。」
ハイタッチで喜びを分かち合った後、拳をみんなでかまえるとスッと勇梨も参戦する。
「えっ、えっ。」
突然の流れに戸惑っているのは美千歌だけだ。
「さいしょは」「グー」「じゃんけん」「ポン。」
出したのは俺と美千歌がグーで残り三人がパー。
プッと吹き出して同じ手を出した人の方に向き直る。
「いや、チカは参加しなくてよかったんだよ。-しかも負けてるし。」
場がちょっとした笑いに包まれているとまだ目を少しグルグルさせている美千歌がわたわたと弁明する。
「えっ、いやっ、え~と、なんか突然始まったし。…ってかようちゃんには言われたくないし!よーちゃんだって負けてたじゃん!?」
あんまりかわいかったので髪の毛をぐしゃぐしゃっとかき混ぜ、荷物をササっと鞄にいれてまだ目を白黒させている美千歌の手を引く。
「よーし、せっかくだからチカつき合え。じゃあちょっくら行ってくるわ。」
そのまま数歩踏み出したところで呼び止められる。
「ひ、日渡くん。美千歌ちゃん一年生だし、わたし代わりに行くよ?」
「いーよ。せっかくだから道中でいろいろ教えたいし。にこはゆっくりしてて。」
振り返って断ると、こちらに来ようとしていたみこが複雑そうな表情で席に戻った。
圧を感じて首を向けると茉紀からなにやら意味ありげな視線が飛んでくる。なんだよ?
首をかしげながらドアを開け、勇梨のいってらっしゃ~い、を聞きながら部屋を出る。
隣を見るとこちらをジッと見つめる視線と目が合う。
「なんだよ?」
そのままそらさないでいるとフッとそらされる。
「なんでもない。」
ボソっと吐かれた言葉にふーんと返事をしながらちょっと強めに手を握るとキュっと返された。そのまま、お互い無言で廊下を進む。
通いなれた廊下の見慣れた西日が、やけに強いなと目を細めた。
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