てぃーたいむ

「何かご用ですか」

例の真っ白な空間。今日はさらに装飾が加わり、殺風景な和室へと変じていた。

いつもの如く、この変化には特に意味がない。

造られた和室の隅っこにちょこんと正座する彼女に私はわざとらしく居住まいを正した。

「近況報告も兼ねて茶会に招待した」

膝行を駆使しながらも彼女は和室での態度をあまり理解していないようであった。何ならこの場に適した和服を彼女に着せてやろうかとも思ったが、流石にそれは怒られそうでやめておいた。

「ところであなたは休憩中に何をしてるんです」

「勉強だ」

「......勉強というと?」

「言葉の使い方、地理、礼儀。役に立ちそうなその他諸々」

それが役立つ時は一体いつになるのやらといった顔で彼女はお茶を注ぐ。やはり茶器の扱いにも慣れていないらしく動きはぎこちない。

「どうぞ」

「これはどうも」

同時にそれぞれの湯汲みに口をつける。中身はジャスミン茶のためその後の顔色が対照的であったのは言うまでもない。

「まずい」

「これが美味いと思える日が君のも来るのさ」

「味覚が馬鹿になるということですかね」

「違うそうじゃない」

和室でジャスミン茶というのも変な話だが、ここは私が作った世界であり空間である。どんなおかしなことでもここでは全てまかり通るのだ。

しかし彼女がしきりに渋い顔をするのでお菓子を用意することにした。

「普通お茶とお菓子はセットでは」

確かに本来ならまずお菓子を食べて、口の中を甘くしてから茶を飲むのが普通だ。けれど何度も言うがここは私によって造られた空間なのだ。

「茶を楽しんだ後の菓子も良かろう」

「ほんと、とんでも世界ですねここは」

私が用意したのは醒井餅という煎餅菓子だった。私の好きな菓子の一つである。

「香ばしくて美味しいです」

ぱりぱり音を立てて食べる彼女はまるでリスのようだった。私も一枚取り出し食べやすい大きさに割る。

「これを作っている店は水まんじゅうも絶品なのだ」

「水まんじゅうとは一体何です」

「清らかな水を弾力あるゼリー状にしたものに餡子が入っている」

「へえ、食べてみたいです」

「生菓子はここではなく本場で食べる方が美味しいのだよ。一度出かけてみるといい」

などと言葉を交わすうちに本題を忘れている自分にようやく気づいた。菓子を食べていると本来の目的を忘れてしまうという不思議現象にいつも襲われる。

茶番じみた会話で始まった茶会はこうして姿を変え、再び白い部屋へと変化する。

和室が無くなっても、菓子に夢中な彼女に私は本題を話し出した。

「君の小説を読みたいのだが」

「また急ですね。でも話は出来てますよ」

そう言って彼女は私の目の前に原稿用紙の束を出現させた。

「タイトルは『地球人に恋して』。SF小説です」

「なるほど」

現れた原稿用紙を取り、それを眺め見る。面白そうだった。

「今読んでも構わないか」

「どうぞ、短いのですぐ読めると思います」

彼女は余裕綽々と言った表情で醒井餅を頬張った。対して私は小説に夢中である。遂に完全新作が読めるという喜び。それは茶を飲むだけの日々を過ごす者には決して訪れないものなのだ。

ぱりぽりと心地よい音と共に私はその小説を読み終える。

「ジュブナイルだなぁ」

「褒めてるのか貶してるのかよくわからない感想、どうもありがとうございます」

たちまち原稿は跡形もなく消え去った。私が気に入ってないことを暗黙のうちに読み取ったらしい。次回作に期待だった。

「私もあなたと同じで、この空間は合いませんでした」

休憩が終わることを気にして、彼女は不平を漏らす。時計を見ると既に部屋を創り出してから十五分が経過していた。ゆっくりしてはいられない。

「茶は人を選ぶ」

「ジャスミン茶ですが」

では私もそろそろこの部屋から出よう。もうすぐ人と会う約束がある。椅子から立ち上がるのを合図に、部屋は行き場を失い、遂に消失した。

私たちが立っているのは渋谷交差点。着物はすっかりスーツへと変貌し、髪の毛はきっちりセットされている。

「ここはちゃんと選ばないと、ですもんね」

彼女は先ほど見せてくれた原稿用紙を手提げ鞄に入れ、ずり落ちそうになる眼鏡を片手で直した。先ほどの喫茶店で謙虚だったのも、見た目を気にしていただけなのかもしれない。

「どうだ、このスーツ」

「恐ろしく似合ってません」

「ありがとう、元気が出たよ」

「元気でる要素ありました?」

我々は元の世界に戻っていく。社会という荒波に飲まれながら、二人は次に開かれる茶会を楽しみにするのであった。


「この味の良さに気付いた時、君は私に惹かれるだろう。さっきの小説のように」

「なるほど、そういうオチの持っていき方でしたか。てっきり夢かと」

「夢だよ。こんな世界がまかり通ってるのだから」

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