第5話 普段より少しテンションの高い朝

『仲直り記念』パスケースの内側にこっそり入れた、カラフルにデコられたプリクラを眺めていた俺は、ニヤついた顔を見られないように机に突っ伏していた。


あれから数日が経過していたが、やはり好きな子とのツーショットはうれしいものだ。

正直スマホの待ち受けにしたかったが、誰かに見られる危険性を危惧して泣く泣く断念した。まだ今は、特に勇梨に見られるのがまずい。自分たちの時に俺がおせっかいを焼いたからって、協力したくて仕方がないのだ。そんなことをされたらむしろ逆効果になることは想像に難くない。

そのため、一人でいるときにこっそり見ているのだが、日がたっても見るたびに頬が緩むのは止められなかった。



「おはよ、日渡くん。なんかうれしそうだね。」

一呼吸おいて表情を整え、慎重にパスケースを閉じてから顔をあげた。


「おはよ、にこ。そうかな?普段と違う?」

「うん。なんかね、普段より話しかけるなオーラが出てないかんじ。今日はあいさつしても大丈夫かなって。」

肩ぐらいまでのすこしウェーブした髪を、ひとつまみいじりながらいたずらっぽくはにかむ。

なんじゃそりゃと言いながら俺の顔も自然とほころぶ。


「単に朝は寝不足で機嫌悪いだけだと思うな。にこなら話しかけられても怒らないよ。」

「へぇ~。ちなみに誰だと怒るの?」

「勇梨とかかな。あいつたまにスゲーくだらない話題で人のこと起こすんだよね。『見て!このキャラめっちゃエロくない!?』とかさ。」


笑いあっていると当の本人が教室に入ってきた。

二人で含み笑いをしているとおどけた笑みを浮かべてこちらへと歩を進める。


「なになに?二人してどうかしたの?」

「あぁ、たまに勇梨はアホなこと言うよなって話。それよりにこ、なにか他に話あるんじゃない?」

キョトンとしている勇梨をよそに、話を振ると少し驚いた顔になったみこがすぐにぽわわっとしたいつもの笑顔に戻る。みこがいると場がとても温かくなっていい。


「今日から愛好会の勉強会が始まるって茉紀ちゃんに聞いたからわたしも参加させてって二人に言おうと思って。部員じゃないのにいつもごめんね。」

えへへっと笑顔に申し訳なさを漂わせるみこ。


愛好会活動が試験前二週間になると勉強会に変わるのは中学のころから俺と勇梨がやっていた習慣が元になっている。

基本的に俺が勇梨に教えを乞うのだが、愛好会発足後は場所がどちらかの自室から部室に移っていた。

仲良くなってからはそれに茉紀も混ざり、茉紀に連れられてみこも参加して現在の形になる。希望者がいればたまに他の人も混ざったりしていた。


勇梨と顔を見合わせ申し合わせたかのように声をかける。


「にこちゃんならいつでも歓迎だよ。茉紀ちゃんも喜ぶし、部室も好きな時に来ていいよ。」

「にこが邪魔になるわけないじゃん。むしろもっと来ていいぞ。もちろん、入部するなら大歓迎。」


びっくりしたように目を見開いたみこの表情が次いでうれしそうにほころぶ。

「うん、ありがとう。茉紀ちゃんも兼部してるし、わたしもしてみようかな。決心がついたらお願いするね。」


よろしくね、と離席するみこを見送り、同時に席に着こうとする勇梨を呼び止める。

「なあ、…今日からだってチカに言ったか?」

「いや、さっき聞くまで忘れてたから言ってないや。メッセしとくよ。」

すぐにポケットからスマホを取り出して連絡しようとする勇梨を手のひらを向けて押し止め、悪い笑みを浮かべる。


「…なあ、チカにはナイショにしとかないか。教えたら逃げ出すかもしれん。」

「去年の陽介みたいに?それはないと思うけどなあ。…あの時はホントひどい点数だったね。」

そうにこやかに勇梨から告げられた俺は当時を思い出して苦い顔になる。高校受験から解放された喜びから最初の定期試験くらいは余裕だろうと手を抜いた結果は暗澹たるものだった。

勉強をさぼろうとすると事あるごとにこの件を持ち出されて反論できなくなるのだ。いい加減忘れてくれないだろうか。


「言うなよ。反省して最近はちゃんと勉強してるじゃないか。それより、いいだろ?」

視線に力をいれ、勇梨を見つめていると迷った様子を見せたのち、あきらめたようにため息をついた。


「はあ、キミは昔からチカにイタズラするのが好きだよね。慰めるこっちの身にもなってほしいんだけど。」

「えっ。」

「エ?」

ソンナニチョッカイハカケテナイヨ、という俺の視線と忘れたとは言わせないよ、という勇梨の視線が真っ向からぶつかる。

先に視線をそらした俺の視界の隅にやれやれとすくめられた肩が映った。


「まあいいよ。僕からは言わない。聞かれたら答えるけどね、これでいい?」

「サンキュー。でも別にイタズラとかではないぞ。本当だぞ。」

あきらめ悪くも言いつのる俺に対し、幼馴染のジトっとした視線が突き刺さる。


「自覚がない、っていうのもどうかと思うけど。まあ妹と仲良くしてくれるのは助かるよ。昔ほどではないけど、チカはどうも周りに関心がないからね。」

今度こそ席に戻った勇梨を見送った俺の耳に、去り際の彼の言葉が木霊する。


『昔ほどではないけど、チカはどうも周りに関心がないからね。』


「もっと俺に興味を持ってくれると嬉しいんだけどな。」

ボソっとこぼれた想いは、誰に聞かれることもなく教室に霧散した。

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