第5話 この日、物語は動き始めた

 ‶ねえ、エドワード″


 ああ、またこれだ


 ‶いつか一緒に旅に出ましょう″


 ‶私の役目が終わってからになるから、、、。そうね、旅に出るときにはおばあちゃんになってるわね″


 彼女が近くに居るのを感じる


 ‶でも貴方がいれば大丈夫ね。だってそうじゃない?″


 胸を締め付けられている


 ‶貴方が私を連れて行ってくれるわよね″


 ‶まさか最初にあの世に連れて行かれるとは思わなかったけど″


 彼女が俺の顔を覗き込む。腐った肉が纏わりついた頭蓋が見える…




「あぁあ!」


 体に掛かっている毛布を勢いよく払いのけ、幻の呼吸困難にあえぐ。


「睡眠欲さえなければ、夢など、見なくて済むのに」


 震える手を前にし、再び現実を認識する。

 夢と現実、過去と今。そのズレをゆっくりとすり合わせていく。

 この二日連続で三回、同じ目に遭っている。だがこの夢を見るのは随分と久しぶりで、忘れていたい考えが頭に過る。

 、こんなことを考えずに済むのに。

 それに昨日の出来事が頭にこびり付き未だに忘れることが出来ない。

 死んだはずの‶彼女″がいる。その虚実に囚われてしまっているのだ。

 落ち着いて考えれば、他人の空似であるということは簡単に気付けることであった。だが、それに気づけないほどには彼にとって衝撃的なことであり、それほど‶彼女″の存在は彼を捕らえてしまっている。

 未だに、様々な経験、出会いを得てもなお‶彼女″は彼にとっての全てなのである。

 そんな時に視界の隅にシャーロットの姿が写る。


「シャーロット、、、だよな。ゆっくり整理しよう」


 あまり騒がしくするとご機嫌斜めのシャーロットの相手をしなければならなくなってしまう。

 昨日、ギルドで例の少女と出会った後。シャーロットに連れられて宿に泊まった。

 宿の名は金鹿堂。

 場所は商業区の中でもかなり貴族街に近い位置、一分もせずとも貴族街の検問所に辿りつけるような場所だ。

 この街は商業区、工業区、貴族街、そして三大貴族が管理する敷地が囲んでいる中心地にある王城で構成されている。

 

「これくらいか……。昨日は記憶があやふやだな」


 取り敢えず外の空気が吸いたい。今の自分の腐った考えに風を入れる必要がある。そう思ったエドワードはいつも着ている黒の外套を見に纏い、ロビーを目指して歩を進める。

 階段を降り、ロビーへの道程の途中、食事処を通り過ぎることになるのだがそこに意外な先客がいた。今エドワードが二番目に会いたくない人リストに含まれているであろうその人。


「お前は、昨日の……」


 エドワードがそう話しかけると少女は手に持っていた紙を慌ててズボンのポケットにぐしゃりとねじ込み、一息吐いてからエドワードに向き直る。


「ああ、先日はお世話になったな、英雄」

「お前が居るってことはあの、金髪の、そのー、子もいるわけ?」

「当然だ。私達はあの六人で一党パーティを組んでいるからな」

「うげ」


 小さく漏らしたエドワードの声に半目になり見つめるが、他人には他者には理解できない好き嫌いがあるのだと思い、何も言わずに息を呑み込んだ。


「随分と朝早いんだな」

「それはそちらもだが。鍛練か?」

「いや、単純に夢見が悪くてな……」

「ほう。英雄にもそんなこともあるものか」

「英雄だって、、、人間だしな。それでお前は?」

「私は鍛練だ。マリクルフィア、あんたの言う金髪の子は私より早く起きて既にギルドの鍛練場に行ったぞ」

「マリクルフィア、か」


 ギルドの鍛練場。誰もが利用できる訓練施設ではあるが、恒常的に使うものは少ない。彼女たち二人の真面目さが伺えた。


「さて、私もそろそろ行くか」

「あ、ちょっと待て。名前は?」


 名前を聞くのを忘れていた。いつまでも髪の色で識別している訳にはいくまい。


「名か……」

「ん?」


 躊躇う表情を見せる少女を訝し気に見るエドワード。そこであることに気づいた。


「お前どっかで会ったか?」

「私の名前は、、、、ってなんだ?急に」

「いや、なんかデジャブを感じる」 


 百五十年生きていれば誰かと誰かの印象が被ることがある。世の中、似ている人間なんて時間を掛けて探せば割といるものだ。先日の少女、マリクルフィアが‶彼女″に似ているように。まあ彼女に関しては似すぎではあるが。

 そんなデジャブを感じていながら、少女の方へ一歩詰める。いつものように希薄な、そういえば会ったことあるかもなぁー、程度ではない。彼女にスポットが当たったかのように、強烈な既視感を感じる。


「んー?」

「新手のナンパか?」

「、、、なわけあるかよ。気のせいだった。ほんで名前は」

「私の名前は、バーモル・ホルスという」

「なるほど。バーモルね。バーモル、バーモル、バーモル……よし覚えた」

「それではまたなんかあったら頼む」

「、、、まああんまり関わり合いに成りたくはねえな」

「そう言ってくれるな。まあ、何かあったら頼む」


 そう言ってバーモルはロビーへと向かっていった。

 そして食事処の扉から出るときにこうぼそっと呟いた。



「貴方なら私を救ってくれるのか?」




 エドワードの鋭敏な聴覚はそれを拾っていた。

 彼女が何から救ってほしいのか分からない。

 それでも彼の返答は変わらない。



「悪いが人を救えた試しはない」

 

 それが救世の英雄、エドワード・ラティカの答えだった。





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