第4話 いつもと違う放課後
「それで、どーして本屋で買い出しなの?あたしを楽しませてくれるって言ってなかったっけ?ようちゃん?」
目の前でカフェオレをすすりながらぶうたれてる美少女は小高美千歌。幼馴染だ。
放課後になって待ち合わせた昇降口から真っ先に向かったのは俺たちの地元の商店街にあるちょっと大きめの書店だった。
今はちょうど買い物も一段落して近場の喫茶店に腰を落ち着けたところだ。
「『僕たちの映画鑑賞も愛好会活動の一環だからそっちも出かけるなら買い出しに協力してね。』って勇梨が。すぐ終わったし、そんなに量も多くなかっただろ。」
キミの兄からの依頼だと告げるとあからさまにげんなりした顔になる。
「なんか謎に要領いいんだよね、お兄ちゃん。言い訳もうまいしな~。」
勇梨はとくにがっつり勉強するタイプでもないのだがやたら要領がよく頭もいいので人生のほぼすべてをマンガにつぎ込んでいるのに成績がいい。ちなみに俺は平均のやや上程度だ。
「失敗しても取り繕うのうまいからほぼ怒られてるところって見たことないな。逆にチカはよくお母さんに怒られて勇梨に泣きついてたっけ。」
俺が小高家によく遊びに行っていたころ、ちょっとどんくさいところのある美千歌がなにかやらかして叱られ、遊んでいた勇梨のところに泣きつきに来てとりなしてもらうのは日常茶飯事だった。
懐かしさに目を細めていると軽く頬を染めた美千歌がむくれる。
「な、なあ~。そーゆーことゆう?ようちゃんだってよくイタズラがばれてお母さんにお説教されてたじゃない!あたし、忘れてないんだからね!?」
思い出話でわーわーやっていると横からお待たせしました~っと店員さんが注文していたパフェを運んでくる。
ワンコインで楽しめるこの店の名物でおこずかいをもらうようになってから三人でたまに食べに来ていた思い出の味だった。
途端に顔をほころばせる美千歌をほっこりした気分で見やる。
いただきます、と綺麗に手を合わせてから口いっぱいに頬張り、幸せそうな表情になった彼女を見てここにきてよかったとほっこりした気分で見やる。
「昔から好きだよなあ、これ。俺も気に入ってるけどさ。」
パクリ、とバニラアイスを乗せたスプーンをくわえ、かかっていたストロベリーソースを堪能する。これこれ、いちごって美味いよな。
「ようちゃんだって好きじゃん。味もあるけどやっぱこの店で食べること自体が特別だと思う。あたしにとっては、…だけどさ。」
こちらをじっと見つめていた美千歌が遠い目になり、その瞳に波紋が浮かんだ気がして目を伏せる。アイスクリームの残りを口に放り込み、スプーンを置く。カチャリっと思ったより響いた音が彼女の視線をこちらに引き戻した。
「俺にとってもここは大事なお店だし、きっと勇梨にとってもそうだよ。あいつにとってチカは今も大事な妹だし、そんな顔しなくても次くるときは誘えばいいじゃんか。」
うつむいた美千歌の表情は前髪の陰に隠れて見通せない。
微かに肩が震えて小さく漏れ出た、それが嫌だったのよ、という呟きはテーブルの真ん中あたりで霧散していった。
そのまま大きく息を吐いた彼女が再び顔を上げた時、その笑顔は普段俺に見せるそれだった。
「そーだね。今度はお兄ちゃんも誘ってこよー。でもそうなると茉紀先輩とかも誘ってここで部活やるのもいいかもね。」
垣間見えた美千歌の本音と取り繕われた俺向けのメッセージにくやしさを味わう。
かつては俺たちの間に距離なんてものはなかった。でも今は、こんなにも壁ができてしまった。あの時はもっと近づきたくてあの選択をしたはずなのに。視線を向ける先がいなくなればこちらに向くはずだと信じて疑わなかった過去の自分のなんと愚かなことか。
カランっと無意識にかき混ぜたアイスコーヒーの立てた音に意識が引き戻される。
返事をしない俺を美千歌が怪訝そうに見つめていた。
どうかした?と問いかける彼女に、コーヒーの入ったグラスを握りしめ、眉間に力を入れてもわずかな期待が、醜い欲が、胸の奥から漏れ出てしまう。
昔みたいに、本音を聞かせてくれると。その信頼を自分に向けてくれると。
「無理、…してないか。」
発した言葉はなさけなくしわがれていて、それを聞いて笑みを深め、首を振る美千歌を見て思う。
ここからだ、と。
今の俺と彼女の距離はここから。まだあきらめたくない。少しずつでいい。信頼を取り戻そう。俺は変わらないといけない。過去にしがみついて縋るのではなく、寄り添えるようにならないといけない。
俺は、日渡陽介は小高美千歌という女の子が、昔から、いや昔よりも好きなのだから。
だれにも、たとえ兄貴にだって負けてやるものか。
「そっか。」
残ったコーヒーをグッと飲み干し、挑戦的にニッと笑う。好きな子と一緒にいるのに暗い顔ばかりしていられない。
「この後ゲーセンでいい?なにかひとつぐらいとってやるよ。」
「えぇ~。よーちゃんUFOキャッチャー下手じゃん。財布大丈夫?」
「うるせぇ。俺だって成長してんのよ。」
言いあいながらとりあえず過去の自分に勝つことを目標に設定して、気づかれないよう拳を握る。ひとつづつ、一緒にいる間笑顔でいてもらえるように努力しよう。
かつてをなぞるように、覚悟を決めて開き直った第一ラウンドは賑やかで楽しいものだった。
なお、指定されたぬいぐるみを取るのに三千円以上かかった。
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