第3話 いつもの昼休み
「おかえりー。おそかったじゃん、どこいってたの?」
教室に入るなり、そう暢気に声をかけてきたのは先ほどまで一緒にいた美千歌の兄で俺のもう一人の幼なじみ
彼と二人で立ち上げた文芸愛好会、通称マンガ喫茶の部長でもある。
勇梨は極度のマンガ好きでその熱意をもって先生たちに同好会の設立を認めさせ、昨年文化祭で同好会の発行した部誌の八割をオススメのマンガ紹介記事で埋めた剛の者である。
昼寝、と端的に返事をするとへぇっとニコニコしている。彼はだいたいにこやかで楽しそうだ。
「へーじゃないでしょ、勇梨はいつも日渡くんにあまいんだから。日渡くんも日渡くんよ。突然フラッといなくなったら心配するじゃない。せめてメッセージに反応くらいしなさいよ。」
そう声をかけてきたのは昨年に引き続き、今年も学級委員を務める
俺とよく一緒に行動するメンバーの一人であり、委員の片割れ小高勇梨と付き合っているクラスで有名なカップルの一組、ようするに今俺を直撃している悩みの元凶となったお人だ。勇梨と付き合い始めてからは我が文芸愛好会にももともと入っていた文学部と掛け持ちで加入しており、ほぼ常に行動を共にしていると言っていい。
圧力を感じてチラっと視線を向けると、切揃えられた黒髪から覗く視線は心配半分お怒り半分といったところだが、なまじ顔が整っている分迫力がすごい。
怯えていると横からやわらかく落ち着いた声がかけられた。
「まあまあ、茉紀ちゃん落ち着いて。日渡くんだって一人になりたいときだってあるよ。わたしもたまに一人静かに本読みたかったりするし。」
取りなしてくれたのがよくいるメンバー四人の最後の一人で
茉紀の文学部の友人で茉紀と勇梨が付き合い始めてから仲良くなった。
おっとりしていてともすれば自己主張が強くなりがちな俺たちをよくまとめてくれている。
「サンキューにこ、いつでも言ってくれれば部室貸せるぞ。あそこマンガしかないけど鍵は俺たちしか持ってないから部外者入ってこないし。それとすまん茉紀、ちょっと通知気づかんかった。次から気をつける。」
片手をあげて茉紀に謝罪すると彼女は片眉をあげてから苦笑する。どうやら許してはもらえたようだ。
「ホント?今度―先生の新刊が出るんだ。昼休みも読もうと思ってたの。」
「ああ、そういえば出るんだっけ。ちょっと興味あ―」
にこにこと楽しそうなみこと会話しているのを他の二人もなごやかに聞いている。この優しい雰囲気が俺は好きだ。
会話が一段落したところでそれはそうと、と先ほど美千歌から聞いた話を持ち出す。
「チカから聞いたけどお前ら放課後デートだって?どこいくの?」
わざとらしくニヤっとしながら投げかけるとわずかに小西が赤くなる。もうすぐ彼女たちが付き合い始めて一年になるがこの手のからかいに耐性ができない。もちろん今回の問いはからかうのが目的ではなく確認のためだ。このあと美千歌をつれているときにばったり遭遇なんてしたら目も当てられない。
「こないだオススメしたマンガあるでしょ?あれの映画がちょうど今日から公開だから観に行こうかって話になって。」
次の部誌の目玉になるかもしれないしねーっと勇梨が続けるのを聞いているとおぼろげに記憶が返ってくる。確か王道よりのシリアスな作品だった気がする。同時期にオススメされた作品が多かったせいかちょっと記憶が混ざり気味だ。
それにしても映画か。近隣であるところは大型ショッピングモールだけだしあそこに近寄れないのは痛いけど近づかないのが無難そうだな、などとつらつら考えていると勇梨から声をかけられる。
「あれ確か陽介も気に入ってたよね?もしかして興味あった?なんなら一緒に行く?」
勇梨の隣から圧を感じるが彼はそういうことを気にしないタイプだ。そこら辺の機微を期待する方が間違っている。
怖いもの見たさで視線を向けると、とてもよい笑顔をした小西茉紀がそこにいた。
俺は全力で見なかったことにした。
「俺はいいよ。二人で行ってきて。もう一回観たくなるようなら一緒にいこう。」
「そっかー、そんときは誘いますよ。にこちゃんはどう?一緒に?」
「わ、わたしはいいかなーって。ほら、部活。部活あるし。」
流れ弾に被弾した西田がわたわた断っているのを聞いて笑っていると周囲の温度が下がるのを感じてそっと顔をそむける。彼氏への不満をこちらにぶつけるのはやめてくれ。
予鈴が鳴ったのでそれとなくみこを促して今日って活動日だっけなどと首をひねる勇梨をよそにそれぞれの席にそそくさと移動し始める。
触らぬ神にたたりなしだ。
数歩進んだのち、ひとつだけ言っておかなければいけないことを思い出して振り返る。
「勇梨、今日俺もチカと出かけるから部室開けないわ。誰かに聞かれたらよろしく。」
そう告げるとちょっと驚いた顔をした後、勇梨は少しうれしそうな表情になった。
「そっか。なんだ仲いいんだ。最近二人がちょっとよそよそしかったから心配してたんだよ。」
反射的に驚きが顔に出てしまったのをニっと笑顔を作って取り繕う。
大事なところはよく見ているやつなのだ。
「まあでもそういうことなら。母さんには二人とも夕飯いらないって伝えとくよ。チカをよろしく。あの子最近何か悩んでるみたいだから。」
お前のことだよと喉から出かかった言葉を飲み込みながらよろしくと手を振って席に戻る。
なおもなにか続けようとした勇梨を遮り、都合よくチャイムがなって先生が教室に入ってくる。正直助かった。美千歌の襲撃から動揺しっぱなしでうまく取り繕える自信がない。
「学級委員、号令」
「きりーつ。」
張られた勇梨の声に従いながら彼らと会話している最中も脳内をめぐり続けていた思考を授業中くらいは集中して頭から追い出そうと試みる。
俺があの子のためにしてやれることっていったい。
頭を振って切り替えようとしてみたものの、視界の隅にちらついて消えることはなかった。
先ほどまで会っていたあの子の、寂しそうな笑みが。
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